私、分からないの
「私ね、分からないの」
前に葵ちゃんから「自分の意思で勇者をやる」って、「優香さんは日本に帰ったほうがいいんじゃないのか」って言われてから、本当はずっと考えてた。道中も、この街についてからも。
私は葵ちゃんみたいに、誰かを救いたいなんてこと正直に言うと思ってない。世界を救うなんて大きな事も出来そうにないし、そんな力もないってことは道中の戦闘でしっかりと痛感した。
ただ、一緒にいる人が笑えば嬉しいし、つらそうだと助けてあげたいのは私だって同じだと思う。
実際、この町が少しずつ良くなっていくのだって、すごく嬉しいし楽しい。それは本当の気持ちだ。街のおばちゃんたちだってこの頃は冗談も出るくらい気持ちが元気になってきたし、子どもなんかわーわー走り回ってるくせに、ちゃんと言いつけは真面目な顔で聞いたりするの、ほんとかわいい。
うん、人が幸せそうになる手伝いは、嫌いじゃないよね。
だからかな、私、迷っちゃうんだ。
日本に帰ればそりゃあ生活は全然楽だし、友達だっているし、一緒に暮らすおばさん達だって優しい。
私はきっと頑張ってそれなりにいい高校に行って、働いて、結婚して、子供が出来て、大変な事も幸せな事もたくさんある、平穏な人生をおくる可能性が高いと思う。
でも。
今、私が一番傍にいて、笑っていて欲しいのは葵ちゃんなんだ。
それがどういう感情なのか、まだ分からない。
3年間ずっと見守ってきたからゆえの習慣なのか、それとも……好きになりかけているのか。
葵ちゃんを見守るようになってからずっと、私、葵ちゃんを弟みたいに思っていたの。葵ちゃんが妹と同じ年だからなのかな。
事故で急にいなくなってしまった妹の春香。ひとつ年下の元気で生意気でお洒落が好きな子だった。そりゃあケンカもたくさんしたけど、でも一人ですっごく賑やかだったあの子がいない生活は火が消えたみたいだったよ。
葵ちゃんを見た時にさ、こんな無口な男の子、春香が一緒にいたらきっといっつも口でやり込められちゃうなあって想像したら楽しかった。葵ちゃんの旅に、春香が一緒だったらきっと楽しいのにって、何度か思ったりもしたんだよ?
葵ちゃんは勇敢ですごく強いけど、感情表現は下手でいっつも言いたいことも飲み込んじゃう感じだよね。春香とは真逆で、弟がいたらこんな感じかなあって、いっつも思ってた。
黙り込んだ私を心配そうに見つめる瞳はまっすぐで、なんでも受け止めてくれそうな気がして私はつい頭に浮かんだままを口にする。
「葵ちゃん、うちのお父さんはね、ちょっととぼけててるけど優しくて、いつだって私や妹の話をニコニコうんうんって聞いてくれるような人だったの」
私が急に家族の話を始めたからか、葵ちゃんは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに肯いてくれた。ほんと、優しいんだよね、こういうとこ。
「お母さんはね、シャキシャキした感じのばりっばりのキャリアウーマンだった。いつもは気が強くってお父さんも私たちも怒られっぱなしだったけど、お父さんに一言でも叱られると急にシュンとしちゃうの。あれ、ギャップだったなあ」
「へえ、可愛いお母さんだね」
「うん、妹はねえ、葵ちゃんに会わせてあげたかったなあ。きっとびっくりしたのに」
葵ちゃんは、どういう意味だろう?と怪訝な顔で首をひねっていたけれど、最終的には「いいご家族だったんだね」と口にした。
うん、いいご家族だったの。
だけど日本に帰っても、もうあの賑やかで楽しくて大好きな家族はいない。あの金髪神様にも最初に言われたっけ、過去だけは変えられないって。
「でも、もういないんだよね……」
私の家族も、葵ちゃんの家族も悲しいけれど絶対に戻ってはこないんだ。
だからかな、葵ちゃんがこんなに大切だと感じるのは。
友達はね、楽しいし大好きだし一緒にいたいけど、あの守られた世界でそんなに簡単には死なないと思う。大人になったらガンガン稼いで日本中のライブツアーに参戦するって息巻いてた麻子も、バスケに命かけてるまゆも、絶対死にそうにない。
逆に葵ちゃんは3年間もずっと見守ってきて、何度も何度も死にそうなとこ、辛そうなとこ、でも頑張ってるとこ、誰にも弱音を吐かないでいつだって前を向いてたこと、私、誰よりも知ってるから。
「だから私今、葵ちゃんが一番心配で、大切なんだよねえ……」
ふ、と口に出てしまってハッとする。
今、私うっかり、すごい恥ずかしいこと言わなかった!?
恐る恐る顔をあげてみたら、案の定、葵ちゃんが真っ赤になっていた。
うわあ、ちょっと待って! なんかそんな顔、初めて見たんだけど……!
「……っ」
視線が合うのに耐えきれなかったのか、葵ちゃんがバッと勢いよく目をそらす。
ちょ、そんな真っ赤になられると、こっちも照れるっていうか! なんか腕とかふるふる震えてるし!
「いや、その、ごめん!」
なんで謝ってるのか自分でもわかんないけど、なんかごめん!