出発
桃太郎??に付いて行くと、歩いても全く抜けることが出来なかった森から抜けることに成功した。縦に深い森など今まで見たことないが、そういう物なのだろう。立花先輩の靴飛ばしはうまく行かなかったようだ。
森を抜けた場所から見える景色は俺たちが普段生活している世界では絶対に見ることが出来ないような風景が広がっていた。周囲に建物など一切なく、綺麗な草原と、眩しい太陽に照らされ、輝いて見える川。動物が歩いている姿など、見ていて心が落ち着く光景だった。
何といっても、周囲を見渡しても一切建物が見えない光景などそうそう見ることが出来ない。桃太郎の時代であればコンクリートなどは存在しないはずだ。そういったこともあり、高い建物などは一切見えない。
「いい風景ね……」
「私もそう思います!」
立花先輩が風景を見ながら言った言葉に彩も賛同する。静奈さんや柊も頷いた。ここから見える景色は本当に綺麗な風景だった。
「こんなの普通じゃと思うが??」
当然、俺たちの居た世界の光景を見たことがない桃太郎?は、俺たちが何に関して綺麗と言っているのかイマイチ分からない見たいだ。桃から生まれてからずっと同じような景色を見てきたであろう桃太郎?には不思議に思えるのだろう。
「ところで、お主達は一体どこの村から来たのじゃ??着ている服も見たことが無いものじゃ」
確かに俺たちの服装は時代的にあり得ないものだろう。桃太郎が着ている袴がこの時代での服装なのだろうか。とりあえず、浮いている事は間違いない。
「遠いところだよ♪」
当然、正直に伝えることは出来ないので、誤魔化した静奈さん。あらがち間違えではないので問題ないだろう。
「そうなのか……我も旅に出てまだ少ししか経ってないのじゃ。世界は広いのじゃ!」
自分でまとめてくれたので深い詮索はされずに済んだ。本当の事を言っても信じてもらえるか分からないし、言うことに対して何が起こるかも分からないので、言わないほうが得策だろう。
「我はこの先にある村を目指すが、お主達はどうするのじゃ??森で迷っていたように見えたのじゃ、村まで一緒に行くのか??」
「立花先輩どうしますか??」
「そうね……この物語は間違いなく桃太郎よね?」
「桃太郎名乗ってるのだからそうじゃない??」
「確証は持てませんけど、それ以外考えづらいと思います」
「我もそう思うのだ!それなら鬼退治するのが一番だと思うのだ!」
俺たち五人は少し体を寄せ合い、桃太郎?に聞こえないように話す。聞かれて困ることはないかもしれないが、念には念を入れて置いたほうがいいだろう。
不思議そうな顔で俺たちの様子を見ているが、深く詮索はしてこない。ただ、桃太郎という名前にはふさわしくない可愛らしい顔でこちらを見ているだけだ。
「そうよね……とりあえずは村まで行ってみましょうか」
俺たちの意見はまとまり、桃太郎?にもそれを伝える。
「それなら早く行くのじゃ!我は鬼を早く退治しなければならないのじゃ!」
そういいながら歩きだす桃太郎?に俺たちは後ろから付いて行く。だが、無言で付いて行っても仕方ないので、少しでも物語を進めるために有益な情報を得るため、話をすることを決めた。
「鬼ってたくさん居るのか??それとも一匹なのか??」
俺たちは桃太郎という話のおおよその内容は理解しているが、深い所まではわからない。せいぜい俺がわかることと言えば、桃太郎は桃から生まれ、猿、雉、犬を連れて鬼を退治した……ざっくりと言えばそんな所だ。
確認はとっては居ないが、他の四人も大体同じだと思う。幼稚園や小学校で読み聞かせ程度での知識しかないだろう。なので、鬼がどれほど居るのか、鬼たちが何をしたのかはあまり分からない。
「たくさん居るのじゃ、正確な数は我も分らぬが……我一人では条件を揃える事は難しいのじゃ」
桃太郎でも三匹の仲間と共に鬼を倒しているので、そこは同じなのだろう。要するに数は多く、一人で倒すことは難しいということか。
「条件ってどういうこと??」
引っかかる言い方をした桃太郎?に俺も気になっていた事を彩が聞いた。何か、少し言い回しがおかしい気がするからだ。
「それは、言えないのじゃ。だが、我には目的があって鬼を退治しに行くのじゃ」
先頭を歩く、桃太郎?が振り向きながら言った。その瞳には熱が宿っており、何か重要な目的があるのは、俺から見てもすぐに分かった。だが、それを俺たちには言うつもりは今はないのだろう。
「なんか事情があるんだね♪あったばかりの人に話す必要もないよ♪」
「そうなのだ!お世話になっているのは我らの方なのだ!無理に言う必要ないのだ!」
「珍しいわね。柊さんがすごくまともな事言っているわ!」
「私も驚きました……つかさがまともなこと言っている……航もそう思うよね?」
「ああ……俺も少し驚いた」
「みんなひどいのだ!!私普段からまともなこと言っているもん!!」
「そうかしら??私には記憶がないわ」
意地悪な笑みを浮かべながら言う立花先輩。絶対に柊の反応を見て楽しんでるなこれは……。
「もういいもん!バカ!!」
ぷん、とみんなから視線を外し早歩きで歩く柊。完全に拗ねて居るな。身長も小さいため、早歩きしてもさほどスピードは変わらない。本当に小さい子が拗ねて居るみたいだった。
「何やってるの星野君!」
「え??」
「早く柊さんの所に行って、頭でも撫でて機嫌直してきなさい!」
いきなりの無茶ぶりに戸惑いながらも立花先輩に強く背中を押され、俺は柊の隣に並んだ。歩幅が小さいため、俺が普通に歩いてる速さと同じぐらいだ。当然、俺の存在に気が付いているが、何も話しかけてこない。
後ろに視線を送ると楽しそうに見ている先輩二人と、下唇を噛み締めて睨むように見ている彩の姿があった。今回は俺が悪い訳じゃないから勘弁してくれ。
「柊……ごめんな」
少し肩がピクっとしたが、俺の方に視線を向けることはない。もう一度名前を呼んでみたが、反応がなかったので、立花先輩に言われた通り頭を撫でてみることにした。
「なっ、なんなのだ!?」
さすがに無視できないのか、驚いた柊だったが、足を止めて俺の方を見た。当然、頬は赤く染まっており、上目遣いで見てくる柊を素直に可愛いと思ってしまった。俺も頬が少し熱くなるのを感じた。
「さっきはごめんな?みんな冗談だから。柊がいい子だっていうのはみんな知っているからな。だから機嫌直してくれ」
頭を撫でながら言う。少し照れながらになってしまったが、そこは仕方ないと思ってほしい。
「もういいのだ!もう拗ねてないのだ!!」
そういいながら俺の手をどけ、前に居た場所まで戻ってきた。頬が赤いが、拗ねてはいないようだった。彩の視線が痛いが、気にしないことにした。
「お主達仲がいいな……出会ってから結構長いのか??」
俺たちの様子を見ていた桃太郎?が聞いてきた。
「この五人になってから、そんなに経ってないよ♪」
「不思議なものじゃ……同じ時間を長く過ごしていないにも関わらず、そこまで仲良くなれるものなのか……コツとかあるのなら教えてほしいのじゃ」
「コツ……人間関係にコツなんてものないと思うな♪しいて言えば気持ちじゃないかな??仲良くなりたいとか、楽しく過ごしたいとか、ね」
「なるほどなのじゃ……お主達と出会えてよかったのじゃ。勉強になった感謝する」
「???」
全く事態を読めない静奈さんの頭の上にはハテナが浮かんでいた。静奈さん自身普通の事を言ったつもりなのだが、桃太郎?からすれば何か心に響く物があったのかもしれない。
女子四人の中に男一人の状態で、仲良くできているのはきっと、相性もあるかもしれない。タイプの違う四人が集まって居る状況がそうさせているのかもしれない。だが、結局の所、先輩たちが隔たりなく仲良くしてくれるからなのだろう。
桃太郎?の中で一体何をどう感じたのかは俺には全く理解出来ない。だが、少しでも俺たちを見て何かを学んだのであればそれは嬉しいことだろう。
「さて、そろそろ村に着くのじゃ!」
少し上り坂を上り、丘を越えると下には村があるのが見える。決して大きな村ではないが、人が居るもの目視でなんとか確認出来る。
下りを数分歩くと、俺たちは村の入り口までやってきた。その光景は現代ではほとんど見ることが出来ない風景だった。
ほとんどの建物が木材出来ている。屋根に藁を使ったり、葉などを使っている光景。今の日本ではほとんど見ることが叶わないだろう。一つだけならまだしも、村全ての建物がそうな作りになっている。
俺たちは周囲をチラチラ首を動かしながら村の中に入っていく。入口で門番が居たが、止められることは無かったので入っても大丈夫と思われたのだろうか。
村は上で見た通りあまり大きな所ではない。俺たちが住んでいる街よりも遥かに小さく、人口も遥かに少ない。だが、みんな笑顔で過ごしている様子を見て不自由はないのだろう。
だが、そんな村の様子とは裏腹に、崩れた家や、折れた大木などが見つかる。その大木には鋭い爪後が刻まれており、すぐに鬼が村の近くまで来たことがあるのだと察した。
当然、一般人が倒せる相手ではないのは、この現状を見れば鬼をみたことが無い俺にでもわかった。人は鬼という恐怖から逃れるために戦う。当然はそれは桃太郎も同じだろう。
村の中心らしき所まで桃太郎?に付いていくと足を止めた。
「ここは無料で泊まることが出来る場所じゃ。旅をしている者や、迷ってしまった者などを助ける場所なのじゃ。お主達はここに泊まるのじゃ。我は先を急ぐので、ここでさよならじゃ」
無料で泊まれる場所など、俺たちには信じられないが、桃太郎?が言うのであれば本当の事なのだろう。だが、俺たちは村に来るために付いてきた訳ではない。
俺は立花先輩に視線を向けると、小さく頷いた。そして、立花先輩が俺以外に視線を向けると、他のみんなも同じように小さく頷いた。答えは決まったようだ。
「私達からお願いがあるわ」
立ち去ろうとしていた桃太郎が、こちらに視線を向ける。
「どうしたのじゃ??」
「私たちも鬼退治を手伝いたいの」
立花先輩の言葉に驚いた様子の桃太郎。当然、そんなこと言われるなど想像もしていなかったのだろう。
「気持ちは嬉しいのじゃが……」
だが、その反応も当然と言えば当然の反応だった。人数が増えたからといって、勝てる訳ではないだろう。逆に俺たちが足手まといになる可能性はかなり高い。その分、桃太郎本人にも危険が及ぶ。
「一人より多い方がいいわ。それに、私たちの事なら気にしないで大丈夫よ。自分の身は自分で守るわ。だから、鬼ヶ島に一緒に行かせて欲しいわ」
桃太郎は顎に手を添えて、目を閉じた。俺たちが行かない方が、成功率は上がるかもしれない。だが、同時に低い可能性ではあるが、上がる可能性も捨てきれない。当然、後者の方が圧倒的に可能性は高い。
高校で運動部に居る訳でもなく、みんなスポーツが出来る訳ではない。それに俺たち五人の内、女の子が四人も居る。俺も運動が得意な訳ではないが、不得意な訳ではない……だが、鬼を退治するのに、そういった物は関係ないかもしれないが。
一分ほど悩んだだろうか。不意に目を開いた桃太郎は閉ざしていた口を開いた。
「わかった……全面的に賛成な訳ではないが、もしこのまま一人で鬼ヶ島に行く可能性もある。仲間は大いに越したことはないだろう……だが、命の危険を感じたら直ぐに逃げるのじゃ。それだけは約束してほしいのじゃ」
「ありがとう!」
立花先輩は俺たちと顔を合わせた後、再び桃太郎に視線を向ける。
「とりあえず、今日はみんなも疲れているだろうし、ここで泊まるのじゃ。明日朝から出発するのじゃ!」
そういいながら俺たちは中に入った。
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中の作りは外見と同じで、木でできていた。二階建ての建物で部屋は多いように見えない。鬼ヶ島に向かっていると伝えると、大き目の部屋を貸してくれることになった。それは嬉しいことだ……だが、一つ問題があった。
「同じ部屋なのか……」
当然大部屋になる訳で、男一人、女五人という構図が出来てしまった。普通なら喜ぶ所だが、そうも言って居られない。気を遣う箇所も多い。ラッキースケベが起こるほど、運も持っている訳ではない。気まずくなるので、ラッキースケベなど起こらなければいいが……いや、少し起こってくれると嬉しいな。
「私たち星野君に女にされるわ!!」
部屋の中でひと段落していると、当然のように状況を面白がっている立花先輩が、意味の分からない事を言い始めた。
「しませんよ……俺のことどんな風に思ってるですか」
「猿!!!」
「六花……さすがにそれはひどすぎない??」
「おお、さすが静奈さん!言ってあげてください!」
「発情期の犬だよ!猿は言い過ぎだよ!」
「……」
頭痛がしそうだった。静奈さんに期待した俺がバカだった。少しニヤけている段階で気が付くべきだった。
「私は航の事、猿とか犬とか思ってないよ!!」
「さすが彩。俺の事よくわかって……」
「ちょっと手が早い雄だよね??」
「…………」
きっと、村に来る前に柊の頭を撫でたことを未だに怒っているのだと推測する。目が笑ってない。
「我はずっと思っていたのだ!桃太郎は名前なのか!?」
「違うのじゃ。さすがに桃から生まれたとはいえ、そんな名前は嫌なのじゃ。しっかりとした名前があるのじゃ。一応桃太郎と名乗っているが……」
「名前はなんて言うのだ!」
「……お主達ならいいのじゃ。私の名前はカレンなのじゃ」
その名前に俺は一瞬肩がビックとなった。俺の妹と同じ名前……それがたまたまなのか、花恋が意図して付けたのかは俺にはわからないが、関わっている可能性は非常に高い。
「これからはカレンって呼ぶのだ!ちなみに私は柊つかさなのだ!」
「ツカサ……覚えた」
「そういえば、俺たち自己紹介というか、名前すら言ってなかったな。俺は星野航だ。」
「私は仙道静奈だよ♪」
「私は立花六花よ!」
「私は桜彩だよ!」
「ツカサ、ワタル、シズナ、リッカ、アヤ……覚えたのじゃ。たぶん」
「少しづつでいいからね♪」
こうして自己紹介も終わり、各自話しながら夜になっていく。明日は朝早くに出ると言っていたので、お風呂に入り寝ることにした。明日からついに鬼ヶ島に向けて歩みを進める。なんとしても花恋に近づくために物語を完結させなければならない。
ちなみにラッキースケベは当然のように起きなかった。