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からくちの、さん。

同日更新3回目の後編です。

 私は、ぎしっと顔を傾けました。


「き、騎士さまは……幼児性愛者」

「君ねえ!? 自分で成体だと、あれほど言ってたろう!?」

「そうでしたか」

「そうだよ!」


 そうでした。


 私は右を見て左を見て、一歩さがりました。

 後ろ手で衣越しに尻尾を抑えながら。

 しゅっと細いのが自慢だというのに、ぶわっとなってしまったのを隠すためです。


 騎士さまが顔を歪めました。


「いや、だから無理強いなどしないと……そ、そんなに厭なのか……」

「解せません」

「何がだい……」


 なぜだか疲れ切った顔を向けられました。


「だって、それならば、なぜ魔王さまの隊に入りましたか」

「そっ、それは君が、さんざ手に職を付けろとそそのかしたからだろう!?」


 目をむいた騎士さまが席から立ち上がりました。

 私がさらに一歩さがると、顔を顰めてまた座り直しました。


「……すまない。君のせいにしてはよくないな。私が、そうしなければ資格がないと思ったのだよ」


 拗ねたような顔で、卓子の天板に頬杖をついて目線を逸らす騎士さま。


 沈黙。


 私がどうにか尻尾を抑えているのを、横目でちらと見られました。


「なんだ。もしや魔王ちゃんに懸想けそうしているとでも思ったのか」

「違いましたか」

「違うさ。ただ、家臣として仕えるのにふさわしい方ではある」

「そうですか」

「ああ」


 ため息をついた騎士さまが、居住まいを正しました。


「まさか城下を守る衛士隊を公式に結成していただけるとはな」

「……」

「君は知らんだろうがね。往時の皇国騎士団は、縁故や贈賄での入隊が横行していたのだよ。団員の質の低下には、頭をかかえていたものだ」

「……」

「だが、それらの悪弊あくへいを一掃してくださった。本人の資質と気概のみを評価すると、入隊試験の場で公言されてな」

「お待ちください」

「うむ?」


 私は齟齬に気づきました。

 前肢を挙げて、問います。


「親衛隊は、どこに行きましたか」

「ええ?」


 きょとんとされました。

 それは私の反応です。


「親衛隊がどうした? ああ、そういえば同時に募集をおこなうと――はあ!? まさか、そちらに私が応募すると!?」

「てっきり。就職をがんばると仰ったので」

「いやいやいや待ちたまえ! 単独で戦況を支配できるような方に今さら護衛など必要になるはずなかろう!? 親衛隊と銘打ってはいるが実質あれは支持者の後援会だぞ!? 第一あちらは入隊試験とて質問程度で、戦闘などしたことのない民が多数だと――」

「てっきり」

「ああ……そういえば君、あの発表の時、上の空だったな」

「……てっきり」

「はああー……」


 片手で額をつっかえるように俯いて、深い息をつかれました。

 私は私で、その場にしゃがみ込んでしまいました。

 とんだ勘違いでした。

 自分の尻尾を握って冷静さを喚起します。


「で、では、きき騎士さまは、わ、わわ私を、ほんとうに、あのその」


 なんということか。

 意に反して、尻尾がぱたぱたと逃げました。


「君――」


 騎士さまが椅子を引いて立ち、私の前に回り込んで来ました。

 そして目線を合わせるように、しゃがみます。


「もしかして、その、違っていたら悪いが、厭なわけではないのか」

「!!!」


 尻尾だけでなく全身がぶわってなりました。


 ややあって。


 騎士さまの大きな手のひらが、私の頭に乗りました。


「ななななんですか」

「いや、こうしたら落ちつくやもと思ってな」

「そそそのようなことは」

「ふむ」


 毛並みを優しく何度もかれました。

 騎士さまの手は武骨で節くれだって硬い胼胝たこがありますが、不思議と心地好いです。

 自然、ぐるぐる喉が鳴ります。


「……落ちついたかね」

「あるいは、そんな気もいたします」

「ふむ」


 手をどけられました。


「……」


 重みがなくなりました。


「……」


 思わず、じっと見上げました。


「あのねえ、そんな顔をされると、付け込みたくなるのだが?」

「むー」


 解せません。

 私の種族の表情は人間には読みにくいはずです。


 ため息をつかれました。


「君が素直でないのは知っているがね」

「……」

「こういう時くらいは、言葉にしてくれてもいいだろう?」

「……って」

「うむ?」

「だって、私はもう……だめなんです……!」


 ぺたんと耳を伏せて震えます。

 やにわに両脇に手を差し込まれ、ひょいと体ごと持ち上げられました。


「何をしますか!」

「まあまあ」


 ちょうど目線は同じ高さになりましたが、断じて淑女に対する行いではありません。

 体をひねって抗議します。


 と、すぐに椅子に置かれました。座面に直立です。

 そして真向かいにひざまずかれました。

 見下ろす視線です。この高低差は新鮮です。


 騎士さまが見上げながら笑んできました。


「思えば私自身ことばかりこぼして、君のことを知るのを怠っていたな」

「……」


 尻尾がしんなりします。


「聞かせてくれないか」


 言えるわけがありません。

 騎士さまは立派な方です。

 私みたいな、弱い、中位の魔物では……。


「どうもね、君の種族のしきたりのことで悩んでいるように見受けられるのだが」

「! な、なんのことか私は分かりかねます!」

「あのねえ。君は――というより君の尻尾は、かな。存外に正直者だよ」


 裏切り者!

 私はくねる尻尾を抑えました。

 騎士さまが何かを堪えるように眉を寄せました。


「うむ……これは衛士隊で同期入隊になった魔物から聞いたのだがね。君のような種族では、おおむね怪物の核を捧げることが求愛の証になると」

「それは――その通りです」

「でも、それだけではない……だろう?」

「……」

「まあ、なんだ、君の耳もかなり正直者だね」

「!」


 私は伏せっていた両耳を左右からつまんで立てて威嚇しました。


「ええそうです! 私の種族では自分だけで狩った核を互いに贈り合うんです! でも私はもう狩る自信がないです!! ましてや騎士さまが見せてくださった核と見合うようなものならば、なおさら無理と白状します――!」

「ま、待ってくれ」


 騎士さまが、不意にものすごくまずそうな顔をしました。


「なんですか」

「あれは、その、私だけで狩ったわけではないのだよ」


 ぽかーん。

 私は口を開けたまま固まりました。


「それどころか……ああ、他の隊士たちに助力してもらったのだ。いや、その、ひとりに相談しただけだったのだが、あれよという間に話が広がってな、しまいには徒党を組んで荒野に出向いて……隊長に叱られる始末で」

「……」

「そうか、自分だけでないといけなかったのか……これでは私に資格はないな……こ、こんな大見得を切っておいて……うう……」


 今度は騎士さまが耳を赤くして、うな垂れてしまいました。


 私は……


「……っ」

「うむ?」

「ふ、くく……」

「ど、どうしたね?」


 堪え切れませんでした。


「ふふっ、あはははっ」


 笑いだしてしまって、止まりません。


「君ねえ!!」

「だって、ふふっ、そんな……!」


 やっと分かりました。

 自力かどうかなんて瑣末なことでした。


 魔物は強い相手に魅力を感じます。


 敵わないような敵から弱者を守りきる騎士さま。

 人を侮りがちな魔物から協力を惜しまれない騎士さま。


 これほど強い方が、ほかにいますか。


「私は嬉しく存じます! まったく、がっかりじゃないことです」

「!」

「騎士さまが用意してくれた、だから、それは私にとって嬉しい!」


 せっかく覚えた皇国語が変になってしまいました。

 椅子から飛び降りて、騎士さまの肩にぎゅっと抱きつきます。

 ……担がれているような体勢になってしまうのは、ご愛嬌です。


「君……」

「私もがんばりを表明します。あらゆる手を使っても、必ずや上等な核を入手してみせます!」

「いや、そう無理をせずとも、私は別に……」

「仔はいりませんか」

「こ?」

「私は高位の魔族ではありません。ですので、特に他種族の仔を孕むには、並ではなく質の高い核の補助が必要――」

「あああああ!!!」


 いきなり叫ばれました。

 思わず耳をぺたんしました。


「何事ですか」

「そ、そういうことを公の場で口にしてはならない」

「そうですか」

「そうだ」

「ならば、どこなら可能かと問います」

「それはねやとか……いやだから、そういうことも聞いてはいけない!」

「そうですか」

「そうなのだよ」


 そのようでした。

 人間の風習は奥深いです。まだまだ精進が必要でした。


 ついでにと教えてもらいました。

 旧皇国における俚諺りげんを。


 騎士にとって最良の伴侶とは、己の鎧の手入れを任せられる相手、だそうです。

 必ずや習得してみせます。


 翌日。


 魔王さまから召喚状が届きました。

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