『勇者』が魔王を倒した日
「っっしゃあ!!」
勇者が、拳を天に突き上げて全身を歓喜で震わせながら、勝利のガッツポーズをした。それを見ながら、私は堪えきれない嗚咽とともに、だばだばと涙を流す。
ついに!
ついに勇者が魔王を倒した!
ボロボロの服、血だらけで埃まみれ、綺麗な顔にもたくさんのキズを作って……!私が選んだばっかりに、こんな地底で。溶岩ボッコボコの熱気でうだるような地獄めいたところを抜けて、岩みたいな巨大で硬そうなもはや生き物なのかも怪しいみたいな魔王を、たった一人で倒すなんて。
本当になんて凄いんだろう。
「いやあ、マジでやったねえ」
どこからともなく現れた金髪が、気のない拍手を贈る。ほんとコイツ、腹立たしい。思い起こせば3年前、コイツにいきなり拉致られた事がきっかけで、私の苦悩は始まった。
中学三年生の夏。
模試に次ぐ模試で疲れ果てて爆睡しちゃってた私は、目を覚ましてポカンとなった。
なぜかだだっ広い神殿にいて、目の前にはこのキラキラしい金髪が微笑んでて。てっきり現実逃避の夢かと思ったんだよ。金髪は「おめでとう、君は聖女に選ばれた」と宣った。
彼が言うには『聖女』である私が選んだ『勇者』がどっかの世界を救うんだって。バカバカしいって思ったけど、どうせ夢なんだからって、本当に気軽に選んだの。
脳裏に次々と浮かぶ候補者の顔とステータス。
私よりずっと年上の人もいた。人種も、年齢も、性別も、職業も、顔や能力も、様々だった。勇者って呼ぶにはくたびれたオジさんだっていたし、この子が?って驚くくらい小さな女の子だっていた。
私は、選んだ。
私よりひとつ年下の、ジャニーズ系の可愛い男の子だった。
まだあどけなさが残るヤンチャそうな顔、日に焼けた肌は健康そうで勉強に追われていた私に、去年までの部活三昧の日々を思い出させた。ステータスは目を引くほど高かったわけじゃない。ただ『伸びしろ』の項目が尋常じゃなく高かったから。それに、同じ日本人であることが、私をどこか安心させた。
「この子。この、陣内葵って子」
「OK。じゃあフィールフェルの世界は彼の手に託されるわけだね。君ができるのは彼が世界を救えるように、ここで陰ながら祈りサポートすることだ。彼が死なないように精一杯頑張って」
それが夢ではないことは、すぐに理解できた。
すぐにあの子が勇者として召喚された映像が、脳裏に浮かんだからだ。部活帰りだったのかジャージ姿でいきなりどことも知れない野っ原に放り出された彼。
「え、うそ、マジで??」
尻もちをついたまま動揺を隠しきれずにいた彼の目の前に、餞別とばかりに中空から突如として武器や防具、わずかな食料がバラバラと落とされ、彼はそれっきり放置された。しばらくポカンとしていた彼は子犬くらいの角が生えた魔物に襲われて、初めて我に返ったらしかった。
最初は追い払おうとしてたけど、牙を剥き出し執拗に襲ってくる敵に、ついに彼は剣を手にした。防戦一方の彼が長い長い戦いの果てに、精魂つきた様子で勝利して、悔しそうに泣いた時……私は、自分が犯した罪を悟った。
私が。
普通の生活をしていた彼を、無理やり勇者に選んで、戦いを強いられるこの世界に閉じ込めたんだ。
私だって突然拉致られて訳も分からず聖女にされたけど、彼を選んだのは他の誰でもない、この私だ。
彼が『勇者になった』『魔王を倒してこの世界を救わない限り終わらない』という現実を受け入れて、人を救い街を救い、淡々と魔物を倒しレベルを上げていくようになるのに、そう時間はかからなかった。
私は、彼がケガをすれば回復を早める祈りをし、疲れているようなら疲労回復を。水へ導き、街へ導き、正しい情報に出会えるよう、できる限りの手助けをした。勇者に力を与え、加護を与えられるのは、彼を見出した聖女だけだときいたから。だって、私にはそれくらいしか、彼に返せるものがない。
彼から友達も家族も、普通の平和で楽しい生活も奪ってこんな世界に放り込んだ代償としては、それはあまりにちっぽけで彼が酷いケガをする度に私は心臓が止まるんじゃないかと思うくらいビビりまくったし、泣いた。
しかも彼ときたら、基本的にマジメだから、私は余計に申し訳なくってしょうがなかった。
異世界に来たっていうのに、ハメを外すこともなく。感謝されても特に偉ぶるわけでなく。女の子に言い寄られても素っ気なく。
なんなの、中学生でしょう?可愛い子に頬染められても眉ひとつ動かさないってどういう事?って私はひとりで軽くキレた。
女の子にチヤホヤされてデレデレしてるとか、無双してこれぞ俺の望んだ世界ヒャッハーとか、せめて楽しんでくれてるならまだ罪悪感も薄れたかもしれないけど、彼は街の人ともぶっきらぼうに一言二言交わしては、居心地悪そうにすぐに街を出る繰り返し。
結局誰とも馴れ合わず、仲間も作らず、彼は最後までソロで戦い抜いた。
街で宿泊する事すら少なくて、ひとりで夜空を見上げては物思いに耽る姿に、私はいつも心を抉られた。
3年もそんな生活を続けて来た彼が、いま、やっと、魔王を倒したんだ。
これが泣かずにいられるか。
「いやあ、やったねえ、まさか仲間も作らずに一人で魔王討伐をやってのけるなんて、ほんと逸材だよ。優香はいい勇者を発掘してくれた。君はこれでお役御免だ。約束通り、ひとつだけ願いを叶えてあげよう」
神様だと宣う金髪が、うさんくさい笑みを浮かべる。
願いなんて、そんなの決まってるじゃない。