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砂漠でも、星は綺麗で

西の防風壁が出来上がったと聞いて、俺もやっと少しだけ安心できた。


西からの嵐はとても強いと聞いている。それこそ日常的におこる砂嵐とは比較にならない規模だとも。何度か再構築しようとした防風壁が壊されたのも、主に西からの砂嵐だったらしい。


無防備なままそんな嵐にやられたら、せっかく生活の基盤が出来てきたというのに、また振り出しに逆戻りだ。


取り敢えず、それを防げるほどの防風壁が出来上がったのは大きな安心材料で、俺は漸くこの先の事を考えるだけの気持ちの余裕が出来た。


一斉にたくさんの人員で構築にあたれた事、そして街の皆は知らないが優香さんが常に水を補充してくれていた事がこの短期間での完成の鍵だったりする。


レンガを積むにも炊き出しするにも結局は水が必要だけど、この街に来たばっかりの頃は井戸も壊れたものが多く、水路も壊れたり水の取り込み口が砂で塞がっていたりして、とにかく水が不足してたんだ。


だから最初は水路を補修して使うところだけに限定して水がいくように堰き止めたりもして、夜な夜な優香さんが魔力が枯渇するまで水路に水を入れてくれたからこそ、水を豊富に使う事が出来たんだ。


どれだけ魔力があろうとも、それを引っ切り無しに使い続け、さらに日中は街の人たちと同じくらいに動き回っていれば、体が辛くない筈がない。


それでも、優香さんは文句ひとつ言わなかった。



「よっし!今日の水入れ完了!」



今日もギリギリまで水を入れていたんだろう。もう水路にはなみなみと水が波打って、砂漠とは思えない美しい水面が見えていた。



「お疲れ様、綺麗な水だね」


「うん、飲んだら?今出したばっかりだから冷えてて美味しいよ」



優香さんはそう言って笑うけど、顔色は紙のように白い。 無理をさせてると思う、だから俺は早くこの街を自立させ、その上でこの街から去りたいと思うようになっていた。



「ねえ葵ちゃん、西の防風壁、見に行かない?」



突然優香さんがそんな事を言い出した。



「でも優香さん、顔色悪いよ。今日はゆっくり寝てさ、明日でもいいんじゃない?」


「大丈夫だよ、単なる魔力切れだもん。一晩眠れば元通りだし」



知ってるよ、魔力は戻るだろう。でも極限まで体と精神を酷使したという記録は、無意識のうちに体に残っていくんだ。



「なんてね、実はちょっと気分転換したかったんだ。ちょっと付き合ってよ」



そう言われてしまったら、さすがに強くは言えなかった。


優香さんにグイグイと引っ張られながら、夜の街を歩いて行く。


真っ暗だ。


星明かりしか光源がないから足元だって覚束ない、瓦礫を何とか避けながらゆっくりと歩を進める。


夜は途端に冷え込むから優香さんはさすがに長い時間は外にいさせられないな、今だって乾いた風が吹きつけてくるけど、その風だって結構冷たい。



「見て!結構な高さでしょう?」



まるで自分が築き上げたみたいに自慢げに、優香さんは防風壁を指差して笑っていた。防風壁の堂々たるその姿は街をしっかりと守るに相応しい、頼もしさを感じるものだった。



「凄いよな、こんな短期間で」


「葵ちゃんのお灸がきいたんじゃない?」



からかうように笑う優香さんは、とても楽しげだった。



「優香さん、あと一週間もあればここを発てると思うんだ」


「えっ、もう?」


「ああ、狩りの方もだいぶ連携がとれて来たし、防風壁も順調に出来て来たし」


「そっか、みんな頑張ってるもんね、ここに来た時のあの荒れた街とはなんだか違う街みたいだし」



そうかも知れない、食料と水があって魔物に怯えなくて済むだけでも精神的に全然違うんだろう。街の住人は随分と落ち着きを取り戻していた。


今やあの荒くれ者達も、働いた分の報酬を獲物の分配という形で大人しく貰って家族の元へ帰るんだから面白い。一定の秩序が出来るとどうやら人はそれに沿って動くようになるらしい。


この感覚が定着するまで俺たちがここにいれば、この街ももっと安定するだろう。



「じゃあこの景色も、あと数日しか見られないわけか」



感慨深そうに辺りを見回す優香さん、やっぱり顔色が悪いから出来ればジッとしてて欲しいんだけどな。



「優香さん、座ったら?星が凄い綺麗だし」


「えっ? うわあ〜凄い!、満天の星!」



しまった、座らせようと思ったのにテンションを上げてしまった。



「あーダメだ!目がチカチカする!」



どうしたものかという俺の心配をよそに、勝手に星にノックアウトされたらしい優香さんは、俺の隣にストンと腰を落とした。そしてそのまま両腕を高く上げたまま、後ろに倒れ込む。


もはや汚れる事も一切気にならないらしい。優香さんは着実に冒険に慣れてきているみたいだ。



「気持ちいいねえ、葵ちゃんがよくこうやって星見てたの、なんか分かる気がするなあ」



目を閉じて、そのまま寝てしまいそうなくらいリラックスしている優香さんを見て、俺は少しだけ悩んでいた。


優香さんとこうしているのは、本当に思いの他心地いい。他人と一緒にいるのが苦手だった俺にとって、これはかなり稀有なことだ。


でも、優香さんにはやっぱりこんな暮らしは似合わないと思うんだ。


限界まで体を張って、泥だらけ埃まみれになって、時には血を浴びて闘わなくても、日本に戻れば暖かい家と家族、友達、安全で快適な暮らしが待っている。



俺は、優香さんに改めてその話を振るタイミングをいつも計り兼ねていた。


いつ、どうやって彼女に切り出せばいいのか。


コミュニケーション能力に若干の難を抱える俺にとって、それは結構な難題だったりするんだ。

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