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うまくいかない人たちの話。

作者: 安部樽子

 お気遣いありがとうございます。あ、僕は砂糖もミルクも入れないので、大丈夫です。

 大きな本棚ですね、深谷(しんたに)さんは、本がお好きなのですか?…そうですか、それはそれは、編集者として喜ばしいことこの上ありません。

 …拝見させていただいたところ、うちの会社の本も読んでいただいているようで、嬉しいです。

 あ、『茶色い鳥』もありますね。この本は僕にとってとても思い出深い本なんですよ。

 お好きですか?…そうですかそうですか!

 おっと、そろそろ本題に入りましょうか。というか、謝らなければならないのですが、今日お伺いしたのは、実はその、雑誌の挿入写真に関してのことではないのです。また深谷さんに是非依頼したい件がありまして、今度は本の表紙なんですが、そのお話をさせていただこうと。

 それでですね、この話をするにあたって、少し僕の過去の話もさせていただきたく思うんです。つまらないかもしれませんが、どうか聞いていただければ幸いです。…ありがとうございます。貴方の撮る写真がとても優しいのは人柄が滲み出ているからだと聞いていたのですが、本当なのですね。


* * *


 もう昔のことですが、ある年の夏、僕は当時勤めていた会社をリストラされました。

 上司の失敗の責任を、下の僕が負わされたのです。なんてことない、よくある話です。でも、尊敬していた上司でした。これから先輩の失敗の分も、一緒に頑張っていこう、そう思っていた矢先のことでした。

僕はショックと軽い人間不信で、何もする気が起きませんでした。独身で、両親ももう他界していて、守るものもあまりなかった僕です。働く意味を今更考えて、分からず、新しい職を探すことも、しばらくはしませんでした。その年の夏は、例年より暑く、そのせいもあって働かず、ぼーっと生きていました。

 そんなある日、ふと、本当にふと、子どもの頃行っていた公園に行ってみようと思い立ったのです。今から思えば、運命というものだったのかも、なんて思います。本当に、何の突拍子もなく、不意に思いついたのです。

 もしかしたら、やり直したいと思ったのかもしれません。たまらなく楽しかった子ども時代。思いっきり遊んで、思いっきり笑っていました。可能性も無限大でした。まあ、もうそんなことを思い起こしていられるような年じゃなかったのですが。

 私は公園に足を運びました。昔は緑色だった遊具が、今は黄色に塗り替えられていました。思えば何年ぶりだろう、そう思ってブランコに乗ってみました。

 その時は平日の昼であり、また小さい公園であったため、誰もいませんでした。ブランコを漕ぐと、ギー、ギー、と音がして、車の音がする街の中に飛んでいきました。なんだかそれが心地よく感じました。傍から見たらただの変人なわけですが。

 しばらくはそこでブランコを漕いでいたような気がします。気が付くと、すぐそばに1人の少年が立っていました。黒いジャージを着ていました。どうしたのかと訊くと、家の窓から僕を見ていたと言うのです。

「すごく楽しそうに漕いでたから、出てきちゃった」

 少年は笑いました。すごく優しい笑い方だなと、思ったことを覚えています。

「楽しくなんかないさ、おっさんはなあ、"ニート"なんだよ」

 言ってしまってから、自分は何を言っているんだと、苦笑いをしました。誰かと話すのは久しぶりのことでした。嬉しかったのかもしれません。

「そうなんだ。僕はね、"不登校"だよ」

 この言葉を聞いた時の僕の心は、よくわからないのですが、すごく安心していました。これは一種の仲間意識だったのかもしれません。社会的に『負け組』と称されるような自分が、中身も思考も今まで生きてきた道のりも、すべてその言葉で否定されて、誰にも認められていないのが、僕はとても嫌で、そしてとても怖かったのです。僕は少年と出会うまで、ひとりでした。

 それから少年は、僕の横のブランコに座りました。

「ブランコってさ、行ったり来たりするだけなのに、どうしてこんなに楽しいと思う?」

「…そうだな」

 僕はその問いに少し戸惑い、そして答えました。

「空、飛んでるみたいだからじゃないか?」

 少年は満足そうに、なるほど、と笑いました。

 それから、僕と少年はブランコに座って、いくつもの取り留めのない話をしました。世間話や、自分の好きなもの、嫌いなもの、僕は子どものように喋りました。少年もそれに応え、喋りました。

 その時間は、僕にとってとても心地の良いものでした。そして、それから毎日僕は公園に通うようになりました。

 少年は、公園と道路を挟んで向かい側の、大きな赤い屋根の家に住んでいました。自分の部屋の窓から公園がよく見えるから、おじさんを見つけたらすぐに出て来るよ、と笑って言ってくれました。

 僕が少年の話から分かっていたことは、彼が中学2年生であること、読書が好きなこと、ゲームは下手だけど好きなこと、歳の離れた兄が1人いること、理科が苦手なこと、など、たくさんありました。僕は、少年と友達になっていた、そう思っています。

 少年とはいろいろな話をしましたが、時々、彼は答えのない質問をよく僕にしました。大人になるとはどういうことなのか。普通とはなんなのか。脳死状態の人間は生きていると言えるのか。時間とはなんなのか。定義を求める質問が多かったように思います。答えの出ないことを今まで考えてこなかった、というより日々に追われて考えられなかった僕の目に、彼の不思議そうな顔は愛おしく映りました。


 僕が少年と出会ってしばらくしたある日、公園に、雀が何匹か集まって、歩いていたことがありました。僕たちは相変わらずブランコに座って、長さの違う足を横に並べていました。

「雀だ」

 少年は、呟くように言いました。その目が微妙に曇ったような気がしたので、もしかしたら嫌な思い出でもあるのかと思い、何を言おうか迷っていたところ、少年は言葉を続けました。

「雀、可愛いよね。おじさんは、好き?」

「ああ」

「どうして?」

 少年と出会ってから、『何故それが好きなのか』について考えることが多くなりました。少年に問われ、そして答えられないのです。ただ、感覚的に、好き。好きという感覚は実に不思議なものだと思います。

「なんでだろうな…普通だからかな」

 僕の言葉に、少年は目を見開きました。そして次の言葉を口にするのを躊躇しているように見えました。

「…ねえ、訊いてもいい?」

「何だ?」

 今まで多くの問いかけをしてきたのに、改まって何かと、僕は思わず構えました。

「おじさんは、どうして無職になったの?仕事、ちゃんとしてたんでしょ?」

 少年は、私に気を遣っていたようでした。しかし、本当に不思議そうでした。頭もよさそうなのに、なんて少年が言ったので、それは違うなあと僕は笑いました。

 そして、出来るだけ簡潔に、僕は自分の会社の話をしました。不思議なことに、この時僕はあまり苦しくなかったのです。いろいろな理不尽に対するわだかまりや怒りが、消えていました。なんだかいろいろなことが、どうでもよくなっていたのかもしれません。それと、少年と出会えたのが職を失ったからだと思うと、なんだか失ったものばかりではない、そんな感覚になっていたのです。それほどまでに僕は、少年と過ごす時間が、少年が、好きだったのです。

「そうなんだ、人間ってこう、しょうがないねえ」

 少年は小さく笑いました。自分を守りたい人間臭さ、どうしようもない狡さ、そういうものをみんなが持ち合わせていて、そして隠しているんだと思うと、自分も含め人間が可愛らしく見えるのは、きっと自分もどうしようもない人間だからなんだろうと、僕はひとり思っていました。

「ありがとう、あんまり話したくなかったでしょ」

「いいや、そんなことはないんだ」

「…僕のこと、訊かないの?」

 確かに、興味が無いと言ったら嘘になりました。人当たりがよく、明るく、優しいこの少年がどうして『不登校』なのか。

「訊いてもいいなら、訊く」

「うん」

 話を聞いて欲しかったのか、私のことを聞いたから気を遣ったのか、今となってはもうわかりませんが、少年は自分のことを話してくれました。

「まあおおよそ見当はつくだろうけど、いじめられてるんだよ」

 少年は、まるでそれが仕方のないことのように笑いました。

「…どうして」

 訊いてよかったのか。言ってから思いました。

「うーん、僕んちさあ、金持ちなんだよね」

 父親が出版社の社長でさ、家もでかいでしょ、と続けました。

「まあ、元々ひがまれてたんだよ、一部だったけど。僕は兄貴いて継がないし、普通に公立通ってたし、それも気に食わなかったんじゃないかな」

「…前から思ってたけど、他人事みたいに話すよなあ」

「うーん、癖かも」

 恥ずかしそうに笑いながら、少年は言いました。

「だからさ、まあ、導入はそこかな」

「…導入」

「おじさんさ、もう1つ訊いてもいい?」

「なんだ?」

「…中学生でさ、同級生に小説書いてるやついたらさ、引くものなの?」

 そこで僕は、少年に何があったか理解しました。

 そんなことでいじめなんてものが始まるのか、そう思って怒りのような、悲しみのような、そんな感情が心の中で宙に浮くようにふらついていました。

 しかし、僕の中学時代にそういう友人がいたら、周りも自分も、どんな反応をしていたのか、今考えると正直わかったものじゃありませんでした。

「人によって感じ方は違うだろうけど、俺が中学生くらいの時でも、そういうこと馬鹿にしたりするやつはいたかもな」

「…そっか」

 その少年の声が寂しそうで、なんだかやりきれなくなって、僕は少年から目を逸らしました。

「でも、歳をとってみると、普通にすごかったんだと思うと思うよ。俺、本読みだしたの高校入ってからでさ、それまで全然読んでなかったんだ。それからは、俺も自分で書いてみたことあるぞ。才能のなさに落胆してすぐやめたけど」

「…」

「まあ、要はさ、人の気持ちや感覚なんて、変わるってことだよ。時間が経てばいくらでも変わってくんだよ。だから、周りにとらわれ過ぎて生きていくことはないんだと思うけどな…って、おい」

 少年の方を向きなおすと、少年は泣いていました。一筋だけ涙を流して、頬に線が出来ていました。目に溜まった次の1粒が、僕の目をとらえて離しませんでした。

「…悔しかったんだよ」

 少年は、真っ直ぐに僕を見ていました。

「他のことは別によかったんだ。でも、本気でやってたことを馬鹿にされて、本当に悔しくて、悔しくて、それで、言い返しちゃった。僕が静かにしてればさ、なんやかんやで何もなく過ぎてくこと、わかってたんだけど」

 次の1粒が、落ちました。

「でも僕たち、子どもだっただけなんだね。時間が経てば、あんなことだったのかって、思えるんだね」

「ああ」

「そっか…そっか、時間って、優しいね」

 少年はそう言って、声を上げて泣きました。その声は初めの日のブランコの音のように、飛んで街に溶けていきました。


 少年はしばらく泣き続けた後、涙を止めました。そして、こんなに大泣きして恥ずかしい、と言って拗ねたような顔をしました。僕が見た、少年の新しい表情でした。

「なあ、小説、読みたいんだけど」

 僕がそう言うと、少年は一瞬止まりました。

「いや…でも、僕の小説、面白くないよ」

「なんでだよ?それを決めるのは俺だろ?」

「だって、兄貴に見せたことあるけど、大不評だったし」

 兄貴はもう父さんの会社で、編集者として働いているんだ、と少年はつけ加えました。

「じゃあ、面白くなくてもいい。読みたいんだ。それに、素人の感想っていうのも、意外と聞くべきかも。な?」

 しばらく悩んで、少年は、分かった、取ってくるねと、笑って言いました。


 家に戻り、少年が持ってきたのは、分厚い原稿用紙の束でした。僕が手ぶらだったのを気遣い、丁度いいサイズの紙袋に入れてくれました。1番上の原稿用紙には、真ん中に、作品名と、彼のペンネームが書いてありました。

「おじさん」

 泣いた跡がまだ残った目を少し細めて笑いながら、少年は言いました。

「僕、なんか、やる気出てきた」

 少年は、ブランコに座り、漕ぎ始めました。

「学校、行こうと思う。おじさんと話して、なんていうか、落ち着いたっていうか、大人になった気分。気分だけだけど」

 そう言って、また優しく笑うのでした。

 その笑顔に、僕もまた感化されていました。少年と過ごし、僕はなんだか人間の根本に戻れたような気がしていました。

「そうか、じゃあ俺も、頑張ろうかな」

「おっ」

 少年はブランコを止めて、嬉しそうに、拍手をして見せました。

「いいねいいね、戦闘期間だ。生きてるって感じ」

 満足げに、少年は続けました。

「ねえ、しばらく頑張ってさ、また会おうよ」

「しばらくって、どれくらいだ?」

「んー、1ヶ月くらい?」

「よし、じゃあ1ヶ月後の日曜、またここで会おう。それまで、頑張ろう」

「よっしゃ」

 ブランコからジャンプして降りた少年は、とても楽しそうでした。

「それまでに、小説も読ませてもらっとく」

「うん」

 日も暮れかけていたので、僕たちは、そこで別れることにしました。毎日夕方の定時に鳴るサイレンが響きました。

「じゃあ、また1ヶ月後」

「うん、日曜だよ」

 笑ってそう言って、立ち去ろうとする少年に、僕は最後に声をかけました。

「なあ、(しょう)

「ん?」

「…無理そうだったら、ちゃんと逃げろよ。『避難』するんだぞ」

 とても偉そうに、僕は言いました。

「…うん、了解。おじさんもね」

 そう言って、少年はまた笑いました。

 少年との思い出は、彼の笑顔でいっぱいでした。


 そして、その日曜日が来ました。

 僕は、とある1つの会社の採用試験の一次選考を通り、もうすぐ面接を控えていました。また、就職活動の合間を縫って、バイトもしました。そして、そのまた合間を縫って、少年の小説を読みました。

 その小説は、中学生が書いたとは思えませんでした。切なくて、それでいて愛しい物語でした。等身大の登場人物たちが、生き生きしていました。

 そして、こんな素晴らしいものを書ける少年が、そのために疎外されているなんて、なんだか複雑な気持ちになったものです。

 僕は少年の原稿を紙袋に入れて、公園へ行きました。

 この1ヶ月、どうだったのだろう。どんな話が出来るだろう。

 僕は友人との久しぶりの再会に心を躍らせながら歩き、公園へ到着しました。

 しかし、少年の姿はありませんでした。

 日曜日だったからでしょう、公園には1組の家族がいました。父親と母親と、小さな子どもでした。男1人でいる自分が、なんだか異質に思えました。

 僕は、少年の家の方を見ました。

 あれ、と思いました。黒い服を着た人が数人、見えました。僕はしばらくその人たちを、ぼーっと見つめていました。

 そして、はっとして、少年の家の方へ走り出していました。

 まさか。

 僕の中に浮かんだ嫌な想像を振り切るように、僕は走りました。手に持った紙袋が足に当たって音を立てました。

 少年の家の前の道路まで走ると、少年の家の玄関には看板が立っていました。白い板に、黒い字で、『故 牧井翔(まきいしょう) 儀 葬儀式場』と書いてありました。

 頭に、その文字だけが染みつきました。

 そうです、僕が会いたくて会いたくて仕方なかった少年――『茶色い鳥』の作者であり、そして中学2年生の頃あなたのクラスメイトだった牧井翔は、死んでしまっていたのです。


 式場である家の入口にいた若い男、それは彼の兄だったのですが、に僕はパニックのまま話しかけ、死んだのが本当に翔だと聞き、借りていた小説の表紙に書かれた『茶色い鳥 真木石陽(まきいしよう)』の文字を見せ、自分のは翔の友人だと言いました。訊くと、翔は自殺したのだと、このあたりの建物の屋上から飛び降りたのだと言うのです。

 自分の知らない間にそんなことが起こっていたことを知り、世界に独り取り残されたような気分になりました。実感が湧かず、涙は出ませんでした。そして、信じられないまま、翔が自殺なんてするはずがない、するはずがないと繰り返しました。繰り返しても、その声は街に溶けず、ただただ異様で、奇妙でした。彼の兄は、そんな僕を見て、うつむいているだけでした。


* * *


 深谷さん、あなたもご存じである『茶色い鳥』は、彼の兄や父によって、『中学生芸術コンクール 小説部門』に応募され入賞、出版されました。反響も大きく、遺されていた彼の他の作品もいくつか、彼の父の社から出版されています。

 彼が亡くなっていることは、公表されていません。

 この『茶色い鳥』は、6つの章で構成されていて、5つの異なる色の鳥のイメージに沿った5人を章ごとに主人公として描き、その5人の話が重なり繋がって、最終章へ続いていきます。しかし、この5つの鳥は、赤い鳥、青い鳥、緑の鳥、白い鳥、黒い鳥の5つで、題名である茶色い鳥の話はありません。この理由は、ファンの間でもいろいろ言われています。

 何故なのか。

 僕は、茶色い鳥は、彼自身だったのだと思います。

 地味で目立たないけれど、『普通』の域から逸脱しない、嫌われない、雀のような存在に、彼はなりたかったのではないかと思うのです。

 …僕はその後も、彼が自殺したことを信じることが出来ませんでした。

 初めのうちは悲しく、どうしてと嘆くだけだったのですが、僕は次第に彼の死に疑問を抱くようになりました。彼は逃げ方を知っていたし、小説家になるという夢も持っていたし、私と会う約束もしていました。それなのに。

 僕は、通りかけていた会社ではなく、彼の父の出版社に就職しました。そして、仕事をしながら、彼のいたクラスのこと、すなわち、あなたたちのことを、ずっと調べていたのです。

 そして今は、彼は自殺したのではなく、殺されたのだと、確信しています。

 今まで、何人かにそれを問いただしました。彼を屋上から突き落した人間がいたのではないかと。しかし、みんな怯えて、話してはくれませんでした。そして、あなたの元へも来たのです。

 いじめの主犯格だったのが、太田健吾(おおたけんご)今井隆一(いまいりゅういち)東山啓(ひがしやまけい)遠藤駿(えんどうすぐる)であったこと、クラスの誰もいじめを止めに入らなかったことを始め、いろいろなことがわかりました。

 事実が確認出来たら、その4人に会いに行き、殴ってやろうと思っていました。でも、みんなに会って、だんだんその気持ちは変わっていきました。

 人の気持ちや感覚は、時間が経てば変わると言ったのは、あの頃の若くて未熟な僕でした。そしてそれは、きっと正解だったのだと思います。

 あの時のあなたたちと今のあなたたちは、違います。昔の僕と今の僕が違うことや、昔の風景と今の風景が同じ場所でも違うことと、何ら変わりはないのだと思えたのです。

 僕は、彼の死が、故意に殺されたのか、あるいは事故だったのか、それとも全部僕の思い過ごしで本当に自殺だったのか、考えるのはやめました。だから深谷さんには、こう訊こうと思っていたのです。

 彼は、どうでしたか。頑張っていましたか。戦って、生きていましたか。

 …そうでしたか。そうだったのですね。

 泣かないでください、深谷さん。謝らないでください。あなたが、彼を助けられなかったと言うのなら、僕だってそうです。

 あなたは、彼の幼馴染だったそうですね。彼が学校に来れない間も、定期的に配布物を届けに来て、いつも一緒に話をしてくれるのだと、彼本人からも聞いたことがあります。

 …深谷さんにご依頼したい次の仕事というのは、この『茶色い鳥』の文庫本のお話なんです。

 ご存知かと思いますが、最近中学生芸術コンクールに応募された小説作品が素晴らしく、『茶色い鳥』以来の傑作だと、彼の本もまた話題になっているんです。かなり時間は経ってますが、文庫化されていなかったので、この機会に出版しようという話になっています。

 その表紙の写真を、深谷さんにお願いしたいんです。

 彼の優しい文と、あなたの優しい写真。どうでしょう。

 僕たちが一緒に作れば、きっと彼も喜んでくれると思いませんか。





読んでくださってありがとうございました!

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