率いるのは
やれやれ。
この街は本当にハードだ。前の世界の終盤に立ち寄った無法地帯に、ある意味雰囲気が似てる。
生活する基盤が失われた時、助け合って暮らす場所もあればこんな風に奪う事が普通になってしまう街だって割と普通にあるから、本来さほどこの街だけが酷いわけでもないのは分かってるんだけど。
ただ、これが始まりの街と思うと泣けてくる。
こんな街に優香さんだけでくる事にならなくて、本当に良かった。魔物と戦ってる時も危なっかしくて心配だったけど、ここの有様は本当に酷い。
賑やかな街や生き生きとたくましく生きる人達の笑顔、のんびり草を食む動物や日本では見なくなった鼻水たらして裸足で駆け回る子供達のやんちゃさも含めて、前の世界での始まりの街はもっと生きる喜びがあった。
俺は、そんな普通な暮らしを彼らが続けていければいいと思ったし、今思えばそのために頑張ったんだと思う。
そして優香さんにもそんな感じを実感して貰えれば、安心して日本に帰れるんじゃないかと思ってたんだ。
「葵ちゃん、行ってらっしゃい!」
腹の足しにもならない愚痴に近い考えを中断して振り返ったら、俺の憂鬱な気持ちも知らず優香さんが元気よく手を振っていた。
この街に来たばっかりの頃はあんなに怒ってたのに、今やすっかり馴染んでしまった様子の優香さん……なんだかんだ言ってかなり逞しいと思う。
この街に来てから既に一週間、やっと生活の基盤が整ってきたところだ。
優香さんは村の女性陣と共に炊き出しをしたり畑仕事をしたりするのが日課だ。子守りもすれば怪我人の手当てなんかもしているからか、この頃では陰で聖女なんて呼ばれているらしい。
そして俺は割と元気な男連中を連れて、狩りに出るのが日課だったりする。
食料は必要だし、狩ってある程度魔物の数を減らせば街を襲う頻度も減る。それになにより、魔物に対抗できる力を鍛え自信を持たせる事がこの街には必要だと思ったから。
「以前はクルダというオアシスの西南二刻あたりにガイットという魔物のコロニーがあった、街を襲う頻度や方向から考えても大きくは移動していないと思う」
以前は学者だったのだというサーロが、だいたいのあたりをつけて、狩りに出ている数名で周囲を探索するわけだが。
「アオイ、足跡を見つけた」
だいたいの場合寡黙なティックスが声をかけてくる。ヒョロっとしていて、最初は街の人からも「連れて行くのか」と心配されたくらいだったが、観察力が高くいつも獲物の痕跡を見つけるのは彼だった。
「そんじゃあ、俺がちょっと見てくるわ」
軽い身のこなしでピュールが足跡を追っていく。小柄で足も早くそれなりに体力もある彼は斥候にはうってつけだ。サーロが場所を推理し、ティックスが見つけ、ピュールが獲物の棲みかや数を特定し、全員で狩る。
随分流れが出来てきた気がする。
最初はビクビクして魔物と戦うなんてとんでもない!って雰囲気だった街の男連中は、今では連携プレーが出来るまでになってきた。
実はこの狩り担当は街でも大人しい男達を選んであるんだ。
あの乱暴な奴らの方が攻撃力は若干高かったけれど、獲って来た獲物を分け合う感覚は望めそうもない。俺たちがこの街を出た後、食糧難になるようじゃ寝覚めが悪いし。
それに、この大人しい男達が強くなってくれれば、あの乱暴者達を抑えていけるようになるんじゃないかと思うんだ。だんだんお互いに信頼関係が出来てきてるみたいにも見えるし、狩りをするうちに分担する事も協力する事も連携する事も、自然に出来る感じになってきたのも嬉しい。
本人達も漸く自信がついてきたらしく、剣を取る手も様になってきた。
そうだよな、俺だって最初戦った時は正直ものすごく怖かった。今思えば魔物というのも憚られるほど弱い奴だったけど、それでも生き物と戦う、命をとるという事自体が恐怖だったんだ。泣いたし、吐くかと思った。
それでも回を重ねれば。
食べるためだ、生きるためだと割り切れるし、自分の体がどれくらいの敵と戦えるのかも自然と分かるようになる。
俺は、それを待っていた。
「アオイ、ここからそう離れてないところにガイットが二匹。ゆっくりした足取りでコロニーと思われる方向に向かってる」
「好都合だな。コロニーに近くなると厄介だ、今のうちに皆で狩ってくるといい」
そう言って、俺は隣に佇む逞しい男を振り返る。
「なんだよ、またサボリか?」
ニヤリと笑うそいつの名はガッタ。
元は鳶職らしいその男は、この中では一際体がデカイ。威勢もいい。情にも厚くてリーダーシップがある。狩りに出るようになって最初に魔物を仕留めたのは彼だったし、今や全員を纏める力を発揮し始めている、俺が一番頼もしく思ってる逸材だったりする。
「ヤバいと思ったら参戦するよ、でも大丈夫だと思う」
「まーな」
またもニヤリと笑って指をバキバキとならしたガッタは、腰に下げた剣をスラリと抜く。
「よし、いくぜ野郎ども!」
ザラつく声が響いた瞬間、男達が一斉に走り出した。