聖女の加護
「せいじょ……?」
「そう、聖女。戦闘が終わった後とかにさあ、すぐに傷や疲労が消えたり、あと街の方角が分かったりしたでしょ。それね、全部聖女が影でサポートしてたんだよね」
「あ……もしかして、『聖女の加護』……?」
すぐに思い当たった。ギルドカードに表示されていた『聖女の加護』、いつもなんだろうって思ってたんだ。説明には「異界の聖女がもたらす慈愛と導き」とかいう、これっぽっちも効果が想像できない言葉が書かれているだけで、どんな加護があるんだか特定できなかったから。
ただ、戦闘が終わる度に優しい暖かな光に包まれて、まるで水に浮かんでゆらゆらするみたいな癒される感覚があるし、現実的に傷が消えたりする度に「もしかしてコレか?」とは思っていた。
「そうそう、それそれー」
「……」
とりあえず、あの優しい光や癒しがこのいい加減そうな神様の加護じゃなくて良かった気がする。なんでだろう、神様なのに若干腹立たしいし。
「でね、その聖女の願いがさあ、葵に今後の生き方を選択させて欲しいって言うもんだから」
「?」
「ほら、だから選んで?」
意味が分からない。どうして神様ってヤツはこうも意味のない説明しかしてくれないんだろう。
「いや、なんでその聖女様がそんな願いを」
「あはは、聖女様って。優香はなんか『聖女様』ってガラじゃないなぁ、結構口も悪いし負けん気強いし金髪金髪ってなんか酷いし」
だめだ、どんどん意味が分からなくなってくる。聖女っていったい。
ひとしきりクスクスと笑ったあと、神様はまたも意味ありげにニヤリと笑う。何なんだろうな、この訳の分からなさ。神様ってもっとこう、威厳ある感じだと思ってたんだけど。
「まあ理由なんてさあ、どうだっていいじゃない。聞かない方が身のためかもよ?聖女の好意と思って素直に受け取れば?って事で、さあ選んで」
「え、いや、このままだと気になり過ぎるんで」
「もーしょうがないなあ、時間ないから手短にね。多分だけどさあ、罪悪感じゃない?」
「罪悪感?聖女様が、俺に?」
「そう、なんていうか聖女はさあ、勇者と対なんだよねえ。どっちかっていうと、神から選ばれるのが聖女。聖女から選ばれるのが勇者。葵はさあ、実は優香が選んだ勇者なんだよねえ」
「え、じゃあ聖女様って」
「葵と同じ世界にいた女の子だよ。優香、葵よりひとつ年上だって言ってたかな」
「ユウカ……日本人……?」
「そうそう」
じゃあそのユウカって人が、俺を勇者に選んだのか。まさか知ってる人、なんて事はないだろうけど……。少なくとも思い当たる人はいない、でも元々女の名前なんか同級生でも分からないしな。
それにしてもこんな異世界で、神様とか魔王とか魔物とか……完全なるファンタジー感の只中で、なぜに聖女が同じ日本人なんだろう。なんか話についていくだけでいっぱいいっぱいなんだけど。
「でね、たっくさんの勇者候補の中から、優香が葵を選んだわけ。僕らはその選択にだけは手が出せないことになってるんだけどさあ、実際優香は素晴らしい選択をしたと思ってるんだよ。葵は素晴らしい勇者だってね」
え、褒められてるのかコレ。
「たださあ、優香はすっごい後悔してた」
珍しく神様が表情を曇らせた。
「僕が葵を無理矢理召喚して戦わせてることにずっとずっとずっと、怒ってた。葵を勇者に選んで、戦わせてるのは自分だって、ずっと自分のことも責めてたよ。……バカだよねえ、聖女になった以上どうせ誰かを選ばなきゃならないってのに」
独り言みたいに小さな声で、神様がつぶやく。ずっと高かったテンションが、ちょっとだけ落ちた気がした。
「僕達としては、葵にはこれからも勇者としてあちこちの世界を救ってもらおうと思ってたんだよ。なのにさあ、優香がどうしても今後どうするかは葵自身に決めさせてくれって言うから」
え、なにその爆弾発言。サラリと言ったけど結構すごい事言ったよな?今。
「って訳で、さっさと選んでくれない?あんまり時間かけたくないんだよねえ、ボヤボヤしてたら優香、簡単に死んじゃいそうだしさあ」
「は?死ぬ?え、なんで」
「もう、質問ばっかりだねえ、葵ってこんな話す子だっけ」
いや、普段はむしろ無口な方だけども!どう考えたって流せる話じゃないから!
「葵に未来を選ぶチャンスを与える代わりに、葵が次に行く筈だった異世界に優香が代わりに行ったんだよ。優香は元々勇者じゃないから戦闘苦手だしさ、聖女の加護もないから放っておいたらすぐに死んじゃいそうなんだよねえ」
「そんな、自殺行為じゃないか。なんでそんな」
「なんでって、優香の願いだし。だからさあ、早く選んでくれない?葵は本当に数千年に一人ってくらいの逸材だから、できればまた勇者やってくれると嬉しいんだけど。今ならうんと攻略しがいのある世界が選べるよー?優香と葵、二人も勇者が出来れば世界の進化が早まるし、いい事づくめなんだよね」
なんてこった、そんなの選択肢なんてあって無きが如しだ。
ていうか、死ぬかも知れないなら確かに神様の言うとおり、ここでくっちゃべってる場合じゃない。
ユウカさんとやらを助けられるのは、多分この世でたった一人、俺だけだ。
この神様は、助けるにしても命くらいしか助けてくれなそうだし。
心の中で決意を固め、自らの願いを口にする。
もちろん、神様はニンマリと唇の端を高く吊り上げた。
「ね、聞かない方が良かったでしょ?考え方が勇者そのものの葵が、優香のこと放っとけるわけないもんねえ」