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壱章

 華国かこくと呼ばれる都市国家がある。

 けれど特に王が居るわけではなく、首都となる『清華せいか』に居を構えるのはある組織。

 しかし政治を行う為にその組織があるのではなく、組織の存在理由は周囲に広がる六つの都市の警備をする事。行政は各々の都市による自治体に任せたれる形にはなっている。

 が、実質上は組織が六都市を総ていると言って良いだろう。

 組織の名は『影消えいき

 文字通り、影を消す事の出来る能力者達を集めた組織だ。

 影と言ってもただの影ではなく、意思を持って人を襲い、取り込んで巨大化する脅威となる物だ。

「ようこそ第五都市へ。俺は真藤まふじ。名は靖葵せいき。第五支部長、光の声の還す者だ」

弭芹はずせりです。宜しくお願いします」

 差し出された右手に、自分のそれを重ねて微笑むと、真藤も同じように笑みを返し、直ぐにその笑みはにやっと砕けた物になった。

「いやぁ、突然の移動ご苦労さん。悪かったなぁ、驚いただろ?」

「はい。でも、引き抜いて下さってありがとうございます」

 にこやかに答える炯霞けいかに、真藤も笑みで返す。その笑みの中には何か計算高さの様な物が伺えたが炯霞は気にしない。

 真藤がどんなつもりで炯霞を礫華からこの漠華へ引き抜いたかなんて、わかっているからだ。

「もう直ぐ君の組む班員が来る筈だから、少し待っててくれ」

 堅苦しいのは終わりだ、とでも言うように真藤は口調も声色も緩めて、正していた姿勢を崩しつつ炯霞に着席を促した。 

(良い上司って感じか……)

 初対面ながら、真藤に好感触を持った炯霞は相手に気付かれないくらいに小さく息を付いた。

(いま第六まで支部の上司が良かった訳じゃないけど、移動で一番気になったのは、やっぱり人間関係だからな……)

 移動してきたばかりでも早急に部署内の人間全員分、顔・名前・性格を一致させないといけない。

 性格まで把握するのは、相手によって言葉や態度を変えないとどんな事になるか分からないからだ。

 これが炯霞にとっては心配の種だったが、支部長はとりあえずなんとかなりそうだ。

(ここ第五支部での鎮めの者の扱いは、どんな物かな……支部長は分け隔てなくても支部全員がそうって訳じゃないだろうし……)

 静めの者は割合として能力者が少ない。

訓練などで能力毎に分かれる事が多い事から、数の少ない鎮めの者は他の能力者に圧される事がしばしばある。

 炯霞が人間関係を気にしたのもそこに起因している。

「お前、年はいくつだ?」

「え?」

「年だ年。13くらいか? ちなみに俺は34だ」

 年を聞かれた事に驚いた。影消と言う組織は固い人間が多いか、仲間同士で小さく集まってしまうかどちらかが多い。他人に興味を持たない人間が多い中で、この質問は意外だったのだ。

それでも反応の遅れた炯霞に真藤は上司と言うより友人と言った表情を浮べて返事を待っていた。

「あ、えぇと……17です。たぶん……」

「多分? あぁ、組織っ子か」

 侮蔑するでもなく、馬鹿にするでもなく普通の事の様に言う真藤に、炯霞は再び驚いた。

『組織っ子』と言うのは要するに組織に拾われた孤児や捨て子の事で、表向きでは差別的な言葉として使用禁止用語になっているからだ。

「その呼び方、駄目なんじゃなかったですっけ?」

「かと言って『後天性能力者保育養成機関養育者』ってのは言い難くてかなわん」

 苦笑しながら問う炯霞に、悪びれもなく真藤は答える。確かに正式名称では分かり難い上に言い難い。何より炯霞も正式名称には慣れていなかった。

「僕は生まれも育ちも第六都市ですから」

「ま、第六都市で孤児やってりゃ発育も悪くなるだろうな。ここ第五都市でも大差ないだろうけど」

 炯霞はどうみても17には見えない。そのくらい華奢で身長も同年代の少女と同等か、低いくらいだ。ついでに言えば 長めの髪は結わく程ではないが前髪は目を隠す程で、赤味が強い。しかし体躯はこれでも組織に入ってからはマシになった方だった。

 第六都市は都市名とおり瓦礫の町だ。過去に栄えた後はあっても今はそれがただの鉄屑として転がる。キチンと建っている建造物は影消の支部くらいで、後は瓦礫の中で天梅雨の凌げる場所を、縄張り争いをする野良猫の様に奪い合って生きている。

 無論自生する植物も無く、食事は影消からされる配給のみが頼り。そんな食糧事情のお陰で炯霞の成長は止まったままだ。

 かと言って、この漠華は砂と僅かな土と岩の都市だ。礫華よりも自生が出来る分若干マシと言ったくらいだ。

「だからお前そんなに制服ぶかぶかなんだなー。それで男物の最小だろ?」

「ははっ……任務に支障は出しませんから、大丈夫です」

 白と黒で彩られた高襟の制服は一目で影消の者だと解らせる物。

けれど養成機関の制服と大差はない為、人によっては学生の様に見られてしまう事もある。

 移動の際に第六支部から餞別代わりに配給された真新しい制服は、その新しさゆえに炯霞を幼く見せていた。

(けど、幼く見えるのは支部長もだと思うんだけどな……)

 眼鏡の奥にクセのありそうな、けれど好青年然とした笑みを絶やさぬ真藤も、極端に短く切られた前髪などのせいもあるかもしれないが、34と言う年齢には見えない。

 唯一年齢を高く見せているとすれば『光の声』と言う能力に似合った白銀の髪くらいか。

「失礼します」

 戸を叩く硬質な音が短く響いた直後、断りと同時に入室してきたのは、少年のように短く切り揃えられた漆黒の髪が印象的な少女と、反対に長めの茶色い髪を首の後ろで軽く縛っている少年の二人。

「あぁ、来たか。こいつらがお前の入る組の班員だ」

 姿勢正しく真っ直ぐに炯霞の元に歩いて来た少女が、高い身長をそのままに上からの目線で口を開いた。

「姓は天祇あまぎ、名は壬蔓みつる。剣の歌を使う還す者よ。宜しく」

 言葉は丁寧だがその表情に笑みはない。

 品定めをするような視線が、不躾にならない程度に炯霞を捉える。

(まぁ、新しい仲間になるんだ。足手まといにならないかどうかは心配か……)

 あまり気持ちの良い視線ではないが、炯霞はそう自分に言い聞かせて壬蔓の視線をやり過ごした。

 居心地の悪そうな表情を少しだけ浮べると、壬蔓の隣にいた長髪の男の方が苦笑して炯霞に右手を差し出してきた。

「俺は武流たける、姓はみずち。風の糸を使う斬る者だ。よろしくな」

「よろしく」

 壬蔓の視線は気にするな、と言うように目配せをして笑う武流に、ほっとした表情を向けて炯霞も右手を差し出した。

 炯霞の鎮めの者。武流の斬る者。壬蔓の還す者。この三つを組み合わせて始めて、彼等が駆除を生業とする『影』を倒す事が出来る。

よって、影消の班編成は三人一組なのだ。

 鎮めの者が影の動きを緩めたり斬る者の補助・支援にあたり、斬る者は力を駆使して戦い、影の力を削ぐ。還す者は二人が戦っている間に力を紡いで影の存在を無に還す。

斬る者の攻撃だけでは影特有の異常回復のせいで倒す事は出来ない。影を倒すには還す者の存在が不可欠だった。

 だからこそ還す者は班長としての責務を負い、負うからこそ教育を徹底される。

 それ故なのか、壬蔓の様に生真面目すぎる堅物が還す者の中には多い。

「俺らは第五都市影消支部・第一班だ。主に漠華の西を守ってる」

 真藤とはまた違った親しみ易い雰囲気、言うなればお調子者風の武流が語るには、一週間前、西の境界線警備で影と交戦。その際に命を落とした鎮めの者に変わりに炯霞が配属される事になったらしい。

「西はそれだけ激しい戦闘が多い。貴方も気をつけるのね。足手まといは要らないわ」

 仲間が一週間前に死んだと言うのに、壬蔓の口調は冷静だった。

(その冷静さは、任務に遵守しているが故の無感情なのか、それとも……)

 最後の『足手まとい』の部分を聞けば、大体の予想はつくけれど。と、炯霞は心中で苦笑した。

 数が少ない鎮めの者。それ故に他の能力者に圧されがちと言ったが、もう少し込み入った所までを言えば、その力自体も余り重要視されている訳ではなかった。

 動きを止めたり、補助的な役割を請け負う事が多い鎮めの者。

 つまりは足止めをして貰わなくても、影を斬る事が出来れば、後は還す者が消滅させられる。よって鎮めの者は居なくても任務に大きな影響はないのだ。

「影消第五支部居住地区を案内します。付いて来なさい」

 壬蔓の言葉は班長たる者はこうあるべき、と思っているのか命令系に近いものがある。

(近いって言うか、命令系か……まぁ、慣れてるけど)

 鎮めの者に対するこんな態度は何時もの事だ。半分諦めにも似た感情を持ちつつ炯霞は黙って従った。

 支部長の真藤に敬礼をすると、後ろから「仲良くな」と言う言葉が飛んでくるが、壬蔓と武流がそれを聞いていたかどうかは定かでない。

 聞いていた所で従うかも分からない。が、まだ態度だけの方が優しいくらいだ。

「いやー、俺としては鎮めの者がこう早く補充されると思ってなかったから、助かったけどな」

 漠華特有の土を固めた外壁を持ちながらも、内部は首都清華からの物資なのか、強化素材が使われた支部内を少し歩くと、ざわついた雰囲気の漂う居住区間へと入った。

「三人一組体制が基本とされているからには、確かに補充は早い方が良いけれどね」

「また壬蔓ねーさんは……ねーさんだって助かるだろ? 歌ってる間の防御任せられるんだから」

「自分の身は自分で守る。鉄則よ」

「そらそーだけど、楽さは違うでしょーに」

 数が少ないだけに、欠員が出ると中々補充されないのが静めの者の難点であるが、早まってまだ育成期間中の能力者を現場に出して、実力不足からまた死亡されては元も子もないのだ。

 それ程に、影との戦いは実力が試される。

「さっきも言ったけど、俺等の担当する西地区は結構な影の出現率なんだよ。全部を全部鎮めの者無しじゃ俺の身が持たないからなー」

 悪びれもなく言う武流は、本当に悪気はないのだろう。けれど炯霞は思う。結局のところ武流が静めの者を必要としてくれるのは、自分が疲れたくないからなのだ。

(結局は、皆同じだ……)

 友好的なだけ武流はまだ良いのかもしれないが、根底ではやはり鎮めの者に対する差別的な感覚は残っている。

(ここも同じか)

 二人の死角で、ふっと炯霞の表情が抜け落ちる。

 今までも特ににこやかにしていた訳ではないが、表情と言う物はあった。けれど今はそれがすっかり姿を消して人形のような面持ちで、何処を見るでもなく暗い視線を宙に流す。

(這い上がる……必ず……)

 心中でだけ強く拳を握って、炯霞の表情は元に戻る。そんな炯霞の変化に全く気付かないで壬蔓と武流は会話を続けていた。

「楽だとか、便利だとか腑抜けた事を言わないで。ここは第五都市。第三都市までの影出現率に比べたらどうって事ない量よ」

「はいはい、腑抜けですいませんね壬蔓おねーさま」

 語気が強い訳ではないが、確実に苛立ちを乗せて壬蔓が武流を叱咤する。その言葉から伺えるのは壬蔓が元は第三都市以上の都市に在籍していた事があるんじゃないかと言う事。

「元第一都市警邏隊だかしんねーけど、今は第五にいんだからいい加減馴染めっての……」

 内緒な、と最後に小さくつけて武流が愚痴る。

 それで炯霞は壬蔓の高慢な態度に納得をした。元々ここより上級の支部に居たのなら、第五支部の人々全てを見下していても、良くは無いが納得は出来た。

(第一から第五なんて、明らかに左遷じゃないか……)

 一から六までの都市は、数字の小さい方が住みやすい環境条件を揃えていて人口も多い。しかし強く巨大な影もまた、数字の小さい都市周辺に多く棲み付いている。

 その為数字の小さい方、要するに首都から順に影の強さも能力者の実力も下がってゆく。

 ここ第五都市は下から二番目。首都の能力者に比べたら、支部長以外は劣る者ばかりだろう。

 その中でも、この二人は第一班。第五支部の中では一番の力を保持した能力者と言う事になる。

「ここが貴方の部屋になるわ。この先の通路を抜けると居住区中央広場。その中央に案内板があるから他の施設も確認しておくように」

「わかりました」

「部屋は完全個室。浴室なんかも完備されてる。食事だけは食堂になるけどな。あ、食堂は中央広場の先な」

「はい。ありがとうございます」

 にこりと微笑んで二人に返す炯霞を、壬蔓は当然見ていなかったが、武流がまじまじと眺めてくる。

「どうか、しましたか?」

「お前って、人形みたいな」

「え……?」

 どういう意味だろう? そんな意味を言外に込めて聞き返せば、武流はニヤリと人の悪い笑みを浮べてこそっと耳打ちをしてきた。

「笑ってるけど、笑ってないだろ? どんな裏があるかしんねーけど、気をつけないと気がつかれんぜ?」

「!?」

 耳に寄せられる武流の顔を振り向く事も、肩に置かれている手を振り解く事もせずに、炯霞は息を飲んで視線だけを鋭く動かした。

 はっきりと笑う武流の目と視線があって、そして離れる。

(食わせ物は、男の方だったか……)

 読み違えた。

 気を付けるべきは武流の方だったのだと、気付いた時にはもう遅い。完全に疑って掛かられている。

「これにて顔合わせは終了。解散後は各自明日からの任務に備えて十分な休息を取るように。良いわね?」

「りょーかーい!」

 ふざけた様子で敬礼をする武流を一睨みして壬蔓はその場を離れた。残った武流は炯霞にまたニヤリと笑みを向けてから、髪をかき回すように頭を撫でてからじゃあな、と立ち去った。

「前途多難、だな……」

 溜息と共に呟いて、炯霞の表情は二人には見せなかった冷めた物に変わる。

 炯霞には目的があった。

 その為に、余計な諍いは避けて、けれど上役の目には留まるように。

そしてなるべく早く首都へ。

(首都に、居るはずなんだ……絶対)

 炯霞の目的、首都に行ってそこに居るであろうとある人物を探す事。

(見つけ出して、それから……)

 首都への道は、まだ長い。


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