街を襲った悪夢
想像を絶する大規模な砂嵐、それがこの街を襲った最初の悲劇だった。
街の反対側には広大な砂漠が広がっていて、当然それまでにも小規模な砂嵐などは頻繁にあった。むしろ日常だったと言ってもいい。
人々も砂嵐には慣れていたし、建物にももちろん充分な備えはあった。それでも。
街のほど近くで発生した砂嵐は見る間に勢いを増す。
空のどこまでが覆われたのか分からない、まるで砂の壁が迫り来るようなその恐ろしい光景は、街の人達を震え上がらせた。
ぐんぐんと巨大になり街を巻き込んだその砂嵐は完全に視界を遮り、なんと日の光までも遮断する。
暗闇の中、轟音と破壊の音だけが街を支配し、悲鳴すら轟音に掻き消される悪夢のような日々、数日に渡って吹き荒れたその砂嵐が漸く過ぎ去った後……
僅かに生き延びた人々が見たのは破壊され尽くした故郷だった。
人命の被害は数え切れず、街のあらゆる物が見る影もなく崩れ去っていた。
厚く降り積もった砂と瓦礫、もはや何が何処にあったのかを思い出す事すらできないくらいの徹底的な破壊。公共の水場は完全に埋まり、命をつなぐ事すら絶望的に思われた。
「酷い……」
俺の隣で優香さんが口元を抑えて涙ぐむ。でも、悲劇はここからが本番だった。
生き残った僅かな人、偶然にも損傷が少なく倒壊を免れた建物と設備、井戸。それだけを資源になんとか復興を図ろうと努力する人々を、さらに過酷な環境が襲う。
以前よりも遥かに威力を増した砂嵐が日常的に街を襲うからだ。復興が頻繁に中断されるだけでなく、修復したそばからさらに破壊される、その苦痛は生き残った人達から徐々に生きる力を奪っていった。
そもそもが広大な砂漠の中、大きなオアシスを中心に栄えた街だ。周辺の街の協力すら望めない。そして何より人々を苦しめたのは、魔物が街を襲うようになった事だった。
城壁は完全に崩れ、もはや魔物から街を守る力はない。砂嵐が威力を、コースを変えたことで魔物達の水場や餌場もまた、影響を受けていたのだった。
新たな水場、餌場を探すより、すぐそこに簡単に手に入る食料があるのだ。魔物が襲わない筈がない。
満身創痍で武器もない、弱り切った人々が幾人犠牲になったかわからない。幸いといっていいものか、魔物達は群で襲って来ては街を蹂躙するものの、腹が満たされれば暫くは街を襲わなかった。
弱い者から犠牲になる、そんな生贄のような感覚が既に街を満たしていたそこに、俺たちが訪れたのだという。
俺は正直に言って、その話に結構な衝撃を受けていた。
始まりの街にしては、あまりにも悲惨じゃないか。前の世界の始まりの街はもっとのどかで平和だった。食べ物も豊富だったし、人々は周辺の魔物を不安がりながらも生き生きと生活を営んでいた。
なのに、ここはどうだ。まだはじまりの街だってのに……。
魔物自体もまだ弱い、底レベルのものしか出ないはずだ。でも、それが過酷な環境と合わさった時、事態はこんなにも深刻化するのか。
「葵ちゃん、なんとか……なんとか、出来ないのかなあ」
もう優香さんはボロ泣きだ。確かに何とかしてやりたいのは山々だが、これは普通に魔物退治しただけで解決できるような問題じゃない。
俺たちに、いったいどれ程の事が出来るっていうんだろう。
答えに詰まった俺を見て、さっきのおじいさんが縋りつくように訴えてくる。
「前回魔物が去ってから、もう6日が経とうとしとりますんじゃ。今日、明日にでも魔物が来てもおかしくない……次は何人が犠牲になるか……どうか、どうか、助けてくだされ」
「もちろん魔物は退治します」
俺の返事に、おじいさんは漸く安堵のため息をついた。でも、それよりも大事な、気になる事が俺にはあった。
「砂嵐の頻度や規模は、今も変わらないんですか？」
「このところは漸く、元の勢いに戻りつつはあるんじゃが」
そこで言葉を切ったおじいさんは、薄っぺらい肩をさらに小さく萎ませる。
「以前のように堅固な備えが無いで……被害は小さくはないのじゃ」
囁きのように小さな声は何故かその場に不思議な程ひびいて、さっき俺たちに襲いかかってきた街の男達からも咽び泣く声が漏れる。
「もう食料もねぇんだ」
「畑はみんな砂嵐にやられちまった」
「水も」
「落ち着いて寝ることも出来ねえ」
「死んだ方がマシだ」
力なく座り込んだ男達の口から、絶望が溢れ落ちる。
かけられる言葉もなくて、俺は困り果てたままただ立ち尽くしていた。魔物を倒すだけなら簡単なのに、それだけじゃこの街は救えない。
自分の無力さを感じていた。
「来やがった！」
「家の中に入れ！」
「グアルフの群だ、10匹以上いやがる！」
きゅうに男達が駆け込んで来たかと思うと、その知らせを受けてその場にいた男達が我先に蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。そこら中からバタン！と扉を閉める音が聞こえる。
「え、な、何？」
大泣きしていた優香さんはイマイチ事態が飲み込めてないみたいだけど。
「多分、魔物が攻めて来たんだ。それも集団で」
