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げきからの、いち。

※固有名詞がないのは仕様です!

※無職な方には「残酷な描写あり」の可能性があります!

 私が旧皇国の城下町で働きだしてから、そろそろ一年になります。

 こぢんまりした民宿に併設された飯屋です。


 開いているのは、昼から夕方にかけてのみですが。

 切り盛りする女将さんの腕がいいので繁盛しています。

 週末など、てんてこ舞っているくらいです。


 生まれ故郷は、“ど”の付く田舎でした。

 顔見知りしか存在しない村、というより集落でした。

 それに嫌気がさした……というわけでもありませんが。

 ともあれ門出かどでして、この旧皇都に辛くもたどり着きました。


 それは、とてつもなく運がよかったことでした。

 考えなしの行動は、よくない。

 旧皇都には治安の悪い場所だってあるし、周辺の荒野には恐ろしい怪物も出現しますので。


 城下で当てもなくさまよっていた私を拾ってくれた親切な女将さんに常々注意されているので、身にしみています。

 そう返すと、ほんとだろうかねぇ、などと首を傾げられますが。


 本日の飯屋は、わけあって開店休業状態です。

 閑古鳥が熱唱しています。


 と、聞き耳をぴんと立てました。

 足音が近づいてきます。


 すぐ、からころんと土鈴の

 店の入口に目をやると、常連さまが入ってきました。


 かつて皇国騎士団に所属されていた騎士さまです。


 現在は一介の自警団の有志風情です。

 とはいえ、自主的に城下の治安を守ってくださっています。

 邪険にしては、ばちが当たろうというもの。


 ああ、今日も光っていらっしゃる。鎧が。

 いつまで騎士鎧を後生大事に装備しているのか、なんて。

 口が裂けても言えませんとも。

 魂だそうですので。

 ……魂は大事です。口をつぐむよりほかありません。


 先日など、お手入れの仕方について滔々(とうとう)と熱弁されたくらいです。

 やわらかい布がどうとか。油がどうとか。

 どうしろと。


 とにもかくにも、お客さまです。

 何をおいても、まずは歓迎のご挨拶です。


「またのご来店をお待ちしておりました」

「うむ? むう……」


 微妙な顔をされました。

 都会の言い回しの、なんと難しいことか。付焼き刃ではいかんともしがたい。

 以降も、たゆまぬ努力を重ねるのみです。


 などと決意も新たに、席に着いた騎士さまに、しずしずと歩み寄ります。

 もとより足音を立てないのは得意技です。


「万が一にもご注文があれば、うけたまわります」

「そりゃあ……あるに決まってるだろう。食べに来たんだから」

「よしんばご注文が存在するならば仰いませ」

「……君ねえ、なんだか言葉遣いが悪化してないかい?」


 努力を根こそぎ否定されました。


「騎士さまは人として最底辺の存在と思われます」

「!?」

「おそらく冗談です。ご注文はございませんか」

「い、いつもの……」

「であるならば、お伺いする必要はなかったと存じます」

「ええ……いや、うむ」


 言いよどんでいる騎士さまにくるりと背を向け、庖厨ほうちゅうに向かって「定食ひとっつ、激辛で!」と声を張りました。


 そしてほかにお客さまもいないので、騎士さまの席の前に立ちます。

 店員として、ご用命あらば即座に言いつかる所存です。


「――ええと、今日は空いているな」


 などと店内を見回す騎士さま。

 私は口を押さえ、一歩さがって、おののきました。


「嫌がらせですか」

「はあ!?」

「そのような、当店にとって汚点となる事象を、あけすけに指摘されるとは」

「そ、そこまで気にすることではなかろう!?」

「おおかた冗談です」


 定食は基本的に盛りつけるだけなので、早く出ます。

 取りに行くことにしました。

 見る影もなく落ちぶれた方といえど、お客さまに違いはない。

 迅速な提供は望むところです。


 女将さんが、辛いが取り得の安いしょうの実をたっぷりと料理に振りかけています。

 思わず息を止めるのは毎度のこと。

 騎士さまは被虐趣味をお持ちと推察します。


 盆に料理を乗せて戻ってくると、渋い顔に迎えられました。


「君ねえ……」

「どうぞ。ひねりがなく、代わり映えがしない、いつものです」

「悪意を感じる……」


 卓子たくしの天板に並べ終えたら、一礼。


「ごゆっくりできるものならば、ご自由にどうぞ」

「悪意!」

「親の金で食う飯は美味いですか」

「!?」


 卓子に突っ伏して撃沈しました。

 禁句だったようです。


 皇国は内憂外患で瓦解しました。

 私が城下町にたどり着く少し前のことでした。


 同時に皇国騎士団も解体され、騎士は公僕ではなくなりました。

 当然、国から俸給ほうきゅうは出ません。


 なんでも騎士という存在は、武門に生まれつき、物心ついたみぎりには騎士の修養を始め、従騎士となって経験を積み、晴れて騎士となったあかつきには退役するまで騎士でありつつも後裔の騎士を育てながら死ぬまで騎士の心がけを保つそうです。


 しかして現状では単なる名誉職、いいえ、それ以下です。

 潰しが効かない穀潰しです。


「穀潰しです」

「うう……」

「食べませんか。放っておいたならば、冷めることと予期されます」

「冷たい……」

「さすがに、そこまで一瞬では冷めません」

「分かってて言ってるだろう君は!?」


 がばりと顔を上げて怒鳴る騎士さま。

 元の職業がら、とてもよく通る声です。


 反射的に三角の耳をぺたんと伏せていました。


「大声はやめてくださいませ」

「う、うむ。すまん……」


 私は人間より耳がいいですから。


 それにしても、と、まじまじ見ました。

 初めて会った時より、やつれたような。

 髪には艶がなく、ぼさぼさしています。無精髭もうっすら。

 なにより表情や声に覇気がない。


 なまじ鎧が光り輝いているだけに落差が目に付きます。

 以前は出で立ちにふさわしい堂々とした振る舞いだったとは、信じられないことです。


 確か人としては若造の部類だった気がしますが。


「なんだか老けましたか」

「!?」

「あ、間違いました。見すぼらしくなりましたか」

「悪意ー……」


 がっくりとうな垂れています。

 思わず衣の裾から尻尾を伸ばして、ぴしぴしと卓子の側面を叩きました。


 ふさふさっぷりと、長くて細いのが自慢の尻尾です。

 しかも二又です。普段は一本にしていますが。

 立派な成体である証です。


「何を悩んでいますか」

「え」

「騎士さまがなりたかったのは、やりたかったことは、なんですか」


 わあああっと屋外で歓声が沸きました。

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