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げきからの、に。

 もう神輿みこしの刻限になったようです。

 例年、城下の目抜き通りを練り歩くことになっているとか。


 この飯屋は裏通りに面しています。

 なので、自然、この時間帯は客足が遠のくそうです。

 事前に女将さんに教えてもらいました。


 なんでも、四季と星辰せいしんの一巡を祝う大祭だとか。

 皇国が瓦解する以前と同じく催されることを、嬉しそうに語ってくれました。

 内容には少し変更があるようですが。


「やりたかった――こと」


 光る鎧の胸で、なお煌めく徽章きしょう

 視線を落とし、複雑な表情になる騎士さま。


 民を守り抜き、敵を討つべくあるのが、騎士たる者の心構えだと。

 以前、熱弁されました。


 圧倒的な魔王軍の進攻に、戦わずして膝を屈した旧皇国騎士団。

 無血開城。無血革命。

 どれも守るべき民衆が望んだことです。


 皇国は、魔王さまの直轄する所領となりました。

 そして、すっかり支持と世情は移りました。


 町なかが以前より清潔になった、暮らし向きが楽になった、などなど。

 女将さんを始め、行く先々のおたなで口にされます。

 覇権を失った旧皇族や旧貴族より、よほど善政をいたことの証左です。


 さらに歌って踊れる美少女姿の魔王さまは、元皇国の民に広く受け入れられています。

 今この時も、目抜き通りを練り歩く神輿の上で励んでいるはず。


 旧皇国――近く主権を返還され、独立する予定ではありますが。

 占領地となった機に、人間側に徹底した周知が試みられました。

 魔物という存在についての、常識の刷新です。


 これまで人間が認識――混同してきた魔物には、二種類あること。


 ひとつ、魂なき徘徊する怪物。

 ひとつ、魂を有する生物としての魔物。


 そして――後者を人と同等であると認めること。


 ……ここで、人より上、としなかったのが魔王さまです。

 魔王軍の幹部からは、そのような進言もあったと聞きますが。

 黙殺されたそうです。


 とはいえ、魂ある魔物であっても、人とは生態や形態、習性や習俗など大きく異なります。

 けれど、それでも同じといえます。

 情動や知性があり、尊重したり、理解し合ったりできますので。


「騎士さまは、なぜ私を助けてくれましたか」

「それは――」


 皇国が併呑へいどんされる前のことです。


 私は成体となったため、生まれ育った群落を発ちました。

 そして怪物の跋扈ばっこする荒野に踏み入りました。

 たったひとりで怪物を狩り、核を入手しなければなりません。

 強い怪物であるほど上質な核が採れるものです。


 これは成体として認められる儀式、というだけにとどまりません。

 怪物の核は、意中の相手に求婚するための呪具にもなります。

 交換することで、晴れてつがいとなります。


 強さは私たち魔物にとって重要な魅力です。

 つまり、しょぼい獲物のしょぼい核では、将来に響きます。


 欲ばった私は荒野を突き進み、迷ってしまいました。

 戦うどころではありません。

 逆に怪物に囲まれ、逃げて逃げ惑って、力尽きようとしていました。


 あわやという瞬間――私を救ってくれたのが、そうです。

 見回り中の騎士さまでした。

 迷った結果、荒野の浅いところ、皇国に近い域に出ていたのは、今考えても望外の幸運でした。


 それまでは人間なんていとっていました。

 個体では弱くて脆くて、何もできない存在だと。

 群れで魔物を迫害する、卑怯で悪辣な存在だと。

 なのに。

 太刀打ちできない怪物に怯えて縮こまっていた私を、躊躇なく、守った。


 分かっています。

 あの時の私は今よりさらに小さく、まだ二足歩行すら覚束なかった。

 騎士さまからすれば、親からはぐれた小動物を保護するような感覚だったろうと。


 騎士さまが少し皮肉げに唇を上げました。


「別に理由があったわけじゃあない。目に入ったから、だな」

「……」

「幸い、助けられるだけの力はあったのだし」

「……」

「勝てなさそうだったら、見捨てて逃げていたかもしれないなあ?」


 嘘です。

 おどけてみせても、知っています。

 あの時、騎士さまのやりを握る手は震えていました。

 歯を食いしばっていたことも。顔面蒼白だったことも。

 こわばっていようとも、安心させるように笑顔を向けてくれたことも。

 ぜんぶ覚えていますから。


 最終的には、小脇にかかえられての遁走とんそうにはなりましたが。

 命の恩人であることに変わりはありません。


 もう一度会って、ただ一言、お礼を述べたい。

 その一心で、ここ旧皇都にたどり着きました。


 幸いなことに私には言語習得を補助する異能がありました。

 故郷では、なんの役に立つんだなどと、散々にこき下ろされたものですが。

 おかげで、こうして日常的に皇国語で会話できるようになりました。

 喜ばしいです。

 一方で、焦がれた方の落ちぶれた姿を日常的に目にすることにもなりました。

 複雑です。


「私、地位や鎧なんかなくても、騎士さまのことが好きです」

「っ!!」


 がたんと椅子が倒れました。

 騎士さまが立ち上がっています。

 いくら私が普段から憎まれ口を叩いているといえど、そこまで驚くことはない。


 騎士さまは人間のなかでも長身の部類です。

 視線を合わせるためには、首を急角度に調整して見上げなくてはなりません。


「人として」

「……人として?」

「はい。人として好ましいと思われます」

「あ、うむ……」


 椅子を起こして座り直す騎士さまに、ひとつ頷いてみせます。


「働き口を探したならば、さらによいと思われます」

「ああー……」


 卓子に突っ伏して、頭をかかえてしまいました。

 建設的な提案だったと思いますが。


 黙って料理を突っつき始めた騎士さまに背を向けて、庖厨に向かいます。


 魔物は力量差に敏感ですから。

 強い者には追従し、弱い者には不遜になりがちです。


 勝てないかもしれない相手に、見ず知らずの私を守るために、立ち向かってくれた。

 それが、どれほど衝撃だったか――なんて。

 騎士さまには分からないと思います。


 鎧なんかなくったって。

 私の目には輝いて見えます。それだけのことです。


「素直じゃない子だねぇ」


 呆れたように女将さんから声をかけられました。

 ふくよかな頬に手を当てて、首をひねっています。


「あの方も鈍そうだけどねぇ」

「私は意味を図りかねます」

「まぁ、確かに甲斐性はあったほうがいいさね」


 勝手に納得されてしまいました。

 解せません。


 知っています。

 人からすれば、私の種族の容貌はとても幼く見えることを。

 今、身に着けている衣とて、人間の子ども用ですから。


 幼体をつがいとしてあつかうなど種族を問わず犯罪です。

 騎士さまが犯罪者に見られるなど我慢なりません。

 内に秘めるのみです。


 女将さんが湯気を立てる寸胴にふたをして、笑いました。


「今日はこれで仕舞いにするかねぇ。あとを頼んでもいいかい?」

「喜んで任されました」

「閉めたら、あんたもお祭に行ってくるといいよ。ほら――騎士さまを誘って」

「……その必要はないと存じます」


 以前も同じようにうながされて、買い出しに付き合ってもらいました。

 はぐれそうだからと、前肢を握られそうになりました。

 幼子あつかいです。


 しかも通りすがった屋台の親仁おやじには、まるで親子だと弥次やじを飛ばされました。

 屈辱……。


「まだ拗ねてんのかい」

「意味を図りかねます……!」

「意地張ってないで声かけてきな。あれでも落ちぶれる前は、町なかでいつも言い寄られてたお人だよ」

「……」


 反駁はんばくする隙もなく、かえって小遣い銭まで握らされてしまいました。

 女将さんには勝てません。

 あちこち片付けていると、騎士さまが顔を上げました。


「まだ食べているのだが……って暗ッ!」

「おおむね冗談です」


 消した照明を、すかさず点けました。


「悪意……」

「早く食べ終わってくださるならば、助かります。閉められません」

「ひどい……」


 以前はむしろ堅苦しいほどだった、というのが周知された人物評です。

 公私のわきまえどころか、公しかなかったくらいだとも。

 驚くべき落差といえます。

 それほど打ちのめされているようです。

 人にとって地位とは、役職とは、そこまで大切なものなのか。

 まだまだ勉強は不充分です。


「案内してください」

「うむ?」

「普段から取り立てて用もなく出歩いているならば、騎士さまは周辺地理などに詳しいと私は推察します」

「いちいち引っかかるが、まあ、そうだな」

「案内してください」

「君ねえ、余分なことにばっかり口数が多くないかい?……肝心なことには」

「案内し「分かった、分かったから、とりあえず食べさせてくれ」


 言質げんちは奪いました。

 長い袖に隠した拳を小さく握ります。

本文に片仮名を使わない縛りでお送りしておりまーす。

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