優香さんの迷い
優香さんは、俺の問には答えなかった。
神様と交渉して、優香さんが日本に戻りたいならそう出来るように話はつけてあったんだけど、なぜか優香さんはそれを良しとはせず、ただ一言「考えさせて」と口にした。
俺をあれだけ心配して元の世界に返したがってたんだから、てっきり優香さん自身が本当は帰りたくてしょうがなくて、なのに俺への罪悪感で代わりに勇者になるなんて無茶な事を言ったんじゃないかと思ったんだけど、違うんだろうか。
考え込んでいるのかすっかり大人しくなってしまった優香さんを横目で盗み見ながら、俺は途方にくれた。
まいった。
こんな時に言えるような気の利いた言葉なんてひとつも思い浮かばない。黙ってていいもんなんだろうか。
でもそもそも俺は人と話すのなんか苦手なんだ、話をただ聞くことなら出来てもこっちから聞き出したりうまいこと気持ちを盛り上げたりなんて出来る筈もない。
とりあえず何か言わなくちゃと口を2〜3回パクパクさせたところで早々に諦めた。
優香さんから話しかけてこないってことは、優香さんだって思うところがあるんだろう。そう自分に言い訳して、俺も黙って星を見上げた。
相変わらず猛烈な勢いでまたたいている星々は、それでもとても美しい。焦点を合わせないようにぼんやりと見ながら、とりとめもなく考える。
優香さんは、何にひっかかってるんだろう。
俺を選んで勇者にしたって罪悪感はまあ、わかる。俺だって優香さんの立場なら、自分が戦った方がマシだって思ってただろうし。
でも、俺が自分の意思で勇者を続けたいってのも、ちゃんとわかってくれたみたいだし、もうこの世界に未練なんかない筈だ。
それなのに「考えさせて」なんて言う意味がわからない。
ここには家族はもちろんガールズトークできそうな気心のしれた友達だっていない。お菓子もないし、飯もマズい。ショッピングだって出来ないし可愛い服どころかスマホもテレビもネットもない……ていうか風呂やトイレにさえ事欠く有様だ。
どう考えたって、女の子が楽しく生きてく上で必要そうな物がなんにも期待できない場所だよなあ、ここ。
しかもあんなにへっぴり腰で、震えながら魔物と戦ってるくせに、それでもここに残って何を考えようっていうんだろう。
俺は親との縁が薄かったし、親戚の家に世話になってたのもあって、早く一人立ちしたかったってのは正直ある。勇者としての生き方の方が性に合うってのも本当だ。俺は自分で言うのもなんだけど、なるべくして勇者になったような気がする。
でも優香さんって、どう見ても普通に普通の女の子だよなあ……。
考えてはみたけど、付き合いも浅い上にもともと女心なんか分かる要素が一個もない。ぜんっぜん、優香さんの心情なんか読めなかった。
なんの糸口も見つからず、そのまま眠りに落ちたあの日から一週間。
なんと優香さんは、まだ粘っていた。
さすがに戦いにもちょっと慣れてきて、今日は3体ものヒュージラットを華麗に仕留めた。少しずつ魔力の扱いに慣れて来て、水球で窒息死させるだけでなく、圧縮した水を水鉄砲みたいに打ち出す事も出来るようになって、だんだん威力も増してきている今日この頃だ。
マジで、使える感じになってきているのが怖い。
「どーよ!見た?葵ちゃん!」
この上なく自慢気だな。
でも確かに水鉄砲三連射は結構使えるかも知れない。魔力が捨てるほどある優香さんならではの攻撃だけどな。
優香さんの水魔法のいいところは、近付かずに魔物を倒せるところだ。なんせ優香さんは防御力がペラッペラに薄いから、魔物に近付かれたら割とアウトだ。
今のレベルなら大丈夫だろうが、敏捷性が高い魔物が出るようになると結構危険かも知れない。
「私、だいぶ強くなった!」
全力でガッツポーズする姿はとても年上には思えない。なんていうか、その、可愛い。
「よし!この調子でどんどん倒して行こー!」
走り出しそうな勢いで優香さんが跳ねる。
この一週間でホント逞しくなったもんだ。最初は涙を堪えてる姿だってよく目にしたのに、今や俺を急かすくらい張り切っている。ちょいちょい足のマメをこっそり治癒してたのだって、俺ホントはしってるんだけど。
それにしても優香さんは不思議だ。
これまで、誰かと一緒にいる事が俺は苦痛だった。
女はキャーキャーうるさいし、男友達といるのは楽で気軽だったけど、絡んできたり目の敵にされる事も多かったから、いつのまにか、なんとなく一線を引いた付き合い方をするようになっていたのかも知れない。
だから異世界に来てからも、仲間が欲しいとは思わなかった。楽しい事よりも面倒な事が増えそうな気がしたし、気を使うのも得意じゃない。一人で気楽に、気の向くままに旅をして、何をするにも自由ってのが凄く楽に思えた。
でも、優香さんと一緒にいるのは意外にも思ったほど面倒でも苦痛でもない。
朝は俺の方が起きるの早いから適当に飯の用意したり素振りしたりできるし、俺がずっと黙ってても気にした様子もない。優香さんは俺をずっと見てたらしいから、俺のタイミングとかくせとか、分かってるのかも知れないなって思うくらい、側にいてストレスがなかった。
まあ、一緒にいても誰にからかわれるでも嫉妬されるでもないってのも大きいのかも知れないけど。
どーでもいいこと話して、この魔物は美味いとか、この草はちょっと痺れるとか誰かと笑いあうのも久しぶりでなんか楽しいし。ともかく、優香さんとの二人旅もいいもんだな、と俺は思い始めていた。
「あっ見て葵ちゃん、すごい、街だよ!?」
優香さんの弾んだ声が聞こえた。
ああ、本当だ。この世界で初めての、人の住む街が遠くに見えた。