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依頼

 朝、昼、夜が一度に混ざり合っているこの場所は、物語を語る者が存在出来る唯一の場所だった。大量の本が置いているのは様々な物語が、人によって存在しているからだ。一人ひとりが同じ人生を歩んでいないのと同じで、全く同じ物語など一切存在しない。


 毎日、二十四時間変化が一切無い空間に、白い女の子が一人で椅子に座り楽しそうに笑みを浮かべていた。


「一つの物語を完結させたんだね!お兄ちゃん!!」


 星野花恋ほしのかれんは自分の手に持っている一冊の本を見ながらそう呟いた。誰に呟いた訳でもなく、ただ、嬉しさのあまり口にしてしまったのだ。この空間に他の者は一切存在しない。


 航達が桃太郎の世界から帰還したのを確認して、花恋は自分の目標に近づいたことを噛み締めていた。まだまだ遠い目標であるが、それでも近づいたというのはかなり嬉しい事だ。


 物語の語り部である花恋は、物語を語るために居る。この語り部という存在は物語を語る上で絶対に必要不可欠な存在だ。物語が存在していても、語る者が居なければそれは存在しないのと同じだからだ。


 当然、物語が存在していても、その物語の配役が居なければ物語は進行しない。主人公、ヒロインが居ない物語など聞きたい者など存在しないだろう。その二役が無ければ当然そこから作り出される物語も存在しないのだ。


 そして、花恋はそんな物語の主人公に自分のお兄ちゃんを割り振りした。当然、自分が語る物語なのだ。自分の好きな人、大切な人を配役に選んで攻める者など存在せず、攻めることなど誰にも出来ない。


 選んだ理由はあるが、それがなくても花恋は航を主人公として選んだだろう。だが、花恋はあくまで物語を語る語り部であり、物語を作る原作者ではないのだ。


「それが難しい所……」


 自分で好き勝手に物語を作ることが出来るのであれば直ぐに航の物語も終わってしまうだろう。都合の良い展開にして、勝手に完結させれ済むのだから呆気なく、簡単に完結させれる。


「けど、そんな事私には出来ない……だからこうして時が来るのを待っている……」


 物語を作るのはその物語に選ばれた者であって、外部者ではない。だからこそ、物語というのは他人を楽しませたり、悲しませたり、怒らせたり……様々な感情を読み手に与えることが出来る。物語に選ばれた人だからこそできるのだ。物語の登場人物が感じたや体験した事を深く映し出すからこそ、物語というのは面白みが増す。


「私はお兄ちゃんともう一度一緒に暮らしたい」


 その思いは兄弟全く同じ思いだった。航もまたその思いが一番上にあり、物語の世界に入ることを決めた。そして、花恋も同じで、一緒に暮らしたいからこそ、こうして兄が完結させるのを待っている。もう一度、始めるために待っているのだ。


 ここは幻想的な世界。この世のどこでもなく、決してこの世から離れていない場所……そんな場所で花恋はかれこれ八年間待ち続けた。そして、八年という月日をかけて物語は動き出した。


「私は待っているからゆっくりでもいいから必ず完結させてね」


 花恋は主人公である航を好き勝って移動させたり、自分が都合の良いように動かしたり出来ない。ヒロインである四人も同じで、物語の下地があるが、その五人がどんな物語を作るのかは花恋にも分からない。多分、誰にも分からないものだろう。そう、結果はいつも変化し続ける、そして変化する過程で、物語自体が破綻しても全く可笑しくない。だが、それでも物語は進んでいくのだが……。


「これはお兄ちゃんしか出来ないことだよ……」


 きっと、私では出来ない。いや、私だからこそこういう結果になっているのかもしれない。それこそが、人で変化する物語であることを意味している。私とお兄ちゃんは兄弟だけど、同じ人間ではない。だから、物語も大きく変化してしまう。


 仮に全く同じ人間だとしても、少しの性格の変化や、考え方の違いで結果というのは大きく変わってくる。同じ人間だとしてもその時、全く同じ事を考えるとは言い切れない。


「だからこそ、私には出来ない……けど、私だからこそ、こういうことになって居るのかな……」


 誰に問いかける訳でもない。しいて言えば自分自身の胸の中に問いかけている……そう言えばしっくりくるのではないだろうか。


「けど、もう物語は動き出した……今更、変更も後戻りも出来ない……これは私の物語であって、お兄ちゃん達の物語でもある……一人ひとり目的は違うけど、同じ物語の舞台の上に居るのは間違いないよ」


 花恋は持っていた本を閉じて、そっと宙に投げ捨てる。だが、本はどういう原理かは分からないが、地面に落下するわけでもなく、その場で浮遊している。現実にある本とはあきらかに異質なのは理解できる。


「同じ舞台の上に居る……しかも一緒に暮らしたいという思いも一緒なら……頑張るしかないよねお兄ちゃん」


 今すぐ自分に出来ることなど無いと理解しているが、それでも黙って待っているだけでは、モヤモヤとして感覚が気になって仕方がない。だから、こうして、この空間で待ち続ける。八年間待ったのだ、もう少し待つぐらい全然大丈夫と胸の中で呟く。


 自分の時はこの空間居る間ずっと止まっている。歳を取ることもなければ、外見に変化をもたらすこともない。だからこそ、花恋はお兄ちゃんが物語を完結させるまでずっと待ち続けることが可能なのだ。これから先、何十年という月日が流れても花恋には全く関係ないのだ。


 出来る事なら何十年も待つのは嫌だと内心で思いながらも、待つこと自体は容易なのも事実。自分のお兄ちゃんを信じて今は語り部をやる以外の選択肢はないのだ。


「私はいつでもお兄ちゃんの味方だからね!」


 誰も居ない空間で大きめの声を発する花恋……満面の笑みを浮かべながらきびすを返し、空が三つ混じった世界に溶けて消えていく。その間、花恋は終始笑顔で、強い思いを宿らせた瞳を浮かべていた。






*********






 桃太郎の世界から帰って来てから数日が経過したある日。いつも通り授業を受けて、放課後になるとボランティア部に向かう。始めは慣れなかった行動だが、今ではあまり自分がボランティア部に向かうことに違和感がない。


 他の四人が部員として仲良くしてくれている事も関係あるだろうが、さらに時間が経過すれば、ボランティア部が自分の居場所と思うようになるかもしれない。


 部室の中に入るといつも通りのメンツが自分の席に座って、雑談をしていた。いつも通りの光景……中学校の時は色々問題もあって、こういう光景を見ることも少なかった。大した出来事ではなかったのだが、こうしてまた部活をして、いつも通りと思える光景を見れることを嬉しく思っている。


「星野君、おはよう」


「航君!おはよう!!」


「くくく、我が配下よ……久しいな」


「やっと来たんだね!」


「おはようございます」


 先輩二人と柊が挨拶をしてくれる。彩は先に部室に向かっていたので教室ぶりということになる。


「今日は一緒に来なかったのね」


「少しやることがあったので」


「ふーん、桜さんのリコーダーでも舐めてたの??」


「え……航、私のリコーダーに興味があったの??」


「興味ない!!そもそも、リコーダーなんて置いてないだろ??」


「本当に興味ないの♪彩ちゃん可愛いよ??」


「私には興味ないんだ……」


「いつもの私が言うものなんだけど、訳わからないことになっているのだ……」


 いつも通りに馬鹿げた話をしながら俺は席に着き、鞄を隣に置く。桃太郎が終わってからみんな少し浮かれている様子がわかる。今まで進まなかった物語が一つ完結させることが出来たのが大きいだろう。実際、俺も少し花恋に近づいたと嬉しさを感じている。


 物語の扉が開くことはそんな高い頻度では起こらないだろうと思っている。桃太郎が終わってからまだ、数日しか経過していないので、しばらくは物語の世界に行くことはないだろう。準備期間なのだろうか。


「今日は何もすることが無いから、あだ名でも決める??」


「いきなりどうしたんですか??」


「いい質問ね、桜さん!!」


 立花先輩は急に立ち上がり、腰に手を添えて胸を張った。大きな膨らみが強調されているのを内心ラッキーと思いながら先輩が口を開くのを待つ。


「やっぱり、あだ名って必要だと思うのよね!」


「くくく、我の予想だが、頭を打ったのではないかと推測する」


「柊さん以外にひどいわね」


「気のせいなのだ!」


 立花先輩の言うことも分からない訳でもないが、柊が言いたいことも分からない訳でもない。ようするに急にどうしてそう思ったのか?というのが知りたいのだ。


「六花はクラスメイト達が話をしていた内容を聞いてそう思ったんだよ♪」


「ちょっと、静奈!余計なこと言わなくてもいいわ!とりえず、今日はあだ名決めをやって、それから本題に移るわ」


「私は早く本題に移った方がいいと思うな♪」


 部長の立花先輩があだ名決めをすると言っているのだから、否定する訳にもいかず……否定する理由はないのだが、俺はもう嫌な予感しかしていない。俺のあだ名は決まっているような物だ。


「一人ずつ聞いて行って、それをもとに決めましょうか」


「本当にやるんですね……」


 彩が少し苦笑いを浮かべながら言った。俺も今大体同じ気持ちだった。


「まずは、星野君からね。全員に聞いて決めましょう!」


「シナプス♪」


「シナプスなのだ!」


「シナプスがいい!」


「決まったわ!!すごいは星野君!!全員一致よ!!こんなこと二度と無いわ!」


「そんなことだろうと思いましたよ!!!」


 嫌な予感的中した……最近大きな出来事といえばそれしかなく、あだ名決めという段階からシナプスというあだ名になることは確定していた。もう少しマシな名前にしておけば良かったと心から思う。


「じゃ、本題に入りましょうか!」


「え、あだ名俺だけですか……」


「そうよ!!」


 俺を弄るためだけにあだ名決めをしようと思ったのだろうか……一体立花先輩のクラスメイトはどんな話をしていたのだろうか……。


「気になる??どんな話に影響を受けたのか♪」


「気になります……」


「クラスメイトが失敗した時のあだ名見たいないので、弄っていた所を見て思いついたわ!!」


「流石先輩なのだ……」


「つかさに同感です……」


 結論、俺を弄るためだけに企画したようだった。どこまで、こういうことが好きなのだろうか。ここまでくれば、三度の飯より好きそうだ。


「という冗談は置いておいて、今日からしばらく部活をすることになるわ」


 立花先輩が驚きの言葉と共に、白い封筒を机の上に出した。その中身から手紙を取り出すと、俺達に見えるように手紙を広げた。


「なになに……僕は好きな人が居ます。話をしたことは無いのですが、僕はその子の事が大好きです!。だけど、思いを伝えるなんてこと僕には出来ません……それどころか遠くから彼女を見ていることしかできません。お願いします、少しでも彼女と仲良くなるために協力してもらえませんか?よろしくお願いします!って書いてあるよ」


 彩が手紙の内容を読み終えると、立花先輩が手紙を折りたたんで机の上に置いた。どうやら依頼があったようだ。


「私はこれを手伝うことにしたわ!」


「いいと思います!珍しく普通のお願いで良かったです!」


「そうだね♪それに、こういう恋愛事って手伝ってあげたり、応援してあげたりしたくなるよね♪」


「わかるのだ!!我は恋愛物が好きだからこういうの一回手伝ってみたかったのだ!!」


 恋愛が好きな女の子はみんな手伝うことに賛同した。俺も断る理由はないので、反対はしない。むしろ、何もせずに動き出さない人よりも、自分だけではないが、手伝いを求めて発展させようとしているのは好感を持てる。


「みんな賛成見たいだし、私たちはこの男の子を手伝うわ!仮に否定は依頼を達成した時に聞くわ!!」


「彩達に選択肢はないっていうことですね!けど、賛成ですので問題ないです!!」


「じゃ、決まりね!!久しぶりにまともで、面白そうな依頼だったから腕が鳴るわ!」


「そうだね♪私たちに手伝えることがあれば、全力で手伝うよ♪」


 男からの依頼だったが、今までボランティア部に入部したいとか、部員の○○付き合ってください!など、本人は真剣に書いているかもしれないが、ふざけているような内容ばかりだったボランティア部にまともな依頼が入った。


 見ている事しか出来ない自分が嫌で、行動を起こした勇敢な男子に恥じないように俺に出来ることがあるのであれば、頑張ってやろうと思える内容だった。


「手伝うのは賛成です!けど、どうするんですか??」


「そうね……どうしましょ?」


「まずは、依頼してきた男の子に会って話を聞くのが一番いいんじゃないかな♪」


「それが、始まりの恋歌!」


「つかさは恋歌が言いたいだけでしょ??静かにしようね??」


「はい……」


 しょんぼりと落ち込んだ柊を見つめつつ、俺は机の上に置かれている手紙を手に取った。そして、もう一度しっかりと文を読んだ。もしかすると、名前やクラスが掛かれている可能性が……。


「内容以外何も書いてませんね」


「流石にこれだけだと、依頼者を特定するのは難しいわ……」


「そうですね……封筒の裏にも書いていない見たいです」


 依頼を受けると決めたのはいいが、依頼者の名前やクラスなどが一切書かれていないので、依頼を受けるということを伝える術もない。本人に話を聞かなければ分からない部分も多くあるだろう。


 そもそも、この依頼者が好きな女の子というのも俺達はさっぱり見当がつかない。このボランティア部に居る女の子もかなり可愛い。だが、依頼してきたとなれば、この四人以外ということだろう。


「どうしようもないのだ。けど、このままほって置くのも可哀そうなのだ。勇気出したに違いないのだ」


「私もそう思うな♪なんとかして、依頼者を見つけ出さないとね」


「立花先輩、何かいい方法ないですか?」


 彩に言われて先輩は考える素振りを見せる。そして、少し重そうに口を開く。


「あるにはあるのよ……けど、少し大ごとになる可能性もあるのよね……最悪、女の子の方にバレる可能性もあるわ。それでもいいならあるわ」


「大ごとになるのはいいとしても、女の子の方にバレるのは避けたいですね」


「航君の言う通りだね。バレたら元も子もないもんね」


「けど、このままだと全く進展しませんよ??」


「困ったのだ……」


 本当に困った状態だった。依頼という形でボランティア部に来ているのだから、内密にしたいのだろう。女の子の方にバレてしまうと話がややこしくなる可能性が十分にある。男子の方もそれ以降話しかけることは難しくなるだろう。


 だが、このまま待っていても進展はしない。仮に男子の方から部室に来てくれるのであれば、分かりやすいのだが、この部室に近づいては来いないだろう。


「仕方ないわ…バレる危険性はあるけど、今はこのやり方以外浮かばないし……放課後だから大丈夫と割り切る以外ないわね……行くわよ」


 俺達は立ち上がり、立花先輩に付いて行く。しばらく校内を歩き、立ち止まるとそこは職員室前だった。


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