現れたのは
気持ち良さげにプルプルプルっと身体を震わせて、水気をとばしているウサギ(仮)。私は自分に回復をかけながら、必死に考えた。
これしかない。
ショボい私の水魔法であのウサギ(仮)に勝つにはこれしかない。
意を決し、完全に私を舐めきって耳の後ろをカキカキしているウサギ(仮)の顔を覆うように、ウォーターボールを発生させた。
ひいぃ……これから起こるであろう惨状はさすがに見たくない。しかし目を閉じるのは自殺行為だ。どうしよう、とりあえずちょっと離れたところで見守る?
じりじりと後ずさり、ウサギ(仮)から距離をとる、そんな私の目の前に、
「大丈夫か!」
突然、広い背中が現れた。
え?
ええ?
なんか今、空中から現れた?
訳がわからなくって、アワアワしていたら、その背中から「うわ、エグ……」という、嫌そうな声が聞こえた。
「なんかこう、斬った時とはまた違うエグさがあるな」
なんとなく、聞き覚えのある声に、私の心臓が激しく脈打ち始める。
まさか。
そんなバカな……。
「あ、死んだな。レベル上がった?」
振り返ったその姿は、間違いようもない。私が体を張ってでも守ろうと思っていたその人、ある意味一番ここにいて欲しくなかった人だった。
「どうして?どうして、葵ちゃんがここにいるの」
「あ、葵ちゃん!?」
あいつか。
騙したのか、結局あいつは数千年の逸材である葵ちゃんを手放す気なんてサラサラなかったんだ。
ちくしょう。
ちくしょう……!
「あの金髪!許さない!」
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「あの金髪!最低!ホントあの金髪、サイテー!」
と、激怒しまくっている優香さんを、俺は若干引き気味に見ていた。
いや、金髪金髪言ってるけど、相手はいちおう、神様だから……。
「あの、優香さん」
「葵ちゃん!葵ちゃんは嫌じゃないの!?アイツに勝手に召喚されて、ずっとずっと生命をかけて戦ってきたんだよ?」
なぜかキッと睨まれた。
嫌かどうかで言うなら葵ちゃん呼びの方がよっぽど嫌だ。……っていうのは置いといて。
勝手に召喚されたのは優香さんだって同じだろう。あの、胡散臭い神様の言い分を信じるなら。
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魔王の『核』に剣を突き立てた瞬間、俺は勝利を確信した。音を立てて魔王の『核』に亀裂が入り、一瞬で砕け散ったかと思うと、その巨体はまるで風化した石みたいにボロボロと崩れ落ちる。
「っっしゃあ!!」
思わず高々と拳を突き上げる。そしてすぐに若干恥ずかしくなった。魔王も既に砂レベルまで崩れたから別に誰に見られてるわけでもないけど、一人で歩いていようと前転するレベルで盛大にコケりゃあ恥ずかしいし、うっかりガッツポーズしちまったら気まずいのは当たり前だ。
誰にするでもなく心の中で言い訳しながら、そそくさと突き上げた腕を下ろし、魔王の居たあたりを物色する。おっ!さすが岩っぽい魔王。なんか見た事もない虹色の鉱石が砂の中でキラキラと光を放っている。
あんまり感情を爆発させるタイプじゃない俺が、うっかりガッツポーズしてしまうくらいには、魔王討伐は大変だったし死にそうになったことも一度や二度じゃない。ただ、こうしてデカい達成感があるのは悪くない。
上機嫌な俺は虹色の鉱石をしっかり懐に収め、その場を去ろうとして……突然、異空間に飛ばされた。
「や、久しぶり」
「あ、あんたは」
「いやあ、やったね。魔王を倒すなんてやるじゃないか、しかもたった3年で」
金髪のチャラい神が、満面の笑顔で背中をバンバン叩いてくる。この世界に召喚された時にも思ったけど、テンション高い上に馴れ馴れしい、ハッキリ言って苦手なタイプだ。
「……どうも」
「うわ、ノリ悪いなー!魔王倒したんだよ!?今ハジけないでいつハジけるの?」
「いや、そういうの苦手なんで……」
「だよねー知ってる!」
一人でゲラゲラ笑ってる神を見てると、何故か今までの疲労が急に感じられてきた。やっぱりここまでかなり無理して進んできたし、魔王との戦いだって相当な激戦だった。
疲れるのは当然だが、いつもなら魔物と戦ったあと暫くしたら身体が包まれたみたいにポカポカ暖かくなって、体力が回復してきたり傷がみるみる癒えてきたりするのに、今回はそれがない。だから余計に疲れを感じるのかもしれない。
そんな事を考えていたら、神様が意外な提案をしてきた。
「まあとにかくさあ、葵はよくやったよ。葵のおかげであの世界は最小限の被害で済んだからさ、その功績を讃えて、ご褒美があるんだけど」
「ご褒美?」
「うん。まずはね、葵はこの先どうしたいかを選択して欲しいんだよね」
「……?」
俺は困惑した。いきなり選択しろとか言われても、何を選択しろって言うんだろう。意味が分からない。
「元の世界に戻りたいとか、今の世界で英雄としてチヤホヤされて暮らしたいとか、ちょっとゆっくりしたいとか、まだまだバリバリ冒険したいとか、色々あるでしょ。なにかこれからやりたい事とかないの?」
「え、今やっと魔王倒したばっかりだし、まだ何も考えてないんですけど。それ、いますぐ決めなきゃいけないですか」
そう言うと、神様はニヤア、という擬音語が顔の横に見えるくらい、意味ありげに笑った。
「うん、今すぐ決めて。何しろそれが、葵をこれまでずっと見守ってきた『聖女』の望みだから」