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夕日が姿を現した頃、HRを終えて、俺達は再びボランティア部に向かう。
部室の扉を開けて中に入ると、仙道先輩と立花先輩が椅子に座って雑談していた。こちらを振り向いた二人と目が合い、昼間の仙道先輩との事を思い出してしまい、少し気まずい気持ちになってしまった。
冗談とはいえ、今日はじめて話す先輩を名前で呼ぶのは自分でもどうかと思う。本人が呼んでもいいと言っても、そこは呼ばないのが常識だろう。それに本人が気にしなくていいと言っても、この街で一番大きき家に住む先輩だ。やはり、気を付けたほうがいいだろう。
「お疲れ様、来てくれてありがとう」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
返事をして、適当に椅子に腰掛けると、視線を感じたため、視線を向けると仙道先輩がチラチラと見ていた。少し頬が赤いので、昼間の事を考えているのだろう。
「仙道先輩」
「はい!どうかしたの??」
少し緊張しているのがわかる先輩の様子に、やはり謝った方がいいと思った俺は謝罪することにした。
「昼間は申し訳ありません……呼んでいいと言われたとはいえ、名前で呼んでしまい……」
頭を下げて、謝罪すると隣から「はぁ……」とため息が聞こえた。
「航はそういった所は鈍いよね……好意とかにはすぐに気が付くのに……先輩全然怒ってないし、気にもしてないはずだよ。それぐらい、様子見たら航ならわかると思うけど」
隣に座っている彩はもう一度ため息をしてから、携帯を取り出し、画面に目を向けた。少し頬を膨らませていた。
「静奈は恥ずかしかっただけで、全然怒ってないわよ。だから、謝らなくてもいいし、星野君が気にすることないわ、ね??静奈」
立花先輩が仙道先輩に話しを振ると、もう頬は赤くなく、何事も無いような顔をしていた。
「そうだよ!全然気にしなくていいよ♪けど、ちょっと恥ずかしかったから、静奈じゃなくいて、静奈先輩とか静奈さんとかで呼んで欲しいかな。出来たら静奈さんがいいかも」
笑みを浮けべ、口元に人差し指を添えながら話す先輩。どうやら本当に気にしていない様子だった。授業中も少し考えていたので気にしていなくて良かったと思った。
「わかりました。これからは静奈さんと呼ばせてもらいます」
「うん!よろしくね航君」
これで一段落……気にしていたことが解決して心が少しだけスッキリした気分だった。
「ところで、柊さんはまだ来ないのかしら。今日は少し遅いわ」
「確かにそうですね、いつもはもう少し早いのに……」
「遅くなってしまったのだ!」
そんな会話をしていると、柊が部室に入ってきた。少し息が荒いので校内を走って来たのだろう。
「全然大丈夫だよ。HR遅くなっただけでしょ??」
「先生の話が長くて、遅れたのだ」
先生の話が長くてHRが伸びるというのは学校では良くあることだろう。一週間に一度は経験しているのではないかと思ってしまうほどだ。少し遅くなったことなど誰も気にしては居ないだろう。
「大丈夫よ!気にしなくてもいいわ!!それより、昼間に話せなかった本題に入りましょうか」
柊が椅子に座るのを見て、立花先輩が口を開いた。他のみんなは頷き、話に入る。
「まず、星野君から話してもらえるかしら。正直私達が知っている情報はほとんど無いに等しいわ。まず、星野君から聞いて、それで話を進めていきましょう」
「わかりました、けど、正直話、俺が知っていることもほとんどないですよ?部屋に居る時に扉が光り輝いて、気になって開けてみたら、あの色々混じったた異世界でした」
「そうよね……正直私達も全く同じよね」
「そうだね。私も航君と全く同じだったよ。その異世界について全く心当たりもなかったよ」
「彩も全く同じです」
「我も同じなのだ」
やはり全員状況は全く同じなのか……訳もわからないまま、異世界に行き、そして非現実的な体験をした。何か違う事が人によって起こっている可能性が少なからず存在したが、そういった出来事は無さそうだった。
「その後、異世界で何をしたか覚えていない??誰か居たとか」
「居ましたね、白い着物のような服を着た女の子が」
妹が居たとは言わずに、あえて服装だけ話した。理由は他の四人も俺と同様に、あの異世界に花恋が居たのか気になったからだ。
「そうね。私達も同じ人物を見たわ。小学生低学年ぐらいで、白い着物のような服を着た女の子。今まで全員見ているからあの世界に住んでいるのだと見て間違いないわね」
花恋はここに居る全員の前に姿を現し、何かしら接触しているようだった。彩以外今日始めて話をする三人になぜ接触していたかは分からないが、意味がないようには思えない。
「質問いいかな??」
「はい、大丈夫ですよ」
「航君はその世界で、女の子との会話の内容教えてもらっていい??一体どんな事話したか気になるの」
「いいですけど……正直ほとんど覚えていないんです。いえ、異世界に行って、女の子が居たこと以外全く覚えてないと言った方がいいです。何も知らなくてすいません……」
「うんん、全然気にしなくていいよ。けど、これは始めての展開だね」
「くくく、今まで何かしら記憶があったのに、記憶がない……これも導きか」
「そうだね。航だけ記憶が無いのか……なんでなんだろう。と言っても彩達も一部だけで、それ以外は抜け落ちたみたいに記憶が無くなってるんだけどね。航はそういう感覚で、全て抜け落ちてるの??」
「そうなるな。別に嘘を言っている訳じゃないぞ」
「そんなこと思ってないわ。みんな一部しか覚えていないのに、一人全て抜け落ちてもおかしくないもの」
俺以外少なからずみんな異世界での記憶が残っているのか。会話をしたはずなのに、俺の記憶の中には全く花恋との会話の記憶が存在しない。だが、みんなには少なからず存在する……花恋の仕業だろうけど、何のために……。
「みんなはどんな会話をしたんですか??」
純粋に気になってしまう。花恋は俺の妹だ。兄に対しては全く記憶を残さないのに、他の四人だけには記憶を残したのだ。何か俺には言えない内容の会話の可能性が高い。
「私達の覚えている内容はほんの一部で統一されているの」
「統一されている??」
「そうなんだよ!みんな同じ内容しか覚えていないよ」
「なるほど……同じ内容だけとなると意図してそうなっているのだけは間違いないな」
「そうよね……一応意味は分からないけど、その内容だけ伝えると“ヒロイン”と言われたことだけは覚えているの」
ヒロイン……最近ではアニメやドラマなどで良く聴く言葉だ。主人公の近くに居る女主人公的な立場を指す言葉だ。どんな物語を描くにしても必要不可欠な存在であるのは間違いないが、ここは現実だ。立花先輩が言う通り、意味分からない言葉だった。
「ヒロインですか……本当に意味が分かりませんね」
「こうじゃないのかなって言うのはあるんだけどね。あくまでも推測になっちゃうわ」
「わかりました……それでなんですけど、隠してた見たいで悪いんですけど……」
「どうかした??何か言い忘れてたことがあったとか」
俺は異世界に居た女の子が自分の妹である事を伝えることにした。こうして、先輩達はまだ出会ったばかりの俺を信用して、自分達が体験したことや、覚えていることを話してくれている。ここで俺が異世界に居たのが妹であった事を隠していたら申し訳ない気持ちになってしまう。
仮に妹であるということが急に知れてしまった場合気まずくなるのもある。それに、妹であるということを共用している方が便利な場合も存在するかもしれない。
今まで妹の事を誰に言わなかったのは、急に居なくなった妹の事を聞かれるのが嫌だったからだ。聞かれたとしても俺が言えることは何一つとして無かった。急に居なくなったとしか言えない。
しかし、ここに居る四人は一度、異世界の中で花恋に会っている。信じてもらえるか分からないが、一度会っているので信じて貰える可能性も高いだろう。それに、やはり誰にも言わないだろうという確信があるのが大き。
「あの異世界に居た女の子なんですけど、俺の妹です」
「「「「え??」」」」
俺の言葉に四人揃って驚いた顔をした。無理もない、異世界に居た女の子が自分の妹だと急に言われたら驚くもの無理はない。先輩二人は一年以上前から異世界に居た女の子の正体を知りたかったはずだ。それなのに、急に俺の妹だと言われたら驚くだろう。
「そ、それってどういうこと!?航って妹いたの??」
「ああ、八年前までは一緒に生活していた」
俺は今まで誰にも言わなかった妹の話をした。八年前に突然居なくなったこと、今までずっと探していたこと。だが、昨日異世界で突然再会したこと。妹の事について知っていることは少ないので多くは話せないが、それでも知っていることは全て話した。
「俺が妹について知っていることは全てです。正直何も知らないですが、あの白い服を着た女の子が妹の花恋であることは間違いありません。なぜか、居なくなった八年前と同じ姿でしたが……」
「なるほどね。そして私達にヒロイン……さしずめ、星野君は主人公と言った所かしら」
「主人公ですか??」
「そうよ!良くあるじゃない。桜さんや、柊さんが見ている深夜アニメで、女の子に主人公が囲まれている。しかも、全員美少女。まさに星野君そのままじゃない。だから、主人公かなって思ったのよ」
「まさにハーレム学園ものなのだ!」
「まぁ、一人は航君攻略されてるけどね♪」
俺以外がみんな彩の方を向く。あえて見なかった俺だが、彩は頬を赤く染めているに違いない。
「まぁ、結局何も分からないままって訳ね。それじゃ次にいくわ」
「まだ、何かあるんですか??」
正直、花恋の事を話しても進展しなかったので行き詰まった状態かと思ってしまった。
「私達ボランティア部が入部するには異世界に行くことが条件だって話をしたわよね」
「はい、しました」
「それなんだけどね、その入部制限をしている理由があれなの」
静奈さんが指を指した方に視線を向けると、そこには始め来た時に気になっていた扉があった。奥には何もないはずなのに、なぜか扉だけは付いている不思議な壁。
「本、とってきますね」
彩はそういうと立ち上がり、置いてある大きな本棚の隙間に手を伸ばし、一冊の分厚い本を取り出した。なぜだかわからにが、見ただけで普通の本では無いと察してしまう何かがその本にはあった。
「このボランティア部には言い伝えがあるの」
「言い伝えですか?」
ボランティア部に関してはいろいろな話があるが、言い伝えなど初めて聞いた。
「そうだよ、けど入部したことが無い生徒は絶対しないと思うよ。先生達もこのことをを知っているのは校長先生ぐらいかな?顧問の先生も知らないことだからね」
「言いなれば魔界の扉……あの扉は魔界に繋がっている」
「つかさが言っていることはあらがち間違いじゃないよ」
いつもは否定する彩だが、今回は柊の中二病発言を受け入れた。どうやらあの扉は魔界に繋がっているようだ。
「勘違いしてないと思うけど、本当に魔界に繋がっている訳じゃないわ。ただ、行き先としてはありえない話じゃないというだけよ」
「どういうことですか??」
「このボランティア部には願いが叶う本があるの」
「……願いが叶う本ですか??」
一瞬何を言っているのか理解できなかったが、立花先輩を顔を見ると真面目な顔で言っている。嘘をついて居るようには当然見えないし、ここで嘘を言う理由もない。異世界の次は願いを叶える本か……。
「ただ、なんでも叶うわけじゃないわ。当然の事だけど、亡くなった人を蘇生させることは出来ないし、世界を大きく変えるようなことは叶えられないと思うわ」
魔法が使える世界にして欲しいとか、自分が世界のトップになりたいとか、と立花先輩は付け加えた。
「本当に叶うですか??」
「本当かどうかは分からない……願いを叶えるためには条件が必要。無造作に私たちの願いを叶えてくれるほど甘くはないわ」
「願いを叶えるためにはするべきことがあるの」
「代償……それは我らが、扉を潜り、帰還することにある」
「そういうこと。この本は物語を語りたがっている。そして、私達異世界に行った人は、この本が語る物語の世界に入れるの」
「物語の世界ですか……」
そんな御伽噺のような出来事が本当に起こるのか疑問だが、先輩達が嘘を付いているようにも見えない。不思議な異世界にも行けるのだから、あり得ない事ではない。
「そうよ。そして、この本が語りたがっている物語、全十話を私達が物語の世界に行って、完結させることが出来れば願いが叶うらしいの」
「実際に私と六花は物語の世界に一度行ったことがあるから、物語の世界に行けるってことだけは確かなことだよ。まぁ、急に言われても航君は信じてもらえないかもしれないけどね」
「始めは彩とつかさも信じれなかったけど、先輩達が嘘言っているようにも見えないし、ないより一度、異世界に言ったことがあるというのが大きくて、こうして入部してるよ」
「我らはまだ扉を潜ったことはないが」
「そうね、私達だって二年以上この部活に居るけど、まだ一度しか扉は開かれて居ないわ。けど、本当に行けるから開くまで我慢して入部しててほしいの。私はどうしても叶えたい願いがあるわ!そんなに大きな願いじゃないけどね!」
「それは私もおんなじだよ♪叶えたい願いがあるから入部しているよ!」
「そうよ!とりあえず、今年中には絶対無理だから、今回は留年するわ!」
とんでもないことを笑顔で言い合う先輩達。そんな二人を見ていると、本当に二人が話している内容は嘘を言っていないと理解出来てしまう。元から嘘だとは思っていないが、それでも、留年するとまで言う二人を見ると信憑性が増す。
「そのつもりだから、星野君にも入部して、物語を集めるの手伝って欲しいの。もし願いが叶えられるのなら、妹ともう一度一緒に暮らせる可能性も出てくるかもしれないわ」
「そうですね……どうせ、俺が何を考えても花恋と一緒に暮らせる方法を見つけることは難しいと思います。それだったら先輩二人を信じて、願いが叶うといわれている本の物語を集めてみます!」
「ありがとう、星野君。私達と一緒にがんばりましょう!!本が物語を語りたい時は感覚で分かるわ。私達も一度しか体験してないからなんとも言えないけど、開いた時に物凄い感覚が襲ってくるわ!またこっちからも連絡するけどね」
「はい、わりました」
「それなら今日はもう時間も遅いし、解散にしましょう。航君にも一応部室の鍵渡しとくね?一応全員持ってるから!これが部員の証みたいなのかな??」
「そういうことね。星野君には部員届け渡すから、明日先生に提出しといて。私から先生に言っとくから、今回は入部させてって」
「わかりました、ありがとうございます」
「こちらこそ!それじゃ、また明日放課後に会いましょう!」
立花先輩のその言葉で、椅子から立ち上がり、帰宅する準備を始める。まだ、分からないことが多くあるが、この部活なら中学生の時のように、最後まで続けられる気がする。
剣道部は最悪の形で終わってしまったが、今度こそしっかりやり遂げる。そして、物語を集めて、必ず花恋と一緒に過ごせる未来を作ってみせる。
そんな思いを胸に秘めながら、俺は家の方角が途中まで一緒の彩と帰路に付く。