物語の内容
何かに違和感を抱いていた。
どう説明すればいいのかは、全く分からない。どう、口に出せばいいのか全く分からない。しかし、胸の中から違和感が無くならない。
俺は一体何をしているのだろうか?何をしている?いや、普通に生活をしているだけだ。大好きな家族と一緒に、毎日を楽しく生活しているだけだ。
俺にとって、家族というのは全てだ。家族の事を思えば辛い仕事だってこなせる。泣きたいぐらいの失敗だって、家族の笑顔があれば、泣かずに前を向ける。
俺にとっての家族というのはそういう物だ。決してなくてはならない物。体の一部……人生で一番大切な物だ。
それは今も全く変わらない。こうして、みんなで生活している毎日は楽しく、だからこそ、充実していて、無くしたくない。根底の部分は無い一つ揺るがないし、変わらない。
しかし、違和感が拭えない。違和感と呼んでいいのかわからない……しかし、そうとしか俺の持っている言葉では表現する事は出来ない。
おかしい……おかしい……おかしい……そう心の中が叫んでいる。何も変わらない日常のはずなのに、心がそれを否定しているのだ。これほど可笑しな体験をしたのは生まれて初めてだ。だからこそ、違和感と言っている。
今まで家族と一緒に何十年も生活してきた。結婚して、颯斗が生まれてきて、六花が生まれてきて……その数十年の中でこんな感覚を抱いた事は無い。抱く事など考えても居なかった。
この感覚を抱いたのはあの時だ。六花と同じぐらいの年齢の四人の男女が、六花の手を引いて、走って行った時だ。手を引く前は全く感じていなかった違和感……その瞬間から、胸の中に『おかしい』が芽生え始めたのだ。
近所の子なのかもわからない……六花と同じ学校に通っているのかもわからない……正直な所、全く知らない子だった。
この近所に住んでいるのだろうが……あんな四人組は見た事が無い。あの感じだと、四人で居る事が多いのだろう。物凄く仲が良さそうな空気を感じた。多分だが、俺の感じた物は間違っていない。
だが、その空気の中に、初めて会っただろう六花も含まれているような感じがしたのだ。これは確証を持って言う事が出来ないが、間違いではないだろう。
これも違和感の一つになって居るが……これはそれほど重要な事ではない。大好きで、大切な六花の事を任せても大丈夫だと心が感じていたからだ。この四人なら大丈夫だろうと……初対面の子なのにも関わらず、そう感じていた。
だが、問題はそこではない。六花を任せられるのならば、何も違和感を抱く事は無いだろう。友達が全く居ない六花と仲良くして欲しいと思って居た時だ。六花の手を引いて走りだした時に、胸の中に違和感が生まれた。
それと、同時に一つの言葉が浮かんできたのだ。どうして、こんな言葉が浮かんできたのかは、全く分からない。
しかし、心の中にスッと落ちて来るように言葉が浮かんできたのだ。
自分はどうしてこの場所に居るのだと。
自分ではこの光景を決して見る事が出来ないにも関わらず、この場所に居る事が出来ているのだろう?
心の中に、落ちてきた言葉が、胸の中に違和感を生み出した。おかしい、おかしいと心が言うようになったのだ。
何が起きているのかは全く分からない。考えても心当たりなど当然のようにある訳もない。しかし、何かがおかしいと心が叫んでいる。
そう、心だけではない。自分自身もなぜかわからないが、ここに居る事が間違いであると理解出来ているのだ。
なぜかわからない……初めて感じる感覚。だが、自分がこの場に居る事は間違いなく可笑しいと納得している。なぜかは全くわからないが……。
答えを探しても、自分の胸の中には違和感以外芽生えない。だが、この違和感を無視し続けるのは俺にはできない。
*************
「おはようなのだ!」
「おはよう♪」
「おはよう!」
「みんな、おはよう」
俺たちは、鳴り響いた目覚まし時計の音で同時に目を覚ました。
この物語の世界に来てから三日目の朝になる。昨日は一日中、物語を完結させる方法や、何か手掛かりは無いかと探しまわっていたが、何も見つからなかった。
なので、三日経過したというにも関わらず、物語に関する事はほとんどわかって居ない。どうすれば、この物語は完結させる事が出来るのだろうか?まず何をすればいいのかさえ、わかって居ない。
「今日はどうするの?」
彩は俺たちに聞いてくる。どう動けばいいのかわからないので、全員でどう動くかを決める事にしているのだ。
「どうしようもないのだ……」
「そうだね……どうすればいいんだろ」
静奈さんも柊も何も案は無いようだ。そういう俺も何か良い案がある訳ではない……二人と一緒で、全く何も出てこない。
「けど、動くしかない」
「そうだよね♪」
そう、どう動けばいいのかはわからないが、動かなければ現状が変わる事は決してない。動いても変わらない可能性も捨てきれないが、それならば動いた方が良いだろう。
「この周辺を探索する?」
「それだと昨日も同じ事をしたのだ!けど、何も見つからなかったのだ!」
「そうだよね。けど、他に何をすればいいの?」
「それは……わからないのだ」
どうすればいいか……この物語が六花さんに関係しているのはわかって居る。しかし、六花さんは俺たちの事も覚えていなかった。六花さんから何かわかる可能性はかなり低い。
「六花を探すしかないね♪」
だが、物語に関係しているのであれば、六花さんの近くに居るのが一番いいだろう。この周辺から手がかりを探そうとするよりはいい。しかし、一つだけ問題が存在する。
「立花先輩には、どこに行けば会えるの?」
「昨日は全く見かけなかったのだ!」
そう、六花さんの住んでいる場所がわからない。スーパーの店員が言っていた近くの住宅街の可能性が高いが、そこに住んで居ない可能性もある。
「六花さんを探して、住宅街に行ってみるか」
「それしかないよね♪周辺を探しても何も見つからないだろうし」
「彩もそう思うよ!だったら、立花先輩を探した方が良いと思う!」
「我も同じ意見なのだ!住宅街は商店街の奥だったはずなのだ!」
「店員が言ってたよな……今日はそっちの方面に行ってみるか」
俺たちは今小学生の体になって居る。当然のように、この体で行ける場所は限られている。お金も持っていないので、電車などを使う事も出来ない。
だからこそ、この物語は遠くに行く必要は無いという事だ。小学生の体になった俺たちでも、移動できる範囲でどうにかある可能性が高い。あくまでも推察だが、みんなも同意してくれた。
これが外れていれば、どうする事も出来ないが……桃太郎とシンデレラを踏まえても当たって居る気がする。
俺たちは昨日の内になんでも無料券で買ってきた物を食べて、出かける準備をする。準備が終わると住宅街の方面に向かう。
俺たちが今住んで居る場所の周辺は散策したので、ある程度わかるようになったが、商店街の方向は全く分からない。なので、みんなで周囲を見渡しながら進んだ。
「一回、公園とか覗いてみる?立花先輩が居る可能性も……」
「けど、六花さんは外で遊ばないって言ってなかったか?」
「昔は物静かな子だったからね♪」
「今でもそれは信じられないのだ!」
「実際、物静かだっただろ?まぁ、わからないでもないけどな」
今、物語の世界に来て、物静かな六花さんを見なければ絶対に信じる事は無かっただろう。今とは違いすぎて、正直別人のようだ。
昨日は行って居ない公園に一応行って見る事にした。居ないとは思うが……もしかしたら居る可能性もある。俺たちを探している可能性も少ないが捨てきれない。
それから少し歩き、六花さんと遊んだ公園に着く。それほど大きな公園ではないので、遊んでいる子供も少ない。だからこそ、遠目で見ても六花さんが居ないことがわかった。
「やっぱり居ないね」
「そうだな……住宅街の方に行くか」
金髪の女の子の姿は無い。六花さんが居れば見逃す事はないと思うので、公園には居ないのだろう。
「ちょっと、待つのだ!」
「つかさちゃん、どうしたの?」
柊は公園に背を向けた俺たちを呼び止める。振り返ると、柊は指で指しながら口を開いた。
「あれ、立花先輩のお父さんなのだ!」
「あ……本当だ」
「良く見つけたね♪写真で何度も見てる私でも分からなかったのに♪」
「我は記憶力が良い見たいなのだ!」
「他に覚える事が無いだけでしょ?」
「おかしいのだ。なぜかわからないけど、馬鹿にされてるのだ!」
「気のせいだよ!つかさはそのままで良いよ!」
確実に馬鹿にされている柊はさておいて、六花さんのお父さんは公園で何をしているのだろう。今日は平日のはずだ。何をしているかはわからないが、公園に一人で居るなんて、どうしたのだろうか……。
「どうする?声かけてみる?」
「何か聞きたい事があるのか?」
「うーん、彩は特に無いけど、立花先輩に会わせてくれるかもしれないよ?」
「そうだね♪六花のお父さんに言えば、会わせてくれると思う♪」
「それじゃ、行こうか♪」
俺たちは住宅街の方面に行くのを後にして、六花さんのお父さんに声を掛ける事にした。住宅街に行く理由も六花さんを探す事だったので、居場所を聞けば教えてくれるかもしれない。
「向こうから近づいてきてるのだ!」
俺たちが行こうとした時に、六花さんのお父さんがこちらに向かってきた。気のせいかもしれないので、俺たちも向かう。
「やっぱり君たちか!探していたんだよ」
どうやら目的は俺たちで、六花さんのお父さんは俺たちを探していた見たいだ。なので、昼間から一人で公園に居たのだろう。小学生が遊ぶ場所なんて、友達の家か、近所の公園ぐらいだろう。
「どうかしたんですか?」
探していたのならば理由があるはずだ。俺たちが六花さんに会わせて欲しいと思って居るのと同じように。
「少し話を聞いてほしんだ」
「彩たちにですか?子供の彩たちには出来る事は限られますよ?」
彩の言う通り、今は小学生だ。そんな俺たちに話なんて、普通は無いだろう。それに、ほとんど初対面に近いにも関わらず、探しに来て聞いてほしい話など想像も出来ない。
「わかってるよ……それでも聞いてほしいんだよ。少し人が少ない所でいいかい?聞かれて困る話ではないんだけど、周りの人から可笑しいと思われたくないからね」
「それはいいですけど……」
一体どんな話をするつもりだろう。周りの人に聞かれたら可笑しいと思われる話……。それも、ふざけた感じではなく、本気でそう思って居るように見える。
俺たちは六花さんのお父さんに連れられて、人が居ない場所に移動した。と言っても、公園の近くにあるベンチだが。
「可笑しな話をすると思うけど、聞いてほしんだ」
「大丈夫ですよ♪」
そう答える静奈さんに俺たち全員も頷く。この物語に関係あるかどうかは全く分からない。だが、これは何かしらの発展と見てもいいだろう。
世間話に近い話かもしれないが、何か手がかりになる可能性も捨てきれない。真剣に聞く方が良いだろう。六花さんのお父さんは物語に深く関わって居る自分の一人だからだ。
「君たち四人と出会ってから、違和感が拭えないんだ」
「違和感ですか……」
俺たちは全員首を傾げる。俺たちと出会ってから違和感を感じているようだ。確かに俺たちは現実では絶対に出会う事はない。それが関係して、違和感を感じているのだろうか?
「そうだよ……ここに居て良いのとかという違和感が拭えないんだよ。日常のはずなのに、ここが自分の居場所ではないかのようにね」
「…………」
これはどういう事だろう。ここに居て良いのかという違和感……それは、どう解釈すればいいのかわからない。
確かに、六花さんのお父さんは現実では亡くなって居る。しかし、ここは物語の世界だ。自分が既に亡くなって居るなど感じる事は出来ないはずだ。あくまでも、これは物語だからだ。六花さんのお父さんは、本物ではない。しかし、それを感じているのだろうか?
「ずっと、胸の中に『おかしい』があるんだ。それも君たちと出会ってからだよ……何か知って居るかも、と思って話を聞いてもらったんだよ」
知らないと言えば知らない。知って居ると言えば知って居る……しかし、どう説明すればいいのかわからない。だが、間違いなく、物語に関係のある話だった。
亡くなった人が、物語の世界で存在している。それが違和感になっているのだろうか。記憶では覚えていなくても、何か残って居るのだろうか?自分が亡くなった時の物が。あるいは生きていた時の物が。
だが、それが違和感になっているからと言って、俺たちはどう答えればいいのだろうか?この世界は物語の世界で、現実では亡くなってます。そんな事言える訳ない……言っても子供の冗談で終わりそうだ。
しかし俺としては、何か答えて反応を見たい。この話は間違いなく物語に関係している。これの原因や、亡くなった時の事が少しでもわかれば、物語の完結方法が見つかるかもしれないからだ。
だが、正直に伝える事は出来ない。何が起こるか全く読めない。だからこそ、どうすればいいのかわからない。
「ごねんね……急にそんな事言われても困るね……自分でも何を言ってるんだろうと思ってるんだけど……けど違和感が拭えないんだよ……」
俺たちが黙っていたので、六花さんのお父さんが先に口を開いたのだった。困って居ると思ったのだろう。
「あの……その違和感を感じてから、六花は見てどう思いましたか?」
「……それは何か関係あるのかい?」
「はい、関係あります」
静奈さんは急に質問をした。俺たちにはどういう意味がある質問なのかは理解出来ないけど、目は真剣だ。きっと、重要な質問なのだろう。
「物凄く違和感があるよ。六花の隣に居る自分の存在に……それに、何か……どう言えばいいのかな。何かを大事な事を言い忘れているような感覚が……」
「やっぱり……」
「これで、この違和感についてわかったかい?」
「それは……どう説明すればいいのかわかりません」
「そっか……小学生の君たちに難しい質問をしても、困るだけだよね……ありがとう、こうして聞いてもらっただけでも十分だよ」
そういうと、笑みを浮かべて立ち上がった。しかし、静奈さんも同時に立ち上がり、手を掴んだ。
「もうすぐしたら、旅行に行くんですよね?」
「そうだけど……六花から聞いたかい?」
「そんな所です……注意してくださいね」
「それは勿論だよ。ありがとうね」
「後一つ!」
静奈さんは珍しく大声を上げた。すると、六花さんのお父さんが振り向く。
「六花としっかり話をしてくださいね」
「???」
六花さんのお父さんは首を傾げていた。一体どういう意味なのかはきっと、静奈さん以外わかって居ない。
それから、六花さんのお父さんはその場を後にした。しかし、俺たちだけはその場に居続けて、静奈さんに聞く。
「何かわかったんですか?」
「我は全く付いていけなかったのだ!」
「彩もだよ!」
正直、俺も静奈さんの質問の意味を考えたが、やはり全く分からない。しかし、静奈さんの顔を見れば、何か掴んだのは理解できる。
「わかったよ……」
「何がなのだ?」
「この物語の内容だよ」
静奈さんは、悲しそうに呟いた。
「この物語は、六花の後悔の物語だよ……」
俺たちは静奈さんの言葉に首を傾げるしかなかった。六花さんの後悔の物語……一体どういうことだろうか。