ふたり旅
当たり前だ、放っておけるワケがない。
ていうか速攻で助けに来て良かった。
「優香さん、それマジですか」
「大いに真面目に戦ってるわよ!」
やっぱりか。
派手に空ぶってばかりの割に大振りを止めないのは、何かこだわりか策でもあるのかとちょっぴりだけ期待したが、どうやら真面目に空ぶってただけみたいだ。
となると、こういっちゃ何だが優香さんには正直戦闘センスがない。いや、もしかしたらこれから磨かれていくのかも知れないけど、現時点ではからっきしと言っていいほどセンスがない。たぶん俺が来なかったら初日で死んでるか大怪我を負ったに違いない。
「よく俺の代わりに勇者になるとか言ったなあ」
うっかり口にしたら、優香さんに凄い目で睨まれた。
と思ったら、次いでデカめの瞳に薄っすらと涙が浮かぶ。
いや、その、泣かそうとは思ってなかった。
「私だって、こんなにダメだとは思わなかったんだよ……」
優香さんの頭に、ションボリ垂れた犬耳の幻が見える。優香さんの言い分によれば、それもこれもあの金髪の神様が悪いらしい。
「だって、ちゃんと部活でテニスやってたもん。運動神経普通だもん」
聖女として上げ膳据え膳で暮らした3年間が彼女の動きを鈍くしたんだ、金髪が甘やかすから……とか主張しているが、自分でも言いがかりだという自覚はあるらしく、目が激しく泳いでいる。
うん、まあ言いがかりだよな。
ちなみに俺は自分で言うのもなんだが運動神経だけは抜群に良かった。あの召喚された日だってハンドボール部でみっちり鍛えた帰り道だったんだ。
その俺だって最初は魔物を倒すのに苦労したんだし、普通レベルの運動神経じゃぶっちゃけ勇者は厳しいんじゃないだろうか。
「ヒッ……また出たぁ!」
イジイジと杖で灼熱の荒野を突ついていた優香さんは、新たに現れたサンドスネークを前に緊張した面持ちで身がまえる。
「あのさぁ優香さん」
「ダメ!葵ちゃんは手を出さないで!」
「分かってるけど、優香さん力もないんだし、そもそも今の腕力で撲殺は無理だと思うよ?」
「だ、だって、こういうのにも慣れておかないと。……それに魔力が切れたり封じられたりしたら」
「魔力が切れるって……捨てるほどあるよな?それに序盤で魔法を封じられるような魔物は出ないから。レベルが上がれば腕力もつくし、まずは得意の魔法で迅速に倒せるようになるべきだと思う」
「……葵ちゃん、さすが」
目を丸くして俺を見てるけど、常識だから。
俺の忠告に従って攻撃手段を魔法に切り替えた優香さんは若干いい動きをするようになってきた。やっぱり魔導師としての才能の方があるようだ。
「ねえ優香さん、そろそろ諦めない?」
やっと、という感じでサンドスネークを倒し、肩で息をしながら戻ってきた優香さんに、何度めになるか分からない質問を投げかける。
「諦めない、まだ初日だし。……でも、さすがに疲れたかも」
そりゃあそうだろう。三食昼寝付きでゆったりまったり暮らしていたという優香さんの言葉が真実ならば、いきなりこのクソ暑い中慣れない魔物討伐を続けてきたんだ。疲れない筈がない。
それでも目立った不平不満も言わず、頑なに自分が魔物を討伐するんだと意気込む様は、あのいい加減そうな神様が言った通り、かなりの負けず嫌いなんだろう。
「初日からあまり飛ばし過ぎると後が保たない。今日はこれくらいにして休もうか」
自分達を中心に結界を張る。これで低級な魔物は寄ってこれない筈だ。安心安全の結界を張って安心してくれるかと思いきや、優香さんはなんだかとても複雑そうな顔をした。
「……葵ちゃんが最初に旅をした時には、こんな魔法使えなかったよね。いつも、魔物に寝込みを襲われるんじゃないかって、小さな物音にも反応してた」
本当に俺の旅をつぶさに見ていたんだろう、その言葉には実感がこもっている。ただ、それと比較して優香さんが申し訳ない気持ちになることないんだけどな。実際俺の時はこんな過酷な環境じゃなくて草原スタートだったし魔物だってもっと出現頻度が低くお手軽に倒せるやつだった。
どっちかっていうと、今回の方が条件は厳しいと思う。
「なんかズルしてるみたいで気がひけるけど……でも、もう限界かも」
呟くようにそう言ったと思ったら、優香さんは崩れるようにその場に倒れた。慌てて近寄れば、穏やかな寝息が聞こえて、密かに安堵する。
どうやら結界に安心して、突然襲いきた睡魔に抗えなかったらしい。
ああ、なんか自分で戦うより数倍疲れた気がする。心配でおれの体も無駄に緊張していたみたいで、気がつけば体がバッキバキに固まっていた。
う〜ん、とひとつ伸びをしてから、俺は優香さんが倒した魔物の回収にとりかかった。血抜きしたり捌いたり丸焼きにしたり、優香さんが目覚める前にやっときたいことも色々あるしな。
優香さんが起きたら、まずは飯を食って落ち着いてから、改めて話をしよう。
さっきは優香さん興奮しちゃってて、うまく受け止めきれないみたいだった。でも、俺が自分の意思で勇者を続けようと思ってることも、優香さんが無理して勇者になろうとしなくていい事も、ちゃんと分かって欲しいから。