夜空の時間
うう……眠れない。
ご飯前にひと息寝ちゃったせいかな、全然、まったく、これっぽっちも眠気がこない。
ずっと見てきて超親近感があるとはいえ、男の人と雑魚寝なんて初めてだ。緊張するのは仕方ない、仕方ないと思うんだよ、うん!
自分だけが眠れないのかとこっそり葵ちゃんの方を見てみたら、葵ちゃんもしっかり目を開けていた。ほのかに唇の端があがってるみたいにも見えるけど、視線はいったいどこを見ているのか、虚空を見つめているようにも見える。
気になって気になって、ついに聞いてしまった。
「何、見てるの?」
「……星」
こちらに視線さえくれずに、葵ちゃんがふんわりと答える。
確かにこれまでもずっと、葵ちゃんはよくこうやって寝っ転がってボンヤリしてたっけ、あれって星を見てたんだ。あ、そういえばさっき、星見るの好きだって言ってた気もする。ボンヤリしてるのは私の方か。
「いつも星を見てたんだね」
「ああ」
「綺麗だね。満天の星っていうの?地球ではこんなに綺麗には見えなかったなあ」
「確かに。俺も初めて見た時すげえなって思って」
「それでいつも見てたんだ」
何気なくそう言ったら、葵ちゃんは少し迷ったみたいに口を閉じた。急かすのもなんだか悪くて私も星を見ながらゆったりと答えを待つ。不思議だなあ、葵ちゃんの周りには何となく落ち着く、ゆったりした空気が流れてる気がするんだよね。うん、金髪とは大違いだ。
「……綺麗、ってのもあるけど」
「うん」
お、話す気になったらしい。
「世界ってどうなってんだろうと思って」
「世界?」
いきなり飛んだな。
「あー、なんか上手く言えないけど」
「うん」
「空の色とか、星のデカさとか、地球ともこの前の世界ともちょっと違うだろ?」
「うん、違うね。ここはなんかこう、全体的に赤いよね」
「ああ、それに大気も不安定で星もチカチカすごい勢いでまたたいてる」
「だよね!目が痛いよね!よくそんな見てられるなーって思ってた、酔わない?」
なんかイキナリ吹き出されたんですが。
「いや、焦点合わせてないから大丈夫」
クスクス笑いながら葵ちゃんが起き上がった。つられて私も起き上がる。なんだかすっかり砕けた雰囲気になった葵ちゃん、何にツボったのか全然掴めないんだけど、こんなに笑ってるの初めて見たからちょっと嬉しいかも知れない。
「優香さん、俺ずっとちゃんと言おうって思ってたんだけど」
「う、うん」
「俺さ、勇者になったの嫌じゃなかったんだ」
「えっ!?」
「結構性に合ってたっていうか。だから優香さん、そんなに俺に負い目感じる事ないんだ」
そう口にする葵ちゃんは本当にすっきりとした顔をしている。私に気を使って無理して言ってる風にも見えなくて、私はとても驚いた。
だって、自分で選んだ訳でもないのにいきなり召喚されて、いきなり魔物と命をかけて戦う事を強いられて……見返りもないのに。どうして理不尽に思わないの?どうしてそんなに何て事ないって顔していられるの?
「ど、どうして?」
「何ていうか、俺が俺らしく自然体でいれるから?」
だって、別に楽しそうじゃなかったじゃない。笑わないし、遊ばないし、あんまり人と交流しないし。お礼言われても逃げるみたいに村を出てたじゃない。
「最初は驚いたし嫌だったけど……俺、人が困ってたら助けたいんだ」
なぜか困ったように眉毛を下げて、言いにくそうに訥々と言葉を選びながら話す葵ちゃん。
「金が落ちてたら交番に届けてたし、迷子がいたら親を探すよ。イジメやカツアゲみたら止めてたし、誰か溺れてたら多分飛び込む」
私は思わず口がポカンと開いてしまった。脳裏に金髪の訳知り顔がチラチラと浮かぶ。本当に葵ちゃん、考え方が自然に勇者っぽいんだ。
「そういうの、元の世界だとすっげえやりにくい。カッコつけてるとか、マジメとか、野郎どもは茶化すし逆にケンカ吹っかけられた事も一度や二度じゃない。でもこっちの世界なら勇者って看板あるだけで、俺が普通にしたい事が気負いもなく出来るし、相手も普通にただ喜んでくれるしな。何ていうか気楽なんだよ」
なんとまあ、そっちの方が葵ちゃんにとっては気楽なんだ……。
「俺んち父子家庭だったんだけど、俺が小六の時に親父が溺れそうな子を助けに飛び込んで死んじまってさ」
「!」
「周りの人たちには『馬鹿だ』って言われたけど」
「そんな」
「俺にとってはさ、カッコいい親父だし、俺だってその場にいたらきっと同じ事する」
「……うん」
葵ちゃんのまっすぐな瞳を見れば、彼が本当にお父さんを尊敬しているって事が嫌でも分かる。きっと葵ちゃんとお父さんは、とっても仲のいい親子だったに違いない。
「親父の血ガッツリ引いてるみたいでさ、俺、今の生き方すごい好きなんだ。だから俺、勇者続けようと思ってる」
「……うん」
そっか、金髪が言ってたのってこういう事だったんだ。
初めてストンと腑に落ちた。
葵ちゃんの考え方は勿論私とは違うけど、葵ちゃんが心地いいと思う生き方が出来るんならきっともう、それでいい。だって、大切にしてる事なんてきっと、一人一人違うんだもの。
「だから優香さんも、俺に負い目を感じなくていいんだ。優香さんこそ、本当は日本に帰りたかったんじゃないのか?」