魔物を一蹴
葵ちゃんの強さときたら、そりゃあもう圧巻だった。
10匹近くもいたグアルフという魔物が、嘘みたいに簡単に倒されていく。
飛びかかってくるグアルフを一刀両断、剣を一振りすれば確実にグアルフが仕留められていく。ものの10分で全てのグアルフを倒した葵ちゃんは、無表情なまま魔物を血抜きし始めてしまって、なんだかもう手慣れた様子で流れ作業みたい。
呆気にとられてその手際を見ていた私だけど、周り中から沸き上がった歓声で我にかえる。
「すげえ!」
「あんだけの数のグアルフをあっという間に倒しやがった!」
「すげえな、兄ちゃん!」
「こんだけ肉がありゃあ、しばらく食っていけるぞ!」
家々の飛びが音を立てて開いて、中から沢山の人が走り出てくる。私達を囲む人々の顔は驚きと称賛、少しの畏怖と安堵、そして喜び、色んなものが混ざりあった複雑な表情をしていた。
しかしまあ、現金よねえ。
「助けてください」って葵ちゃんに頼み込んだかと思ったら、魔物が来た途端に私達だけ放ったらかして自分達は安全な家の中に隠れちゃってさ。
しかも魔物が倒されたと見るや何事もなかったみたいに出てきて……あらら、今度は血抜きされた魔物のお肉の奪い合いが始まっちゃった。
よく葵ちゃん怒んないなあ、私……さっき泣いて可哀想だって思った分、余計にこの町の人達が腹立たしくて仕方ないんだけど。
「離しやがれ!」
「うるせえ!こりゃあ俺のだ!」
「うちにゃガキもいるんだ、そっちは老いぼれだけだろうが!」
口汚く罵りあっている男の人達。
あっ!肉を奪って逃げ……!
「誰が、勝手に持って行っていいと言った」
地を這うように低くて冷たい、なのに不思議と通る声が……葵ちゃんから、発せられた。
葵ちゃん……怒ってたのか。
静か過ぎて気がつかなかった。しかも怖すぎて声がかけられないんだけど。
葵ちゃんが小さな声で何か詠唱すると、周りが急に静かになった。沢山の人がお肉を巡って争ったせいで、もうもうと立ち込める砂埃。それが薄れたそこには、ある種異様な光景が出来上がっていた。
誰も彼も、何かをしている途中で止まっちゃったみたいな不自然な姿勢で、微動だにしない。
お肉を持って逃げようとしてた人も、追いかけようとしてた人も、殴り合ってる人も、怯えてる人も。みんな、その姿勢のまま止まってる。止めようとして薙ぎ払われたらしい町長のおじいちゃんなんか、尻餅ついたまま固まっちゃってるし。
「葵ちゃん、これ」
「麻痺、させた」
そう言って、重〜い溜息。うん、気持ちは分かる、なんかもう凄いね、ここの人達。
「参ったな、旅立ちの町がここまで無法地帯だなんて、先が思いやられるよ」
溜息つきつつ、お肉を回収していく葵ちゃん。手伝おうとしたら「俺がやる事に意味がある」って断られちゃった。……役立たず感が半端ないんですけど。
全部回収し終えた葵ちゃんは、今度は一人一人をじっくりと観察していく。ひとつ頷いては麻痺したままの人達をまるでマネキンを運ぶように動かして、やがて人々は4つのグループに分けられた。
「よし」
ふう、と息を吐いた葵ちゃんがまたも何やら呪文を唱えると、一斉に町の人達の麻痺が解ける。特に走りかけだった人はもんどりうって倒れあって、お互いなんだかぶつかり合ってたりするから面白い。
しかもなんだろう、このグループ分け、なんだかスッゴくしっくりくる。
「なんだてめえ!ふざけんなよ、ガキが!」
「一人でそんなに食えるわけでもねえだろう」
「独り占めしようったってそうはいかねえぞ!」
一つのグループからはその他諸々、私の口からは言いたくないような罵詈雑言が飛んでる。これ絶対面倒臭そうな人集めたグループだ。その証拠に文句だけは散々言ってるけど、体はまだやんわり麻痺が残ってるらしくて全然動けてないし。
「あんまりうるさいと、また完全に麻痺かけますよ」
聞き分けないオジサマ方にざっくりと脅しをかけてから、葵ちゃんは4つのグループを見回した。
「とりあえずかなり倒したんですけど、しばらく魔物の脅威は無いものですか?」
「ううむ、なんとも言えんのう、何種類かこの周辺にも群れで動く魔物がおってな、いつ襲ってくるかは分からんのじゃ」
町長のおじいちゃんが代表して答える。魔物の被害は思ったよりも頻繁みたい。
「では、城壁ができるまで、その魔物は俺が倒します」
葵ちゃんの宣言に、周囲からはおお、という歓声が起こった。
「その代わり、その間にしっかりと町を守れる体制を皆さんで作って欲しいんです」
そう言って葵ちゃんは、4つに分けたグループにそれぞれ町の復興のためのお仕事を割り当てたのだった。