勇者ユウカ、降臨!
目がまわるような、高波の中をボートでムチャクチャに揺られてるような、そんな数分の後、私はポツネンとだだっ広い荒野に座り込んでいた。
うえ……気持ち悪……完全に酔った。
もともと乗り物には弱いんだ。ミント系ガムとか噛んでればまだマシなんだけど、もちろんここにそんな気の利いたものある筈もない。
最悪だ。
これから聖女改め勇者になろうってのに、初っ端酔うとかあんまりだ。せめてリバースだけは避けたい。
ちょっと日陰で休んでから移動しよう。そう思ったけれど。
うわあ、なんなの、この一面の茶色。
木はもちろん草すらない。足元の地面は久しく水を吸っていないのか、大きくひび割れ土がめくれ上がっている。太陽は真上から容赦なく照りつけて、私はすぐに身体中を焦がす太陽の威力を知った。
マジかこれ。
身体中の毛穴から、水分が蒸発していくみたい。
黙って立ってたら熱射病とかで死ぬパターンだ、これ。ぶっちゃけ温度変化すらない神殿でぬくぬくと過ごした3年間でなまりきった私の身体は、戦闘どころか一歩も動かないうちにヒシヒシとヤバさを感じていた。
何にもしない内に死んだりしないよね……?早くも若干の恐怖を感じる。そんな私の目の前に、ボトボトボトっと音を立てて、何かが降ってきた。
あ、これ、さっき金髪が言ってた装備とか?
「あれ?」
慌てて駆け寄り、落ちてきた装備?を見て私は小首を傾げる羽目になった。
なんだろう、これ。
自分の身長くらいある細めの長い棒と、布?
え、これって装備?
ちょっとちょっと金髪!
これ、あんまりでしょーよ!
金属が一片たりともないよ?
え、これで身を守れっていうの?
あまりの絶望感に、四肢をついて落ち込んでしまった。人間って真面目に打ちひしがれると、必然的にこの形になるもんなんだね。
しかしジリジリと照ってくる太陽と、それに散々灼かれて熱を持ちっぱなしのカラカラ地面が、ゆっくり絶望させてもくれなかった。なんせ熱いんだもん!下手したら手足、火傷するよこれ!
せめて頭部だけでも守らねばとやけっぱちで布を頭から被ったら、少し涼しくなった。
あ、すごい。
影ができるだけでこんなに涼しくなるんだ。
ああ、そうか。日本って高温多湿だから日陰でもあんまり涼しくないけど、湿度が高くないところって温度が高くても日陰に入ればサラっとして過ごしやすいって聞いたことあるなあ。それに、この布からも涼しい風が出ているみたい。
防御力や機動性はあんまり期待できないけど、冷静に考えるとこの荒野では確かに一番役に立つかもね。
少し頭が冷えてきて、冷静な判断が出来るようになってきた私は、ひのきの棒(仮)をつっかい棒がわりに、ヒンヤリ布(仮)をテントにして、その中でようやく身体を横たえた。
ちょっぴり休んでだいぶ回復した私は、テントの中で絶賛一人作戦会議中だ。こんな灼熱の荒野、なんにも考えずにただ歩き始めたら、確実に死ぬし。
えーと、まず金髪が落としてくれたらしい初期装備を確認。
ひのきの棒(仮)、ヒンヤリ布(仮)、丈夫そうな靴、以上。
ちくしょう、真面目に盾も鎧もないよ。これでどうやって戦えと。もうちょっとこうさあ、盾とか鎧とか剣とか!葵ちゃんにはあげてたよね?贔屓がひどすぎるんじゃないの?あの金髪。
キラキラしくも呑気そうなあの金髪の顔をうっかり思い浮かべたら「どうせ使えないでしょ?重いし邪魔になるだけだってー」という台詞が自動再生された。言いそう、絶対言いそう!
しかも、どうせ腕力も体力も無いんだから、身軽にして逃げる方がいいんじゃない?とか言いそう。そりゃそうかも知れないけどさ、せめて盾くらいは欲しかったよ……。
あのひのきの棒(仮)って武器なのかな。初期装備としても貧弱すぎない?もしも魔物をやっつけたとして、刃物もないのに私にどうしろと。葵ちゃんにはちゃんとした大剣あげてたじゃん……まあ、すごい重そうだったから、私じゃ持てないとは思うけど。
……そうか、これ、基本的に術者用の装備なのか。ローブになりそうな布と、杖と、靴。つまり私は魔法使いとして戦う想定なんだろう、そういえば金髪が私は魔力が多いって言ってたよね。
しかしヤツも言っていた通り、私の手持ちの魔法は補助魔法が中心だ。水の属性に適性があるらしく、いろんな効果がある水を生み出すことができる。回復の水、浄化の水、もちろん単なる飲み水も。あ、そう考えるとここってすごい荒野だけど、私飲み水には困らないのか。ああ良かった。
思い出したら喉が渇いて、私はそっと水の球を生み出した。
目の前に浮かぶ、両手の平ですくえるくらいの僅かな水。透明な丸い球に口をつけて、清浄な水を飲み下す。いつもと変わらない、おいしい水。それがこのくそ暑い環境だと、すごくすごく美味しく感じる。私、水魔法使いで良かったなあ。
だがしかし、戦いの中でそれが何になるというのか。
目の前に現れたウサギくらいのちっこい魔物に体当たりされて面白いくらいふっとんだ私は、見た目にも痛い傷口グチャグチャの擦過傷と、ウサギ(仮)の石頭がめりこんだ腹部の打撲傷を押さえながら、自問自答した。
詠唱遅いし、ウォーターボールぶつけたくらいじゃ効かないじゃん!
むしろ久しぶりの水に喜んでるじゃん!
どうすればいいの、これ!