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ちゅうから。

同日更新4回目です。

 旧皇国城、今は魔王軍の駐屯基地である城。

 その謁見の間において。


 私は非常に困惑していました。


「た、大使、ですか」

「そ。親善大使」


 なぜ私は玉座に腰かけた魔王さまの膝の上にいるのか。

 まったく事態を把握しかねます。


「あー。いい感触。癒される。にくきゅー」


 私の前肢がもてあそばれています……!


 玉座からちょっと離れたところで、騎士さまが跪いています。

 今、歯軋りしましたか。

 しかも小声で「私のなのに……」とか呟きましたか。


「陛下、お戯れもほどほどになさいませ」


 見かねた幹部の方が直言ちょくげんしてくださいました。

 やっと解放されました。

 騎士さまの隣でかしこまります。


 仕切り直しです。


「えー、国家間の文化交流の増進を図るための象徴的、広報的な役職、って感じー?」

「ははあ」


 ははあ、としか言いようがありませんでした。


 魔王さまは稚気ちきのある笑みを浮かべています。

 ゆったりした漆黒の外套を羽織り、ひと続きになった頭巾を被っていらっしゃいます。

 なので白くとがった角も羽も尾も見えません。

 のみならず、高位の魔族がただよわせがちな、魔力による威圧も感じられません。


 無論、わざと抑えてくださっているはずですが。

 中性的な容貌と相まって、まるで人間の少年のようです。


「あ、強制じゃないから。ま、外交特権とかないし。ただ名誉大使としての恩賞をお約束!」

「ははあ」


 私と騎士さまは、ちらりと視線を交わしました。

 互いに疑問だけが読み取れました。


「ほら、今さ、新しい立法を急がせてるんだけど。やっぱ行政・司法とも足並みをそろえなきゃ、で! 大変に時間がかかるわけ。発布できるのはもう少し先になるかなー」

「ははあ」

「で、現行の法を適用するとだね」


 細い足を組み、膝に頬杖をついた魔王さまが、薄い唇を吊り上げました。


「――君たちの婚姻は許可できない」

「!」


 息を呑みました。


「この国、他種族との婚姻は厳重に禁止してたからねー。ま、衛士隊から報告、上がっちゃったから。立場上ね、知っててお目こぼしはできないわけ。こっちが法を破っといて、そっちには法を守れとかっていう二枚舌はぁ、やったら駄目だからぁー」

「……」

「ゆくゆくは許可が下りる方向だけどさ。ただ、それでも魔人族までなんだよね、これが」

「……」


 騎士さまに、ぎゅっと手を握られました。


「うちに亡命してくれば別だけど? 魔物って、そのへんの観念はわりとゆるゆるだしー」

「……」


 知っています。

 騎士さまは、この国を愛しています。

 この国を、土地を、民を守るために騎士になったわけですから。

 それを仮に、私のために捨てるといわれても、嬉しくありません。


「と、いうわけで!」


 突如、魔王さまが立ち上がって、ばっと両腕を広げました。


「お困りの君らに朗報! 今なら親善大使に立候補してくれた先着ひと組さままでに、超法規的措置で婚姻を許可しちゃう!」

「陛下――失礼いたします」


 幹部の方がつかつか寄って行って、魔王さまの頭をはたきました。


「ぃってぇ!」

「お戯れも、ほどほどに、なさいませ?」

「はーい」


 頭をさすりながら素直に玉座に腰を下ろす魔王さま。


 ……。


 見なかったことにしたいです。


「や、ほんとね。こっちとしても予想を超えてたわけ。まさか魔人族じゃない魔物と人とで、こんな早くにね」

「……!」


 気恥ずかしいです。

 隣を見やると、平静な顔をした騎士さまが耳を赤くしていました。


「いや喜ばしい。これはぜひ広報として広めなきゃ! あ、身の安全も保証付き。うちの軍から護衛を派遣しちゃうよ? ま、影からやらせるから、ないものと思ってくれていいけど!」


 騎士さまが顔を上げました。


「具体的には、どのような職分を与えられるのでしょう」

「あー。そろそろ領事塔の建設が終わるから。たまに来て、いちゃついてくれればいいよ」

「――陛下」

「だって現時点じゃ、そんなもんじゃん!?」


 さっと頭をかばう魔王さま。


 その気にさえなれば、腕を払うだけで何もかもを腐食させ、存在そのものでもって他者を錯乱させ、時に視線のみで致死させられるほどの方のはずですが。

 威厳とは――いったい。

 いいえ、きっと緊張をほぐすために、わざと道化てくださっている。そう思いたいです。


 私は……


「魔王さま」

「うん」


 とっくに心が決まっていました。


「私は謹んで立候補いたします」

「君……!」


 騎士さまが横でびっくりしていますが、続けます。


「私はここ旧皇都に来て、多くの人間の方にお世話になりました。魔物でも人と打ち解けられること、身をもって体感しています。それはもっと広がれば、嬉しく存じます」

「素晴らしい!」


 魔王さまが玉座の肘掛けをぱんと叩きました。


「民間にここまで先立たれると、悔しくなっちゃうくらいだね。それに君、めっちゃ流暢だねー。うちの子たちより、よっぽど皇国語うまいし。どう? 教師で来ない?」

「え、えっと、考えておきます」

「いつでも歓迎するよ!」


 そんなこんなで謁見は終わりました。


 城下に出た途端に、騎士さまに手のひらを差し出されました。

 思うところがないわけではないですが、ぽんと乗せると、ぎゅっと握られました。


「その、だな」

「はい」

「君を家族に紹介したいのだが――ううむ。守り切れるか……」


 顔を顰める騎士さまに不安が沸きます。


「魔物では歓迎されないですか?」

「いや逆だ!!!」


 ぺたんと耳を伏せました。

 抗議の視線を送ります。


「す、すまない……うむ。どちらかといえばな、むしろ熱烈に歓迎されるだろう。そもそも早く連れて来いだの待ちきれないから見に行くだの抜かし……いや、どうにかとどめていたのだ」

「よく分かりかねますが、変わったご一族ですか」

「まあ、そうだな」


 疲れたような声を出されました。


 そのまま騎士さまのご実家に向かいました。


 結論からいえば……確かに、とても熱烈に歓迎されました。

 騎士さまは一応、私の前肢を守り通してくださいました。


 ……。


 思うところが、ないわけでは、ありません。

にくきゅー。

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