新しい物語
プールの帰り、電車に揺られながら集合した駅に着くのも待っている俺達。色々あったが、最後まで楽しんだので、少し疲労感が体にある。たぶん、みんな同じなのではないだろうか。
プールに行く時はアニメの話で盛り上がって居た三人も、今は静かに外の景色を眺めている。時刻は十七時半を超えた所だ。夕日に照らされた街並みは少し綺麗だった。
そんな中、一人だけそわそわして落ち着きが無い者が居た。俺の隣に居るキリト君だ。そもそも、キリト君が海鳥さんと仲良くなるために企画されたのが、今回のプールだ。
キリト君も楽しんでいたのは間違いないだろうが、やはり目的が達成されないと今回の企画も半減する。キリト君からしたらそれが全てだったのかもしれない。
俺は携帯を取り出し、キリト君に「言わなくていいのか?」と送った。今は彩も静かにしている……直接言うのであれば今が絶好だと思う。
俺達が聞いているが、もともとキリト君がボランティア部に依頼してきたのだ。事情は知って居るし、恥ずかしがることはないだろう……と思うが、実際そう簡単な物ではないのは理解できる。
『言いたいでござるが……どう言えばいいのか分からないでござる』
『凝った言い方じゃなくて、そのまま言えばいいと思うぞ。海鳥さんも知って居る訳だしな』
『そうでござるが……いざ、言うとなれば恥ずかしいでござる』
『まぁ、その気持ちはわからなくもないが……』
やはり言うのであれば直接言うのが一番良いだろう。携帯で送るよりも直接言うほうが、本当にそう思って居るのだと伝わるはずだ。同じ言葉でも全く違う効果が表れるはずだ。
そんな煮え切らないキリト君と暫く携帯でやり取りしていると、視線を感じてその方向に向けた。海鳥さんが俺の方を見ていたのだ。
「どうしたんだ??」
「いえ……恥ずかしいなって思っただけです……」
「??」
海鳥さんは頬を赤らめて、下を向いてしまった。そんな様子を見ていた彩が、海鳥さんの脇腹を人差し指で刺した。
「ひゃぁ!」
驚いて変な声を上げる海鳥さんは自分が上げた声を思い出して、さらに頬を赤く染めた。しかし、彩は再度同じように脇腹を人差し指で刺した。
「わ、わかりましたからやめてください!!恥ずかしいですよ!」
「じゃあ、ちゃんと言うんだよ??」
「言いますよ!!せっかく来た絶好の機会なんですから!」
そう言うと海鳥さんは真剣な顔付きに変わり、俺達の方に視線を向けて言った。
「えっと……その……わ、私と友達になってくれませんか??」
徐々に声が小さくなっていったが、確かに聞こえた。友達になって欲しいと……俺とキリト君の方を見てそう言ったのだ。
今回はキリト君と海鳥さんが友達になる良い機会だと思って居た。しかし、海鳥さんはキリト君だけではなく、今日一日遊んだ俺とも友達になりたいようだった。少し驚いたが、別に変なことではない。むしろ、自然な事で、当たり前な事だった。
「あ、あの……」
黙って居る俺達を不安そうに見ている。彩も俺の方をジト目で見ていた。
「こ、こちらこそ友達になって欲しいでござる!」
返事をしようとした瞬間、力んだ声でキリト君が言った。自分から言い出すことが出来なかったが、こうしてキリト君自身の口から言うことが出来た。
見ている事しか出来なと言っていたキリト君が、先に言えなかったとはいえ、自分の口から言えたのは良いことだろう。海鳥さんが出かけようと言ってくれたおかげも確かにあるだろう。実際にそれが一番大きいかもしれない。しかし、自分の口から言えたことは絶対に良い結果になるに違いない。
「航はどうなの??」
「ああ、こちらこそお願いするよ」
俺達の言葉に笑顔になる海鳥さんは息を吐いた。どうやら黙って居たのは疲労だけではなく、緊張していたのもあるらしい。
月並みだが、こうして一日楽しく遊ぶことが出来たのだ。もう、友達だと言っても過言ではないだろう。そんな単純ではないだろうが、今回はそれで大丈夫だろう。
「谷口君、連絡先教えてください!星野君のは知って居ますので」
「わかったでござる!!」
携帯を取り出し、海鳥さんと連絡先を交換する。一緒に遊びに行き、連絡先も知って居る……これは十分に友達と言ってもおかしくないだろう。
「これで、男の子の連絡先は二件目です!」
「一件目は誰なの??」
彩は首を傾げて聞いた。だが、先ほどの会話の内容から察するに決まっているだろうに……。俺はそっと視線を下に逸らした。
「星野君ですよ」
「……航」
「後で駅の裏に来るでござる……」
二人揃って、冷たい目で俺の事を見てくる……。
「俺にどうしろと??」
確かに可愛い子の第一号となれば光栄なことかもしれない。しかし、しかしだ!確かに少し嬉しいという気持ちも捨てきれないが、俺から聞いた訳ではない……なんて最低な事を言う訳にもいかず……。そんな事、思ってもないが、俺にはどうすることも出来ないだろう。
だが、ここは素直になるのが一番だろう。
「ごめんなさい……」
素直になるつもりだったのに、二人の冷たい目線に当てられて、謝ったしまった。それほどまでに二人は冷たい目をしていた。
「まぁ、仕方が無いでござるね」
「そうだね!」
なんとか納得してくれた見たいだが、一瞬笑顔になる前に睨まれた気がしたが、きっと気のせいではないだろう。
キリト君がボランティア部に依頼してきて時はどうなるかと正直思ったが、結果的にうまく行き、楽しく遊べただけではなく、二人の友達が出来た。人間同士の繋がりや出会いというのは本当に不思議な物だと心から思った。
「またみんなで遊べる日が来るといいね!!涼花にはつかさの事も紹介したいし!!」
「ボランティア部に居るオタクの子でしたっけ??」
「そうだよ!後、中二病だから発言がおかしい時があるけど、気にしないでね!一年生だけど、いい子だよ!きっと仲良くなれるよ!」
「あの子でござるか!また話が出来る機会があればいいでござる!」
「出来るよ!つかさも前に会った時に楽しそうに話してたし、キリト君も仲良くなれるよ!」
「そうであればいいでござる!!オタク仲間が増えるのは良い事でござる!」
同じ趣味の友達が増えればきっと楽しいだろう。俺はそういうのがあまり分からないので、経験したことがないが、自分の好きな事を理解してくれて、楽しい話が出来るのは少し羨ましいと思った。
「まぁ、つかさも誘って大阪にでも行こうよ!」
「やっぱり日本橋でござるね!電車で一時間少しで行けるので便利でござるね!」
「また、誘ってください!」
「うん!誘うよ!航も行くよね??」
「俺も行くのか??」
「行くよ!!行かないって言っても無理やり連れていくから!!」
そういうのはあまり分からないが、一緒に行くのも悪くない……そう思ってしまうほど、三人は楽しそうに話をしていた。機会があれば行こうと思った。
「それでね!彩……」
そう彩が言いだした瞬間、頭を抱えだした。
「おい、大丈夫か……」
その瞬間に強烈な眩暈が起こった。世界が歪んで見えるほどの強烈な眩暈。思わず俺も彩と同じように頭を抱えてしまった。
キリト君と海鳥さんが異変に気が付き、声を掛けてくれているが、あまりの感覚に何を言っているのか全く理解できなかった。そんな中、一つ理解出来ることがあった。
「この感覚は……」
強烈な眩暈は感覚的には長かったが、時間にして数十秒で完全になくなった。だが、二人同時に頭を抱える出来事など滅多に起きる出来事ではない。
当然、海鳥さんとキリト君は心配そうな顔で俺達を見ていた。
「もう大丈夫だよ!」
「俺も大丈夫だ」
「本当に大丈夫なんですか??」
「ただごとではない様子だったでござるよ」
直ぐに眩暈は無くなったが、何も事情を知らない二人からすれば俺達が同時に体調が悪くなったと勘違いしたに違いない。急に頭を抱えるなど、それぐらいしかないだろう。
しかし、俺達は別に体調が悪くなった訳ではない。そう、扉が開いたのだ。
それと同時に携帯が振動した。彩もそうらしく、同時に携帯画面を見る。内容はグループで送られて来ているので、内容は同じのはずだ。
『扉が開いたわ。今日はキリト君たちと遊びに行って疲れているはずだから、明日の午前六時に部室集合でいいかしら??』
俺は今からでも大丈夫だが、もし危険な物語であった場合、少しの疲労感が命の危険が及ぶ場合が存在する。ここは素直に六花さんに甘えることにした。
六花さん本人は今夜にも物語の世界に行きたいはずだ。しかし、俺達の事を考えて明日の朝に集合ということにしてくれている。朝、出会ったらお礼を言ったほうが良いだろう。
『ありがとうございます。明日の朝六時に部室に行きます』
彩も似たような返事を返し、俺達は携帯を閉じた。
「本当に大丈夫ですか??」
心配そうに彩に聞く海鳥さんに、彩はいつも通りの満面の笑みを浮かべて「大丈夫だよ!ありがとうね!」といい、海鳥さんに抱き着いた。
「ひゃぁ!どうしたんですか??」
「なんでもないよ!涼花、柔らかくていい匂いするね」
「何言ってるんですか……もう」
そういいながら嫌そうな顔はせずに笑みを浮かべていた海鳥さん。そんな光景を羨ましそうに眺めているキリト君……確かに少し羨ましい気持ちもあるが、顔に出さないように努力する。
そして、暫く話をしながら電車に乗って居ると、駅に到着した。
「今日はありがとうございました!」
「楽しかったでござる!また、どこか行けるといいでござる!」
「そうだな。俺も楽しかった」
「彩も楽しかったよ!また、みんなでどこか遊びに行こうね!!」
みんなと挨拶してからそれぞれの帰路に就く。いつも通りの道を歩いて、家に付くと、俺はお風呂に入ったり、寝る準備をして明日に備えるために早めに就寝した。
**************
俺は朝早くに起きて、学校に向かう準備をしていた。時刻は五時半頃だ。物語の世界に行くための扉が開いたので、朝早くから学校に行き、物語の世界に行くのだ。
昨日気を使ってくれた六花さんのためにも遅れていく訳にはいかない。少し余裕が出来るように登校して、早めに部室に付くようにする。
近所に住むおじいちゃんやおばあちゃんが散歩をしている姿や、犬を散歩している姿を少し見かける程度で、その他の人はほとんど居ない。仕事がある人もこの時間にはほとんど居ないだろう。
そんな中、一人制服で歩いているのだから周囲から視線を感じるが、あまり気にしないことにした。用事があって学校に行くので何か言われた所で大丈夫だろう。警察に見つかると面倒かもしれないが。
小鳥の声を聞きながら学校に到着した。校門も閉まっているので、空いている裏門から校内に入り、部室に向かうために階段を上る。
先生も居る気配も無いので、普段通りに歩いて部室に向かう。ボランティア部は物語の世界に行くために部員みんなが合鍵を持っている。他の部室のように鍵を借りなくても問題ないので便利だ。
「誰か来ているのか」
部室のドアが開いていることに気が付き、「おはようございます」と挨拶をしながら開けた。一瞬、前のように柊が中に居る事も考えたが、その予想は外れ、六花さんが椅子に座って、朝食を食べていた。
「おはよう、航」
「おはようございます」
再度挨拶をして、俺も席に座る。俺も、家で朝食は食べてきたので、問題はない。
「てっきり桜さんと一緒に来ると思って居たわ」
「学校外まで一緒に居ませんよ」
「そうなんだ。仲いいからプライベートも一緒に居ることが多いと思って居たわ」
「ほとんど会わないですよ」
「桜さんの方は呼べば直ぐ来ると思うわ」
確かに彩なら呼べば直ぐに来てくれそうだ。しかし、俺も家に居ることが多いので、彩と遊ぶことは少ない。ボランティア部に入部してから頻度は高くなったのは間違いないが。
「……おはようなのだ」
柊が眠たそうに欠伸をしながら中に入ってきた。その姿は本当に小さな子供のようだった。
「おはよう」
「おはよう、眠たそうね」
「……そんなことないのだ」
明らかに眠そうだが、本人がそんなことないと言っているので、何も言わなくなった六花さんは再び朝食を口に含む。食べている物はコンビニで買ったおにぎりだ。
「おはよう♪」
「おはようございます!」
静奈さんと彩が一緒に部室に入ってきた。ボランティア部全員が集まった所で、俺達は光輝いている扉の前に集合した。この扉が光っているということはいつでも物語の世界に行けるということだ。
「今回はどんな物語かな?」
「行ってみないとわからないだろ?」
「それもそうだね!」
彩と俺がそんな会話をしていると、六花さんが扉に手を掛ける。柊はまだ少し眠そうだが、先ほどよりは目が覚めている様子だった。
「行くわよ!」
六花さんは声と共に扉を開いた。二度目となる物語の世界。一度目は桃太郎と危険な物語だったが、今回は危険ではない物語であれば良いと心から思う。
扉を開くと同時に光が部室全土を覆う。眩しさのあまりに瞳を閉じた俺は、物語の世界に行く。そして、光を感じられないようになると、俺は瞳を開いた。
「また森ですか……」
俺はそう呟かずには居られなかった。そこは一度目の物語で行った桃太郎とほとんど同じような森だった。心地よい風と共に葉擦れが聞こえる。
天候も晴れていて、頭上の木の葉が日差しを遮断していてくれて、風が気持ちがいい。居心地は桃太郎の時と全く変わらずに過ごしやすいのだが、一つ問題がある。
「どう考えても前よりも森が深いわね」
六花さんの言う通り、俺ら初心者から見てもこの森が深いことは理解出来てしまう。周囲を見渡しても、空以外は暗いのだ。
「今回も横はあまり深くないとかないかな??」
「流石にそんなにうまく出来ては居ないと思うのだ」
「私もそう思うよ♪」
みんな軽い感じに言っているが、前回森で痛い目にあっているので、どうすればいいのかあまり分からない状態なのだ。むやみやたらに動けば前回と同じ二の舞になる。カレンに出会わなければ俺達は森の抜けだすことは出来なかっただろう。
「けど、このままこの場所に居ても仕方がないわね」
「そうですね……」
森の中に居る限り、俺達がどんな物語の世界に居るのか見当もつかない。同じ、桃太郎ということは絶対にありえないと思うので、他の物語であるのは間違いない。
桃太郎と言い、その辺の物語関係だとどうしても森は存在する。なので、深い森というだけではどんな物語なのか全く見当もつかない。何の物語であるか、断定出来る場所や建物があればいいのだが……。
「やはり、あれしかないみたいね!!」
「またやるんですか!?前回大失敗でしたよ!」
「桜さん、大失敗じゃないわ!私の靴飛ばしのおかげでカレンと出会えたと考えるべきよ!!少なくとも私は前向きにそう考えることにしたわ!」
「そ、そうですか……」
腰に手を添えて、自信満々の六花さんに彩は苦笑いを浮かべながら視線を逸らした。彩も十分理解しているはずだ。俺達に六花さんを止めることは出来ない。出来るのは静奈さんぐらいだ。
それを思いついたのか、同時に静奈さんを見るが、静奈さんは笑みを浮かべるだけで、無いも言わなかった。その行動で決まったような物だった。
「行くわよ!!」
桃太郎の時と同じように靴を上に飛ばし、先端が向いた方向に進むことに決まった。今回はうまく行くといいけど……期待は全くない。
「左ね!進むわよ!」
こうして俺達は再び六花さんの運にゆだねて、森の中を歩きだした。