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弐章

美しい湖と、その恩恵を授かった第二都市『湖華こか』。

 豊富な木々と水。巨大な湖とそこに浮かぶ船は人々の生活を支える、移動型の商業施設だ。町の中には水路が巡り、石垣の上に作られた家屋は付近で取れる丈夫な木を惜しみなく使われている。

「第一斑から第二班へ、追跡中の影がそちらに向かった、足止めを頼む」

「第二班了解! 鎮めの者を待機させる」

 閑静な雰囲気漂う第二都市の中で、影消の能力者達だけが騒々しい。

 湖華の特徴は巨大な体躯を持った影が多い事。しかも、その体躯の中に取り込んだ影を、一固体として飼い馴らし、伏兵として使う知能の高い影が大半を占める。その巨体に少しでも崩されないようにと街の通路が広くとられているのも湖華の特徴の一つだろう。

「目標、肉眼で確認」

「鎮めの者、奴の体内を探れ」

「……影の気配は無数にあります。体内に伏兵の可能性有りです」

「気をつけろよ」

 足止めの為に影の進路に立ち塞がる鎮めの者へ、仲間達から声が掛かる。慎重な面持ちでそれに頷く鎮めの者の握り締めた拳には、緊張のせいで汗が滲んでいた。

 対峙する影の中から複数の気配がすると言う事は、伏兵の影をもまとめて鎮めなければならない。

 捕捉に失敗して飲み込まれれば、確実に命はないだろう。

「取り込まれたらお終いだ。失敗したら俺は逃げるぜ?」

「しっかりやれよ? 巻き添えはごめんだからな」

「分かってるわ……」

 決して鎮めの者を心配している訳ではない言葉が、精神集中の邪魔になる。

それを仲間に言った所で野次が止む訳はないので、鎮めの者は黙って眼前に来る影に集中する。

「補足に、入る!」

 宣言と共に鎮めの者の体から、ふわりと光が立ち込め、空中にゆっくりと集まると瞬く間に物質化して影に向かう。

「閉じろ、葉の鍵」

 鎮めの者の言葉に反応して、影に大量の葉が降り注ぐ。

 異変を感じて影が体内に飼い慣らす影を大量に出現させても、葉を防ぐ事は出来なかった。

 無数の葉が影のいたる所に突き立ち、その動きを止める。

「やったか?」

「いや、一匹逃してる!」

 葉から逃れ伏兵の影が、急速接近しているのを見逃さなかった斬る者は、言うが早いか攻撃態勢に入り手中に獲物を出現させた。

「手間かけさせやがって! 貫け土の弾丸!」

 纏う光を掌に収縮させて、短銃の形を作ると打ち出すのは凝固した土の弾丸。

 飛礫のごとく飛び出した弾丸は、伏兵の身体を貫き撃ち落した、が、即座に影特有の異常再生が始まる。

「くそ! 再生率が早い……」

「他の影も、このままじゃ動き出す……っ」

 葉の戒めを受けながらもジリジリを動き出している影を懸命に抑えながら、鎮めの者が還す者に力の解放を請う。

 鎮めの者に請われたからではなく、このままでは自分に被害が来る事がわかっているので、保身の為に還す者が己の力を放とうとしたその時

「影が……!」

「馬鹿野郎! 逃がしてんじゃねぇ!!」

 複数の影を一度に押さえるのにはかなりの精神力と制御力が必要になる。懸命に抑えてはいたが、鎮めの者の気力が尽きかけ、影がぐわりを進行を開始した。

「間に合わない!」

 還す者の力が間に合わず先頭に居た鎮めの者が飲み込まれそうになる。悲鳴を上げる暇も無いほどの一瞬の出来事。

 けれど、鎌首を持ち上げたまま何故か影は襲ってこなかった。

「遅くなったわね、加勢するわ!」

「第一斑……!」

 声に気付いて瞑っていた目を開けると、離れた場所に居た一斑の鎮めの者が追いついて来ていたのだ。

 そして見上げた影の前には無数の硝子玉が浮かび光を放っていた。

「覆え、氷の檻」

 一斑の鎮めの者が能力開放をした途端、一瞬の激しい耳鳴りと共に硝子球が全ての影に対して一つずつの氷の檻となって、閉じ込める。

「すげぇ……瞬時にあんな無数の檻を出すなんて……」

「感心するのはこれからだ」

 第二班の還す者が、関心する斬る者にしたり顔で言い、同時に追い付いて来ていた第一斑の斬る者と還す者を指し示す。

 仲間が影を抑えていると言うのに、二人共その場から動きもしていない。

 戦いが主な役割である斬る者の少女は、制服の裾を握ったまま弱々しく立っているだけだ。

「裂けろ、大気の花」

 ポソリと怯えすらも含んだ口調で斬る者の少女が呟くと、瞬間、影達の体が破裂したかの様に細切れにされ、飛沫の如く飛び散る細かな影が、技命どおりに宙に浮く花の様に見えた。

「何したんだ今!?」

「大気を操って、影の居る場所だけを真空にして切り裂いたんだ。これが湖華影消筆頭警邏部隊第一斑の実力だ」

「すげぇ……」

 自分の事でもないのに自慢げに第二班の還す者は語り続ける。

「これからだ……出るぞ、雷嗣らいしの演舞」

「演舞……? 踊るのか?」

 あの仏頂面が? そんな言葉が含まれた驚きの言葉は、仕方ないと言える。

 長身痩躯の『雷嗣』と呼ばれた男は、精悍な印象を受ける短髪で、艶めかしい漆黒の色を持ってはいるが、目を半分しか開いていない様な三白眼で、影を狩っている最中だと言うのにぼんやりとした風情で立ち、今にも眠ってしまいそうに見えた。

 ゆるっと持ちあがった手に、雷嗣の纏う薄靄の様な光が集まって、白銀の扇へと変わる。

「舞え、荊の雷」

 低いが、不思議と通る声が発せられると同時に、手にした白銀の扇が開かれふわりと宙を仰いだ。

「っ! 雷が……!」

 第二班の能力者達が、驚いた声を上げる間にも雷嗣は舞い、優美な動きで振られる度に、扇は宙を凪ぎ軌跡に荊の棘を持った雷を残す。

 扇を振れば振るほど、雷嗣の周りにはじりじりと音を立てて、高密度の白い光を放つ雷が滞空した。

「きれい……」

 じっと音を立てて光る雷は、決して雷嗣を傷付けず、瞬きながら宙に有り、どんどんと数を増やしていく。

 白光を纏い舞い踊る雷嗣の動きは優美で美しく、先程までの三白眼でさえ『節目がちな色気のある視線』に見えて来るから不思議だ。

 緩やかな扇の風に煽られて弾けながら雷は影の元に流れて行く。異常再生のお陰で動けるようになりだした影の一端に、最初の雷が触れる。

 その瞬間に

「影が、消えた?!」

 じっと小さい音を残して伏兵の影が消滅する。

 それを皮切りにして、次々と流れ来る白の雷に影達が飲み込まれ、跡形も残さず消えて行く。

「…これが、第一斑」

「第一斑、還す者……姓はたかどの、名は雷嗣らいし。『伝説の力』を持つ者か……」

 とても激しい戦闘をした後とは思えないほど、淡々とした第一斑の三人に憧れと尊敬の眼差しが注がれる。

 第一斑は鎮めの者と言えども、評価に値すると認められているのだ。

「影は完全消滅。任務終了です」

 呆けている二人の横で、淡々と第二班の鎮めの者は事後処理を済ませた。

 影の気配を探る力に特化した鎮めの者が、最終確認や周囲に気を配るのは当然の事だったし、彼女もまたそれがわかっているから他の班員の様に呆けたりしない。

 どんなに憧れを抱いても、第一斑と二班の間には高い壁がある。

 そんな存在に向かって、彼女が任務報告以外の声を、かけられる筈もないのだ。

「お疲れ様でした! さすが第一斑!」

「噂は聞いていましたが、本当に凄い……」

 憧れの実力を生で見た興奮のままに、はしゃいだ声を上げる二班の男達を、一斑の少女達は呆れた様に眺める。

 過ぎた賛辞を受けるのは何時もの事だ。そして続く言葉も、何時もの事だった。

「しかし、第一班ともなると鎮めの者でも(・・)実力が違う」

「あれ程の力があれば鎮めの者と言えど認めざるをえませんね」

 見下した言葉。

 自分が優位だと信じて疑わない言葉。

 そんな言葉と言う暴力に、痛そうな顔をするのは決まってまだ年若い斬る者の少女。

 今も悲しそうな表情を浮べて、鎮めの者である姉の様な存在の制服を小さく握っている。

「大丈夫。気にしてないよ」

 小さく呟いて斬る者に笑う。

 この二人は姉妹の様に仲が良い。それを知っていても周囲からの鎮めの者に対する侮蔑は変わらないのだが。

 そんなやり取りを交わす四人を他所に、雷嗣が破損した町の確認をしている第二斑の鎮めの者に歩み寄る。

「君」

「…え? あ、はい!」

 穏やかな声色だったにも関わらず、鎮めの者はびくっと肩を揺らして驚き、怯えた。

 彼女にしてみれば、還す者であり第一斑の班長である雷嗣は遥か上の存在だ。声をかけられるなんて、考えてもいなかったのだ。

「影を、良く捕捉してくれた。ありがとう」

「え、ぁ、いえ……そんな! お礼なんて、私……」

 少女は、雷嗣の言っている事が理解できなかった。

 お礼を言われた事なんて、今までに一度もなかった。

出来て当たり前、出来なきゃ死んでしまえくらいの勢いだった。そんな扱いが当たり前だったし、彼女もこれ以上に扱われる事はないと思っていた。

 だから、今なぜお礼を言われたのか全く理解不能なのだ。

「俺達が逃した、君が止めてくれた。だから礼を言った。なにか不自然か?」

「だって、貴方は還す者なのに……!」

「それがなんだ?」

 身分違いです、と言っているのに雷嗣は本当に分からないと言った様子できょとんとしていた。

 その雷嗣の態度に奮起したのは第二班の男二人だ。

たかどのさん、そいつ鎮めの者ですよ?」

「知っている」

「じゃあなんで役立たずに礼なんか」

 ほっときゃいーんですよ、と続ける二人に雷嗣はいつもと変わらぬ様子で、容赦ない事を言い放った。

「君等は?」

「は?」

「我々が術を行使している間、君達は何をしていた?」

 攻めるでもない、淡々とした口調で雷嗣は喋る。本人にも攻める気はないのだろう。

 雷嗣達が現場に出ると大体の者は何もせずにただ呆然と見ているだけだから、そんな反応も慣れてきて当たり前に思うようになっていた。

「そ、れは……だけど、それならこいつだって同じじゃ……!」

「彼女は防御壁を張ってくれていた」

 雷嗣のその言葉に、驚いたのは第二班の全員だった。

 鎮めの者は、結界を張っている事に気が付かれていないと思っていたのだ。それなのに第一斑の班員達は揃って彼女に礼を言った。

「そんな、止めて下さい。御礼なんて……」

 言われ慣れず、された事のない対応に戸惑う少女は、自分の班員二人を恐る恐る見た。

 憧れの人物に自分だけが褒められた事に対して、絶対に怒っている筈だ。そうなれば、後で何をされるか分からない。

 けれど、そんな少女の心配は杞憂になりそうだった。

「君達も、逃した影を咄嗟に攻撃した反射力は悪くない。補助に頼らず己を磨けば力は確実に付く」

「……はい!」

 雷嗣の言葉に、嬉しそうに返事をする。

 二人の中ではきっと『鎮めの者に頼らなくてもお前等ならやれる!』くらいに変換はされているだろう雷嗣の言葉は、言った本人は決して鎮めの者を助けるつもりで言ったのではない。

 思った事を口にしただけなのだ。

「雷嗣って、やっぱり変よね」

「……うん」

 そのやり取りを聞いて、第一斑の少女達は苦笑する。

 周りがどうとか、噂だとか、しきたりとか、そんな事はどうでも良くて、雷嗣は自分の思った、感じたとおりにやりたい様に動く。

 鎮めの者も、還す者も、斬る者も、関係ない。彼の中では全て仲間だ。

 雷嗣がそんな考え方だからこそ、少女達も一斑に留まっているのだが。

「清華第五、六地区影討伐、これにて終了を宣言する」

 雷嗣の宣言を持って影討伐は終了した。



 首都『清華せいか』。

 華国の中で最も人が暮らしやすく、それ故に人口も多いこの場所は、人の多さに比例するように影の量も多い。

 影の種類も多彩だが、人の姿を真似るような狡猾で知能の高い者が多くなってきている。

 華国は元々、ただの荒野だった。

 そこにいつしか人が生まれ、住まい、人口が増えて行くと共に、影と言う存在も増えていった。

 風が吹き溜まる場所があるように、影が吹き溜まってしまう場所もある。清華とはそんな場所の代名詞でもあった。

 故に暗さを嫌い、人々は明かりを求めた。

 他都市の群を抜いて発達している文明に物を言わせ、清華のいたるところに照明が完備されており、夜になってもこの都市は光に溢れている。

 その都市の中央に位置し、広大な敷地を誇るが決して華美ではない、寧ろ無機質な見た目をした建造物がある。

 それが『影消』の本部であり、清華支部である。

「制御訓練室02・訓練者は姓・神祈かむろぎ。名はしお。仮想『影』は三段階を使用」 

「還す者なしでどれだけ影に対抗できるかの試験であって、影を撃破する訓練ではない。ムキになるなよ?」

 制御室からの声に汐は頷いて答えると精神集中の為に目を閉じた。

 黒と白の制服に身を包んだ少女は、同じ年頃の者よりは少し身長が高い。さらに頭の上の方で一本に纏められた青みがかった長髪が、背の高さを強調していた。

 精神集中を終えて、すっと汐が目を開いた先にはちょうど仮想『影』が出現をしたところだった。

「いきます!」

 言うと同時に汐は走り出し、その動作に合わせて右掌を閃かせると煌きと共に灰色をした剣が出現した。

 現われた剣を鞘から引き抜きと、ぽたりと水滴が床に落ちる。汐の持つ能力を具現化したこの刀は水の力を内在し、その力で影を切るのだ。

 走る汐の前に小さな影が複数体出現する。組織で開発した訓練用の擬似影だ。

その影を、手にした剣で軽く凪ぐと一瞬のうちに四散する。四散した影はまたうようよと移動して一つの塊に戻ろうとするが、再度汐の持つ剣が影を四散させる。

 斬っては戻り、斬っては戻りとキリのない闘いではあるが、飛び散った影が徐々に一つに塊り始め、人の形に程近い大きな一つの影にと形を変えて行った。

「影、最終形態になりました」

「汐、制御を怠るなよ」

「はい!」

 まるで剣舞の様にくるくると動いていた汐が、巨大化してゆく影の前に止まり、正眼に構える。

 構える剣の柄にちりんっと揺れるのは影消科学班の力が終結された『制御鈴』と呼ばれる封印の一種で、能力制御の上手く行えない能力者に補助として渡される。

 汐は強い力を内在しながらも能力制御が苦手だった。いや、強い力を持っているからこそ、か。

 能力を制御するのに、一番必要なのは精神力。要するに自信や心だ。

 精神力が強ければ強いほど能力の制御は上手くいき、努力次第では応用を利かせた多様な能力の使い方を習得できるのだが、汐の場合どうにも細かい能力制御が上手くいかない。

「来るぞ!」

「貫け、水の刃!」

 弧を描くように汐が大きく剣を振るうと、突如切っ先から驚くほどの量の水が溢れ出し、影を襲う。

 鉄砲水の様な勢いで影に向かう水の刃は、人型になり始めていた影の丁度腹の部分を貫き、出現した時と同様に唐突に消える。

「汐、力を抑えろ」

「放った力を己に戻す事も忘れるな」

「…っはい」

 風穴を開けられて傾いだ影がゆっくりと倒れてゆくが、その間にも変形をして穴を塞ぎ攻撃態勢に移行している。

「第二形態、攻撃、来ます!」

 訓練官の声に反応して、汐は必死で精神集中を行い、力の制御を己に言い聞かせる。

(細く、強く、貫く槍の様な……散った力は回収できるように、引き戻す感覚で……)

 新たに集中を行って、汐の持つ剣は薄く青い光を纏う。けれどそれは良く見ると揺らめいていて、光ではなく薄い幕のように剣を包む水なのだと分かる。

「貫け水の刃」

 神経を研ぎ澄ました凛とした緊迫感が漂う。凪ぐと言うよりも突きに近い形で振られた剣から、纏っていた水が先程とは比べ物にならないくらいの速さで飛び出し、影を貫いた所で方向を変え背後からもう一度貫くと、汐の手に戻ってくる。

「やった……?」

「弱いな」

 上手く制御できたかと思った刃だったが、訓練官の一言でまた失敗だと悟る。

 今度は細く力を出す事に意識が行き過ぎて、貫いた箇所が小さすぎ影にとって痛手にならない。

「今の攻撃なら数十回と連続で出せなければ意味がないな」

「汐、とりあえず次で終りにする」

「はい……」

 異常に早い自己回復を行う影相手に、細い穴を開けたくらいでは効き目はない。かと言って最初のように大量の力を毎回消費していては、汐の精神力と体が持たない。

 それ故に能力制御は汐に限らず、影消に居る者全ての能力者に必修事項として訓練が課せられる。

「還す者、訓練室入室します」

 訓練官の言葉と同時に扉が開き、還す者の女性が現われる。女性は汐を見ると小さく頷いて、直ぐに影に向かい合った。

「千切れ白の水」

 還す者の視線を受けて刀を構え直した汐は、影に向かって飛ぶ。眼前に迫った所で白刃が閃き大気に無数の水流が生まれた。

 着地すると共に収められた刃の硬質な音と同時に水流はうねりを上げて影を襲い、濁流の勢いで影の体を千切ってゆく。

 汐の力技とも言える戦い方は時として味方までを巻き込む事がある。還す者の女性はそれを熟知した汐の班員だ。慣れた動作で水を避けて己の能力を開放する。

「運べ、砂の風」

 ざぁっと言う音が先だった。その後から現われたのは大量の砂。それを操る女性の手には短い棒が持たれている。

 突き出された棒と同調して砂が千切れた影を覆うと、女性は棒を回転させ持ち上げる。竜巻の如く天空に巻き上がる砂の中で影は擦れて消えて行き、訓練室の天井へぶつかって砂が四散する頃には消滅していた。

「面倒かけてすみません班長」

「気にしなさんな。大人しいアンタなんて気持ち悪い」

「ひっどいなぁ」

 苦笑を返す汐の肩を軽く叩いて還す者は退室する。

 実戦投入を控えさせられている汐の入っている班は、支部の護衛と下士官の訓練が目下の任務だ。護衛班は他にも2班いるので汐が戦えなくても影響が出ない。

(それでも、落ち込んでなんていられない)

 使えないと、言われているのも同然だが、命の関わる実戦で自分が役に立たないという事は汐自身が一番分かっている。

(だから、制御できるようにしなくちゃ)

 そう思って毎日訓練を積んでいるのに、直ぐに結果が出る物ではないと分かっているのに、上達が見えなくて気ばかりが焦る。

(分かっているのに、怖い……)

 能力を、開放するのが、怖い。

(だから、制御しなきゃいけないの……!)

 汐は力の制御が極端に苦手だった。

 大きな力を有している能力者で有望株でありながら、制御不能な力で仲間にまで被害を出しかねない為に実戦投入を危惧され、そのせいで実戦経験が無さ過ぎて制御不能に更に拍車をかけた。悪循環だ。

 能力制御に必要な絶対条件は強い精神力だが、その他にも勘が物を言う所がある。

 実戦で様々な能力者の力の使い方を見るのも経験になるし、戦い独特の緊迫感が与える影響も大きい。

 それが分かって居ながら汐の実戦投入を渋るのには訳があった。

「神祈汐……白の武器を持つ者として、もう少し自覚を持て」

「…はい。すみません」

「恐れるな。心を強くあれ」

「はい」

 白の武器を持つ者。

 それは『伝説』を意味する呼び名だった。

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