冗談じゃない!
「なんですって!?」
思わずでっかい声が出た。だって、だって、金髪のヤツが!
「そんなに怒らないでよ、本当に葵は数千年に一度の逸材なんだから。10年から20年は軽くかかる見込みの討伐をたった3年で、しかも一人でこなしてさぁ、肉体的にも精神的にも、あんなに勇者に適した人材はそう簡単には見つからないよ?」
あんまりだ。
私の願いなんてたったひとつなのに。私のせいで3年も死物狂いで戦ってきた勇者を自由にして欲しい、そんな当たり前の事だけ。
それなのにコイツと来たら、逸材だからって、他の世界も救って貰うつもりだなんて、さも当然みたいに言うんだから!
「知らないわよ、そんなの!」
「だからぁ、優香は望むなら元の世界に帰してあげるって」
「私はどうでもいいのよ!私は、葵ちゃんを自由にして欲しいの!それだけを願って今日まで頑張ったの!」
「でもさぁ、葵だって勇者を続けたいって言うかも知れないじゃん」
「それならそれでいいのよ、せめて選ぶ自由をあげて欲しいの!」
それでも金髪は唇を尖らせて、ちょっと拗ねたような顔をする。言っとくけど可愛くないからね!
「あのねえ、今回葵が救ったぐらいの危機的世界はいくらだってあるわけ。僕達は定期的に聖女と勇者を召喚して、危険度の低い世界を救済させて光る人材を見繕ってんの。もっと厳しい状況の世界を救えるレベルの勇者を見つけて、育てるためにね。だから、葵が見出されたのはその一環で、僕らにとっちゃ欲しい人材をやっとゲットしたってとこなんだ。そう簡単に諦められないんだよ」
なんなの、それ……。
私は口をパクパクと開け閉めするだけで、一瞬言葉を失ってしまった。
それって、葵ちゃんはずっとずっと、世界を救う度にもっと難易度の高い厳しい世界で、何の関係もない人達を助け続けていかなきゃいけないって事……!?
私は、目の前が真っ暗になった。気がついたらへたり込んでしまっていたから、もしかしたら衝撃のあまり、一瞬気を失っていたのかも知れない。
「葵が次に行く世界はもう決まってる。葵が救わなかったら簡単に滅びるよ?それとも優香が救うとでも?」
金髪が、意地悪そうにニヤリと笑う。
「まあ、優香なら出来るかもね。勇者の力は聖女の力を受けて開花するものだからねえ、優香にだって十分すぎる程の素質はある」
思いもかけない言葉に、私は弾かれたように顔を上げた。
「ただ言っとくけど、次に行くのは葵が救った世界より難度が高い世界だからね?葵なら君達の世界で言うところの『強くてニューゲーム』状態だから序盤楽勝なんだけど、優香はどうだろうねえ」
ぐぐ……そりゃそうだけど。
「魔力はそりゃあ豊富だけどさぁ、でも全部支援系でしょ?優香、戦える?」
くう……なんというイヤなヤツ!
「普通の勇者と違って優香には聖女の導きがないんだから、余計大変だよ?言っとくけど、真面目な話死ぬ事だって普通にあるんだよ」
そこまで言って、急に金髪は真面目な顔で私を見た。
「優香、大人しく元の世界に帰った方がいいんじゃない?優香はもう十分に素晴らしい働きをしたんだ。葵という稀有な人材を発掘したのも確かに素晴らしいけど、多大なる慈愛の心で葵を加護し、導き、成長させた。たった3年で、聖女の加護がなくてもやれるかも知れないところまで葵を高めたのは君の力だよ。その功績があるからこそ、異例の早さで君はこの任から解かれるんだ」
なんだそれ。
普通は聖女に選ばれたが最後、長い長い時間使い潰されるところを、葵ちゃんを生贄にすれば自分は解放されるんだから喜べとでも言いたいのか。悔しくて悔しくて、目から大量の涙が零れ落ちた。神様ってやつは、本当にどこまで勝手なんだ。
「君がそんな無茶をしなくても、葵は必ず勇者として生きる事を選択する」
「そんなの分からないじゃない!」
「分かるんだよ。僕は神だ、彼の精神の在り方も知ってる」
「じゃあ、私が今から言う事だって分かってるんでしょ!?」
泣きながら睨みつけた私に、金髪は悲しそうに眉を下げ……少しだけ笑った。
「うん、困った人だね」
そして溜息をひとつ吐くと、その青く澄んだ瞳で私の瞳を覗き込む。
思いの外真剣な表情で、私はちょっとだけ怯んでしまった。
「葵が次に行くことになっていたのは『マールブル』と呼ばれる世界だ。旱魃が酷くて、水や食料を手に入れる事すら困難だろう。疫病も蔓延しているし、治安も悪い。初っ端から難易度は高いんだ」
「分かったわ。そのマールブルで、ゆ、勇者の代わりに、私が戦えばいいんでしょ!?」
怖いけど。
でも、葵ちゃんが一生選択権もなく、勇者として使い潰されるくらいなら。
私は、私の意志で戦う事を選びたい。
暫く睨み合ったあと、金髪が薄く頷いた。
「いいだろう、君が勇者としてマールブルを救ってくれるなら、君の望みは叶えられる。葵に自由な選択権を与えると約束しよう。これだけの逸材の代わりになると言ったからには、簡単に死んでもらっちゃ困るよ?」
私だってそんなに簡単に死ぬ気はない。自信はないけどさ。
「では、幾ばくかの路銀と装備は与えよう。……いい旅を」
あっと言う間に、周りの景色が、神殿が消えていく。あまりの早さに私は慌てて金髪に願った。
「ねえ、葵ちゃんにはこの事言わないでね!気にされると困るから……!」
空間が閉じる寸前、金髪はにっこりと微笑む。さも、楽しそうに。
「願いはひとつだけだよ。ねえ優香、優香はそれで満足かも知れないけど、葵はどう思うだろうねえ」