零章
乾いた風が吹き抜ける。
砂と岩と、それなりの緑とが広がる居住地区『漠華』
暮らしている者の数は首都と比べ半分以下。第五都市と呼ばれている漠華だが、その環境は都市と言えるほどの整備はない。
「草……コレが、草、か……」
砂地にもたくましく生える僅かな草を、一人の少年が摘んで千切る。手についた緑色の汁を指で擦って独特の臭いを嗅ぐ。
「初めてだ……」
生命の臭い。
生きる物の感触。
都市ではない、砂に覆われた土地。
それでも少年の生まれた場所よりは確かに生きる物があった。
「這い上がる……必ず、自由を……」
握り込める掌の中に、青臭さが広がり少年の鼻腔をつく。
覚え込む様に臭いを吸い込み、草を捨てて少年は歩き出す。
「灰色じゃない空の色。灰の混じらない風の匂い。大地に根付く生命の感触。覚えたぞ……そして忘れない」
知らなければ望む事もなかった。けれど少年は知ってしまった。
それ故に望む。
「止まれ」
進む少年の行く手に、黒の制服を着た男が一人、女が二人。年の頃は三人とも少年と同じくらい。着ている制服も同じだ。
手には何も持っていないが、制止を促す男の声には逆らえない圧力があった。
「名乗れ」
短い命令に少年は従う。争うべき相手でも時でもない。少年の戦う相手は他にある。
「第六都市『礫華』より、第五都市『漠華』へと本日付で配属されました。姓は弭芹。名は炯霞。鎮めの者、笛使いです」