初めての街
初めて迷い込んだ街は、閑散としていた。
久しぶりの人に、街に、暮らしに、当然ながら期待していた私は頭を殴られたみたいな衝撃をうけてしまった。
だって人で賑わう街を想像してたの。市場は見慣れない果物や植物でいっぱいで、商人と買い物客のやり取りが盛んで。昔テレビで見た外国みたいな雑然としてるけど美味しそうな屋台が所狭しと並んでる……そんな街。
それが、どういうことなの。
「……ひどいな」
葵ちゃんも言葉少なに、顔を顰める。
太陽がジリジリと照りつける路地には人影自体が全く見当たらない。そもそも街といっていいのだろうか、歩いても歩いても、この街にはただただ瓦礫だけがあった。
なんだかもう悲しくなってくる。もとはそれなりに大きな街だっただろうと思われるくらいには、壊れかけた建物や崩れて風化したような何かが目に入るけれど、それも随分と砂に埋もれてしまっている。
なんて寂しい光景なんだろう。
私も葵ちゃんも言葉も出なくてとぼとぼと歩いていると、幸運にもようやく人の姿を発見できた。
浅黒い肌、頭髪には白いものが混じっている。こけた頬と枯れ木のように萎れた腕が、この街の環境の過酷さを物語っていた。珍しく軒を残した廃墟でわずかな果物や肉を軒先に並べて、だれた姿勢で店番をしているそのおじさんは、近付いていく私達に気付いてふと目をあげた。
「……この辺じゃ見ねぇ顔だ……」
ぶっきらぼうに問われる。なんだか警戒されてるみたい?
「荒野を渡ってきたんだ」
「ふん、お前さんは旅慣れてそうだが」
そう言っておじさんはジロリと私を見た。なんだろ、なんか言いたげな感じなのに。
「まぁいい。何か買いたいのか?余所者には安くしねぇぞ」
ふっと視線を逸らして会話を中断し、顎で店先を指した。
やっぱり葉物とかは無いよね。この世界に来てからずうっと野菜らしい野菜なんか食べてない……って言うか野菜っぽいのを見たことない。街に近づいてからもようやくサボテンとか立ち枯れた木とかがチラホラあるくらいで、葉物が育つような環境じゃなかったもんね。
ああ、野菜、食べたいなあ。
私がそんなことを考えてる横で、葵ちゃんがゆっくりと口を開く。
「あの、ここって他に人いないんですか?結構歩いたけど、他に誰にも会えなくて」
「日中は日陰にいるんだよ。俺もそろそろ店じまいだ」
「そうか、他にも居るんだ。あんまり人が少ないし街も廃墟みたいに見えて」
葵ちゃんがそう言うと、おじさんは一瞬顔を歪めた。
「……もうこの街は、死んだ街だからな。あんたらもなるべく早く街を出た方がいい、特に娘さん、あんたはここにいちゃいけねえよ」
どうして、そう問おうと思ったけれど、その言葉は突如訪れた不穏な空気に搔き消されてしまった。
「で?なぜこんな事を?」
珍しくとっても怒った様子の葵ちゃん。そんなに低い声、出たんだね。なんか私もビビるくらいの迫力があるんですが。
今葵ちゃんと私の周りには、まあるく私たちを囲むように、たくさんの男の人達が倒れ伏している。ついさっき周り中から一斉に襲いかかって来て、一瞬で葵ちゃんに返り討ちにされてゴロゴロ転がっちゃってるんだよね。
見ればガリガリに痩せ細ってる人ばっかりで、これじゃあ何十人束になってかかっても葵ちゃんにかなう筈がない。なんせ葵ちゃんは魔王だって倒せちゃう勇者なんだもの。
「なんと……なんと、お強い」
廃墟の影から、真っ白な髪のおじいちゃんがヨロヨロと歩み出てきた。
「お願いですじゃ……助けてくだされ……助けてくだされ……」
倒れるように地面に伏したおじいちゃんがうわごとみたいに繰り返す。泣きながら土下座するおじいちゃんに、葵ちゃんはゆっくりと近づいた。
「良かったら、事情を聞かせてくれませんか?」
おお!
なんという勇者感!
さすが葵ちゃん、なんか慣れてる!
何が起こってるのかわかんなくてただ傍観してる私とはやっぱり格が違う。
私だって今まで葵ちゃんがこうして街の人達の信頼を得て魔物を退治していくのずっと見てた筈なんだけど、やっぱり見てるのと実際襲いかかられたりってのを体感するのはわけが違った。
あんな風に襲いかかられて、やっつけたら手のひら返したみたいに「お願い」だなんて言われても、「はいそうですか」って助ける気にはなれないよ。
でも。
そんな風に思っていた気持ちは、町長だというそのおじいちゃんの話を聞いていくごとにだんだんと萎んでいった。
平和に暮らしていた人生に、魔物が突如もたらす災厄。その恐ろしさと悲しさが、そこにはあった。