楽しみながら
そして迎えた土曜日。朝の九時駅前に集合することに決まっているので、俺は八時頃に目を覚まし、準備をしてから駅前に向かう。
前回駅前に集合した時はボランティア部のみんなと遊びに行く時だったのだが、今日は彩以外ほとんど初対面の二人と遊びに行く。二人の事は何も知らないので、今回で少しでも仲良くなれたらいいと思う。
しかし、今回はあくまで俺と彩はキリト君と海鳥さんを友達同士にするという目的がある。俺だけが仲良くなっても仕方が無いので、様子を見ながら行動していくしかないだろう。
勿論、楽しみながら行動するが……結局俺達がどう動いても二人の問題なので、うまく行くかどうかは二人次第になってしまう。うまく出来るように頑張りはするが、期待はしてほしくない……なんせ、こんな事初めてなのだから、どうすればいいのか全く見当が付かない。
けど、せっかくこうして遊びに行くという機会が出来たので、友達になるまではいかなくても、二人が互いの事を少しでも知っていけるようになれば良いと思う。
そんなことを思いながら歩いていると、目的地の駅が見えてきた。集合時間の十分前……前回のように遅れても罰ゲームは無いのでゆっくり来た。
「おはよう、航!」
「おはようございます、星野君」
「おはよう、遅くなってごめん」
どうやらキリト君以外は来ているみたいだ。女の子を二人待たせていたのは申し訳ない。
「大丈夫だよ!彩もほんの少し前に来た所だから!」
「私も大丈夫ですよ。さっき来た所なので」
二人はそう言うが気を使っている可能性は十分にあり得る。彩はそういう性格だし、海鳥さんも少し話をしただけだが、相手の気を使いそうな感じがする。
「ありがとう」
しかし、二人がそう言ってくれているので、俺は何も言わずに二人の好意に甘える。何度言った所できっと二人は同じ事を言うと思ったからだ。まぁ、本当にさっき来たという可能性も捨てきれないけど。
しかし、俺もかなりゆっくり来たが、キリト君はまだ来る気配がない。海鳥さんとプライベートで初めて会うはずだ。ここで遅刻するのは第一印象としては悪い。だが、この日を楽しみにしているのは間違いなく、キリト君だ。遅刻はするとは思えないが……。
「ところで、ずっと気になってたんですけどいいですか??」
「どうしたの涼花??」
彩が名前で呼んでいる……昨日連絡先を交換していたので、メールでもしたのだろう。こうして名前で呼んでいるということは一日で仲良くなれたということだろう。彩にとっても海鳥さんにとっても嬉しい出来事のはずだ。
「彩……私まだもう一人の方の事何も知らないです。さすがに気になります」
確かに海鳥さんには海鳥さんと仲良くなりたい人が居るとしか説明していない。今まで誰か全く言って居なかった事を思い出した。しかし、言ってあげたいのだけどそこには問題がある。
「あ……私も本当の名前知らないよ??自分でキリト君って呼んでくれって言ってた!けど、面白いよ??語尾にござる!自分の事は拙者って呼ぶの!」
「語尾はござる?自分の事は拙者??それって……」
海鳥さんが何かを考えた瞬間、声が聞こえてきた。
「遅くなってすまないでござる!!」
遠くからキリト君が全力で走ってきているのが目に入る。どうやら、なんとか遅刻せずに来れた見たいだった。走って居る所を見るに、時間ギリギリだったのだろう。
「はぁはぁはぁ、す、すまないでござる」
「大丈夫だよ!時間には間に合っているよ!」
「私も大丈夫です。えっと、もしかして谷口君だよね??」
「あ、はい!そうでござる!谷口桐斗でござる!」
どうやら海鳥さんはキリト君の事を覚えていたみたいだ。それにしても、キリトというのは本当の名前だったのか、てっきり某アニメの主人公から取ったものだと思って居た。
「覚えてくれていたでござるか……」
「勿論覚えていますよ。その独特は話方はなかなか忘れられません。それに……」
海鳥さんはキリト君から視線を逸らした。きっと、キリト君が暴言を言われていた時の事を思い出していたのだろう。少し申し訳なさそうな顔をしていたので、察してしまった。
「あの時は本当にありがとうでござる。感謝してもしきれないでござるよ」
「私は何もしてませんよ。それにもっと早く止めに入って居たらあんな事言われないで済んだのかもしれないですし……私こそごめんなさい」
海鳥さんは深く礼をしてそう言った。キリト君は助けてもらった人から謝罪をされたことに戸惑っている様子だった。何を言っていいのか分からないのか、口をパクパクさせていた。
「と、とりあえず!こんな空気でプール行くなんてもったいないから、楽しい雰囲気で行こうよ!」
彩の言葉にキリト君と海鳥さんはお互いに頷き、彩の方を見た。確かに楽しみに来たのに先ほどのような重い空気の中、プールに行くのは場違いな気がする。せっかく集まったのだから、楽しみたい。
「そうだね!私がプール行きたいって言ったんだし楽しまないと!」
海鳥さんは笑顔に戻り、キリト君に視線を向けた。
「私は海鳥涼花と言います。今日は一日よろしくお願いします」
「はいでござる!こちらこそよろしくでござる!」
纏まった所で俺は時計に視線を向ける。プールがある場所はここから電車で一時間程度だ。電車の時間を調べてこの時間に集合したのだ。このまま話をしていては、電車の一本乗り過ごしてしまう。
「そろそろ駅に行こうか。電車乗り過ごすかもしれないし」
みんな俺の意見に同意して、駅に向かう。切符を購入し、電車に乗り込む。電車の中はそれほど人が居ないため、俺達は四人同じ場所に座ることが出来た。
俺とキリト君、彩と海鳥さんで座り、向かい合った状態で座った。ここでキリト君を海鳥さんの隣に座るのが一番の理想だが、急にすることではないので、大人しく一緒に座った。まずは仲良くなることが一番だ。
「涼花って、どのラノベが一番好きなの??」
「どれが一番好きかですか……どのラノベも良さ見たいなのがあり、一概にもどれが好きとは言えないですが……そうですね、しいて言えば半分の〇がのぼる空でしょうか」
「おお!!いいでござるね!!」
彩ではなく、キリト君が嬉しそうに反応した。
「半月か……私有名なのは知って居るけど読んだことないよ」
「もったいないです!」
「もったいないでござる!!」
彩の言葉に海鳥さんとキリト君が同時に反応した。その反応からして、キリト君もかなりその本が好きみたいだ。俺は一切分からないが。
「そんなに面白いの??」
「最高ですよ!私、初めて読んだとき続きが気になりすぎて寝ずに読んでました!」
「本当に面白いでござるよ!拙者もお気に入りでござる!」
「先生と小夜子さんの話すごいいですよね!先生が居たから半月の世界に深みが増したといいますか!里香ちゃんすごくかわいいし、祐一君もすごい好きです!読んでいて本当に時間を忘れます!」
「わかるでござる!止められた一分がすごく好きでござる!一日だけのスクールライフも良かったでござる!最後の方は感動して泣いたでござるよ!」
「私も泣いちゃいました!本当にすごく好きな作品です!」
キリト君と海鳥さんは楽しそうに会話をしてきた。やはり、同じ物が好きだと話が弾む。海鳥さんに関しては同じ趣味を持つ人が友達に居ないと言っていたので余計に楽しいのではないだろうか。
ずっと笑顔で、海鳥さんもキリト君も本当に楽しそうだ。案外友達になるのは簡単なのではないか?そう思わずには居られない光景だった。
「二人がそんなに好きなら読んでみるね!私も気になってたし!」
当然、二人がそんだけおススメしてくる作品なのだから彩も興味が沸くのはおかしな話ではない。正直、全く分からない俺でも少し読んでみたいと思ってしまうほどだ。彩は確実に読むだろう。
「はい!ぜひ、読んでください!私、全然貸しますよ!」
「拙者も持っているので、貸すでござるよ!」
「二人共ありがとう!けど、そんなに面白いんだったら、自分で買うよ!私も借りるより本で持っていたいし!!」
「その気持ちわかります!やっぱり、本もそうだし漫画もそうだし、CDとかもそうですけど、実物をもって居たいですよね!借りたり、音源だけなんてもったいないです!」
「すごくわかる!私も涼花と同じだよ!」
「いいでござるね!拙者も同じでござる!」
三人は目的の駅に着くまでの一時間、ずっと楽しそうに話をしていた。俺は全く分からないので、話には入れないが、こういう光景は見て居るだけでも楽しい気分になれる。
この三人は仲良くなるっだろうな……そんな事を思いながら俺は楽しそうな三人を見ていたのだった。
*********
一時間少しが経過し、目的の駅に到着した。四人揃って降りると、その駅には多くの人が居た。土曜日ということもあり、家族連れやカップル。友達同士で来ている者……多くの姿が見られる。
大型のプールなので、車で来ている者も多く居るはずだ。プール内は混雑しているだろう。
駅からプールまでは徒歩十分程度……大きな看板に方向と距離が書いてあった。どうやら駅の中からでも場所が分かるようにされているようだ。
「すごい人だよ!」
彩は楽しそうにそう言う。
「そうですね!人がいっぱいです!!」
同じように海鳥さんも楽しそうに言う。人が多いのが楽しいのか、それとも人の多さを見て、プールが近づいているという感覚が楽しいのか……答えは確実に後者だろう。
実際に同じ駅で降りる人の多さに、プールに来たという実感がわくのだろう。
「こんなの某イベントに比べたらなんでもないでござるね」
一番そういう人混みに弱そうなキリト君がなんとも無い顔で居た。言葉から察するに、彩に聞いた事があるが……東京で行われる某イベントの事を言っているのだろうが、流石にあの規模で人が居たらプールどころの騒ぎではないだろう。
「はぐれないように気を付けて行こう」
俺達ははぐれないように人混みを歩き、十分程度歩くと建物が見えてきた。大きさは聞いていたよりも実際に見ると遥かに大きく見える。一日遊んでも時間が足りないのではないだろうか。
建物の中に入り、俺達四人はお金払いチケットを購入した。価格は千五百円だ。この値段でウォータースライダーや他の物にも乗れるのだから安いだろう。
チケットを持っていると出入りも自由に行えるので、決して無くさないようにしなければいけない。無くしてしまうと、用事がある時に出ることが出来なくなってしまう。
「またあとでね!!」
彩が笑顔で大きく手を振る。持ってきた水着に着替えるために男女別に分かれている更衣室に入る。当然のように更衣室の中は広々としており、大勢来る事を見越して作ってある。
「着替え終わったでござるよ」
「俺も終わったよ」
隣のロッカーが空いていなかったため、少し離れた場所から上半身裸で来るキリト君。こういうプールにお決まりの水着忘れた事件が起きなくて良かった。キリト君なら少しありえそうだし。
「思って居たでござるけど、航は良い体してるでござるね」
初めてキリト君から名前を言われた気がするが、同級生なので可笑しなことではない。少し違和感があるが、時間が経過すれば慣れるだろう。
「……すまん、俺はそっち系じゃないから……」
「……何を勘違いしてるでござる。拙者も男の体なんかに全く興味ないでござる!」
「それじゃ、気持ち悪いこと言うないでくれ……鳥肌が……」
腕をキリト君に見せると苦笑いを浮かべていた。
「本当でござる……拙者の事どう思って居るでござるか……」
キリト君をそっち系だと思ったことは一度もないが、先ほど言われた言葉は本当に気持ち悪かった。出来れば女の子に言われたい。
俺達は更衣室からプールがある場所に出る。そこは俺が予想していた以上の場所だった。
「すごいな……」
「すごいでござるね……」
大勢居るのは駅の段階で分かっていたが、それでも十分遊べる広さがある場所だった。小さい子が遊ぶように浅いプールをはじめ、バケツに水が溜まるとひっくり返るやつ……ようするに小さい子が遊べる用のプールだ。
見る限り、波のプールや流れるプール……普通のプールに、ウォータースライダーが何本もあるので、何人乗りかに分かれているのではないだろうか。食べ物も売っている場所も広く、白い椅子やテーブルが置いてある。
他にも様々な物があり、ここからでは見えない場所にも色々あるのではないだろうか。家族連れの小さい子にも優しく楽しく遊べるプールになっている。そして、大人も遊べるようになっている。ここに来れば四季に関わらず、一日遊べるのではないだろうか。勿論、冬になると水が温かくなるそうだ。
「こういう場所来るの久々でござるよ」
「俺も同じ……久々だな」
最近は全く行かなかった。最後に行ったのは……記憶にある中では花恋が居た時だ。物語を全て完結させたら、みんなで来れたらいいな。
「お待たせ!」
「お待たせしました……」
「「……」」
水着姿でやってきた二人に俺達は言葉が出なかった。彩は、イメージ通りのピンクの水着は来ており、上下ともにフリルが付いている、可愛らしい水着になっている。だが、水着も可愛いが、やはり彩の素材が良いから余計に可愛く見えるというものだ。素直に可愛らしく、似合っている。
少し恥ずかしそうにしている海鳥さんはもじもししながら頬を赤らめていた。その姿だけで十分可愛いのだが、来ている水着はビキニで、上下共に白色だ。スタイルもとてもよく、凄く似合っている。
通りすぎる男たちが必ず二人に視線を向けている。俺もこんな可愛い子が居たら必ず視線を向けてしまうだろうから、何も言えない。
「どう??航……」
彩がおそるおそる聞いてきた。
「似合ってるよ」
俺の言葉にパァっと笑顔になり口を開く。
「え、へへへ。ありがとう!航もカッコいいよ!」
「ありがとう」
彩の頭を俺は優しくなでる。本当に彩は可愛い。
「海鳥さんも似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……」
海鳥さんは恥ずかしそうに顔を下に下げる。
「航、やるでござるね……」
そんな中、なぜかわからないがキリト君が俺の方を見て睨んでいた。何かあったのだろうか。
「航はそういう男の子だよ!誰にでも優しい女たらしだよ!!」
「女タラシは言い過ぎだろ……」
「???そんなことないよ??」
真顔で返す彩に何も言えなくなった俺は、海鳥さんに視線を送る。少し助けを求める。
「……星野くん、いい体ですよ!!」
「あ、ありがとう??」
頬を真っ赤に染めて海鳥さんが言ってきた。様子を見るにかなり無理をして言ったのだろうとわかる。しかし、どう反応すれば良いのか全く分からない。
「俺はそっち系じゃないから、って言わないでござるか??」
「いや、このタイミングで言ったら別の意味で駄目だろ。完全に勘違いさせるから!」
男には興味ないが、女の子には……何も無い。
「それより、早く行こうよ!!涼花も待ちきれなさそうだよ!」
「そうだな。せっかく来たんだし、楽しまないと」
「どこからいく??」
「俺はどこからでもいいぞ。二人が決めてくれ」
「拙者もどこでもいいでござるよ!」
特にプールを楽しみにしている二人に選んでもらうことにした。
「私、あれやりたいです!!」
元気よく指を指した方向は、ウォータースライダーの方だった。目を輝かせている海鳥さんは見た目によらず、そういう絶叫系??見たいな物が好きなのだろうか?俺もどちらかと言えば好きな方なので全然良い。
「私もいいよ!!ああいうの好きだし!」
彩は見た目通り、大丈夫そうだ。好きそうだもんなああいうの。一人でも何回も乗ってそうなイメージだ。
「そうでござるか!拙者は見てるでござる!!」
一方、キリト君は苦笑いを浮かべながら足と手が一緒の方向になりながらどこかに行こうとした。しかし、そんなことさせる訳がない。
「どこに行くんだ??ほら、行くぞ」
がっちり肩をつかみ、逃がさないようにした。一人だけ苦手なのは先ほどの様子を見れば十分理解出来たが、それなら余計に逃がす訳にはいかない。一人だけ乗らないのは盛り上がりに欠けるし、何よりキリト君がビビっている所が見たい。
「……航、イタズラ考えて居る時の立花先輩見たいな顔してるよ??」
「……気のせいだ」
「立花先輩がイタズラを考えて居る時どんな顔をしているか分かりませんが、私も何か考えてるってことはわかりました」
「………」
どうやら俺は顔に出るタイプみたいだ。今まで生きてきて初めて気が付いたことだった。それにしても、何か考えて居る時の六花さんはこんな楽しい思いをしていたのか。六花さんの気持ちが少しわかってしまった。
「とりあえず、行きましょうか。谷口君も行きますよ」
「わかったでござる……」
流石に想いを寄せる海鳥さんに言われるとキリト君も断ることは出来ないらしい。少し、不満そうな顔をしながらも逃げ出そうとはしなくなった。逃げても全力で捕まえるだけだが。
少し歩くと俺達はウォータスライダーがある場所できた。少し人が並んでいるが、そこまで並ばなくてもできそうだ。下から様子を見るが、流石に子供が多く来るであろう場所の物だ。そこまできついスライダーではなく、どこにでもある物に見える。
「楽しそうだね!」
「そうですね!!どっちにしますか??」
ウォータースライダーは一人用か四人用がある。途中から列が分かれて、どちらかに行くという形になって居る。先に決めておかないと後で後ろの人に迷惑が掛かるだろう。
「始めは一人用でいいんじゃないか??また、四人用に乗ればいいし」
「そうですね!二回乗ればいいですよね!」
「……二回乗るでござるか」
「せっかく来たんだから乗るでしょ!!」
「わかったでござるよ。拙者覚悟を決めるでござる!!」
普通に滑るだけなのに、なぜか気合を入れるキリト君は拳を作り、強く握って居た。怖いのを我慢しているのだと俺でも分る。しかし、乗ってみれば対して怖くない物だ。一度乗れば大丈夫だろう。
それから俺達は一人用の列に並び、話しながら待っていると順番が来た。先頭に居るのはキリト君なので、一番初めに滑るのはキリト君ということになる。
スタッフの指示に従い、キリト君は青ざめた顔でスライダーに座る。
「はい、絶対に立ち上がろうとしたりしないでくださいね。落ちますよ!
「お、落ちるでござるか!!」
スタッフのこの一言が恐怖に染まっていたキリト君をさらにしばりつけた。そして、そこから恥ずかしい光景が続く。
「拙者は離さないでござる!!」
「……」
「……」
「……」
キリト君は子供が駄々を捏ねるようにスタッフの言うことを聞かなかった。片手で掴める場所を掴んでおり、一向に滑ろうとしないのだ。流石のスタッフも困り顔を浮かべていた。
「拙者、重いから落ちるでござる!!」
「そんなぐらいで落ちたらとっくにウォータースライダー廃止になってますよ!!」
最もなスタッフの発言に俺たちは苦笑いを浮かべる。しかし、後ろに多くの人が並んでいるのだ。これ以上キリト君で時間を取るのは申し訳ない。ここは、奥の手を使おう。
「航……顔が悪そうな顔してるよ……」
「そんなことは無い。気のせいだ」
俺はそういいながらキリト君の元に向かう。迷惑を掛ける訳には行かないのでこれは仕方がないことだと自分に言い続ける。気持ちを鬼にするのだ。
「キリト君……すまんな」
「な、何をするでござるか!!」
俺はそれに答えず、キリト君が落ちないように握って居た手をそっと外した。どうなるかは想像の通りで、キリト君は自分の意思で滑ったのではなく、俺に落とされたという形になる。
「ひ、ひどいでござる!!!」
叫び声と共にキリト君の姿が見えなくなる。滑ってる時、ずっと断末魔が聞こえた。スタッフさんも再び苦笑いを浮かべながらその様子を見ていた。これ以上後ろに居る関係の無い人達を待たせる事は出来ない。
「星野君、結構やるんですね……」
海鳥さんは少し笑いながらそう言った。俺達はそのままスタッフに従い、ウォータースライダーを楽しんだ。
***********
その後、嫌がるキリト君を再びウォータースライダーに連れて行き、四人乗り用も楽しんだ。一名全く楽しそうではなく、泣きそうな顔をしながら必死にしがみ付いていた者も居たが、俺達三人は楽しんだ。
その後に、流れるプールに行ったが、誰も浮き輪を持ってきていないので、そうそうに切り上げて、昼食を食べることに決まった。
時間的にもお昼時なので、ちょうどいい。人もそれなりに居るだろうが、四人で座れる席が一席だけ空いていたので、そこに座った。
「良かったでござる!」
「そうですね!座れないと食べるのは少し無理がありますからね」
「そうだね!これでゆっくり食べられるよ!」
四人で座るには少し狭く感じるが、そんな贅沢を言えるような場所ではないので、我慢する。空いていただけでラッキーだとしか言えない。ここ以外は全く空いていないのだ。
「みなさんは何を食べますか??けど、一斉に行くと取られてしまいますので、二人づつ行くのが妥当でしょうか??」
「そうだな……特に席に置いておく物も持ってきてないし、それが良いと思う」
「そうと決まれば、航行こう!!」
彩は元気よく立ち上がり、俺の腕をつかんできた。その瞬間、俺に合図を送るように視線を送ってきたので、流石に気が付いた。彩も楽しんでいるだけに見えるが、しっかりとキリト君の事を考えて居るのだと分かった。ようする二人きりにして、二人で話をする機会を与えたのだ。
「そうだな……行くか」
俺は海鳥さんに見えないようにキリト君に視線を送る。それに気が付いたキリト君は小さく頷いた。どうやら意図が理解出来たようだった。
「わかりました!気を付けてくださいね」
「ありがとう!!」
俺と彩は食べたい物を探すために、その場を離れた。そして、二人の姿は見えない場所に来ると、彩が口を開いた。
「少しでも距離を縮めてくれるといいね!」
「そうだな……あくまでも俺達はキリト君のために来ているしな」
今、こうしてプール自体を楽しんでいるのは間違いないが、結局はキリト君がうまく行くか行かないかで、俺達のプールは大きく変わる。楽しく友達同士で遊びに来ただけだといいが、そうでもない。
やはり、楽しむというのは最低限の事だが、キリト君が海鳥さんと友達に……なれなくても、前のように、ほとんど他人のような関係から発展する事を祈るばかりだ。
それは本人たち次第になってしまうので、俺達もどうすることも出来ない。ただ、キリト君の恋が叶うことを祈るほかない。俺たちに出来ることはどうしても限られてしまう。
「ところで航は何食べるの??」
「わからないか??」
「……ラーメンなんだね」
「彩、エスパー使えるようになったのか」
「たぶん、ボランティア部なら全員正解できると思うよ……」
「しかし、見た限りなさそうな雰囲気だな」
「流石においてないと思うよ」
歩きながら彩とみているが、やはり定番なカレーライスや焼きそばが多くある。他に様々な物があるが、どう見てもラーメンらしき物は見当たらない。
「諦めるか……」
俺にとっては苦渋の選択に等しいが、大きく外れが無いカレーを購入することにした。基本的にどこで食べても物凄くまずい物は出てこないだろう。
「彩は焼きそばとフランクフルト食べる!」
俺達は食べたい物を購入して、二人の所に戻ろうとしていた所で、違和感に気が付く。二人が居る場所に二人の見覚えの無い男子が居るのだ。
二人共金髪で、耳にピアスをつけている……少しヤンチャしてそうな二人に見える。それにしても一体何かあったのだろうか?面倒ごとに巻き込まれていそうな雰囲気が伝わってくる。
近づくとキリト君が二人組から何か言われていた。キリト君と海鳥さんは男二人に視線をが向いており、俺達の存在に全く気がついて居ない。
周囲に人達はからまれている二人を見て見ぬフリをしている。離れていく者も多く居る。面倒ごとに巻き込まれたくないというのが行動で伝わってくる。
海鳥さんは男二人におびえた表情を向けていた。急に知らない人に話しかけられ、怯えているのが分かる。口を動かしている所を見えると、男二人に話しかけられているのは海鳥さんのようだ。
「航、大丈夫かな??」
「流石に大勢居る前で暴力を振るうことはしないだろうが……心配だし行くか」
「そうだね」
俺達は二人の場所に行こうとした瞬間、顔を下げていたキリト君が立ち上がり、口を開いた。何を言っているのかはわからないが、その後に海鳥さんの手を掴み、席を去ろうとした。
しかし、男たちはキリト君の肩を掴んだ……それと同時に俺は二人に声を掛ける。
「一体なんの用ですか??」
彩はキリト君と海鳥さんの方に向かい、大丈夫なのか確認を取って居た。
「……なんだお前」
「友達ですけど」
別の目的で集まって居るという理由があるが、周囲から見たら一緒に遊びに来て居る友達同士に見えるだろう。実際、ほとんどそれに近いだろう。
「おい……流石にもうやめようぜ。人が多いし、問題になる可能性もある」
「……そうだな。失敗することなんて良くあることだしな」
そういいながら男たちは俺達を尻目にその場を去った。
「大丈夫か??」
「なんとか大丈夫でござるよ」
「……私も大丈夫です」
海鳥さんの声が震えている。大丈夫と言っているが、少し時間が必要だろう。
「何があったんだ??」
「拙者と海鳥さんがここに居るとさっきの二人組に絡まれたでござる。内容はなんとなく察していると思うでござるが、海鳥さん目当てのナンパでござるね」
「本当に最低だよね!相手を怖がらせたら意味ないのに!それに、キリト君が居るのにね!空気読んで欲しいよ」
「とにかく、何事もなくてよかった。海鳥さんが落ち着くまで、待っていよう」
「……ごめんなさい。私、ああいう人達苦手で……」
「大丈夫でござるよ。拙者も何も出来ずに申し訳ないでござる」
「そ、そんなことないです!一生懸命私に近づけないようにしていたのは気づきました。最後も、立ち去ろうとしてくれてありがとうございます!谷口君が謝る必要なんてどこにもないですよ!」
「そうだね!少し、重たい空気になったけど、最後まで楽しも!涼花大丈夫??私、涼花の分買ってくるよ?何か食べたい物ある???ついでにキリト君の分も!」
「……拙者はついででござるか」
彩は明るく、この場の空気を悪くしないように気を使った。それに全員が気がついて居たので、俺達も合わせることにした。
どんな食べ物があったか、俺と彩が話をすると、二人が食べたい物を言う。そして、「一人で大丈夫!」と言いながら彩は元気よく走って行った。
「……大丈夫でござるか??」
「流石に大丈夫だろう。ついさっき注目を集めていたのに、さらにそんな真似しないだろう」
「そうでござるね」
それからしばらくすると、彩が笑顔で戻ってきた。そして、俺達昼食を食べることにした。食べ終わると俺達は夕方までこのプールを満喫して、帰宅することになった。