君は知らないだろうけど俺は知ってる
「私、受けます」
私は決めた。チャンスがあるならかけてみたい。最初に目指してたT大学ではないけれども…S大学に全く魅力がないわけではない。『毛物の護人』の作者はその大学の卒業生だった。
「じゃあ、小論文と面接があるから…ああ、それと、まずは資料請求しなさい。早くね」
担任は私に資料請求をするための書類を渡した。
私は早速、資料請求をした。2日後、資料が届いた。母は苦虫を噛み潰した顔で「資料、届いてたわよ」と言った。母は一応賛成はしたものの、基本的には反対の姿勢は変わっていないようだった。私は届いた資料に目を通した。出願に必要なもの。入学志願票、受験票、写真票、調査書、履歴書…は、要らないか。そして、志望理由書。
志望理由書。
どう書こう、とふっと考えた。私がここを選んだ理由…言われたからだ。担任に。言ってしまえば、それで終わりなのだが、それでは志望理由書に書けない。「作家になりたいのです。だからここを選びました。」が、一番妥当だと思うのだ。そうだ、あの夢の国での一件を書くのはどうだろうか。いや、信じてくれないだろう。あんな夢のような話。夢の国なだけに。くだらない。まったく面白くない。でも、石はここにある。私はアプリを起動した。あれからいなくなったことはない。これは紛れもない事実なわけで、あのことが夢でないことを示す唯一の証拠だ。
石は私を見ている。いつからだ?育てるものと育てられるものの関係が逆転したのは。おかしいじゃないか。育成ゲームに育てられるなんて。私、作家になったら真っ先にお前のこと書いてやるよ。面白おかしく書いてやるよ。見ていろよ、私の石。もちろん石はうんともすんとも言わない。
翌日、私は志望理由書を担任に提出した。
「うーん」
担任の先生は難色を示した。やはり、夢の国のくだりが嘘くさいのだろう。
「これは…ちょっと、どうかなぁ。君の表現力は素晴らしいと思うけど、こんなことがあるのかな?まあ面白い小説だね」
とにかく書き直せということらしい。私はボツになった志望理由書を手に教室に戻った。途中で、舞とすれ違った。
「舞」
もし、この人がsumitakamakaoだったら、どういう思いで私を見ているのだろうか。
「美和。推薦入試を受けるんだね」
「舞はデッサンとか頑張ってるの?」
「まあね。そうだ、美和の石、今どうなってる?」
「私のは…前にいなくなってたけど、戻ってきた」
「私ね、自分なりにその不思議なアプリを調べようと思ってるの」
「そんなことしなくても、分かってるんじゃないの?」
「え?」
舞は目を丸くした。これは演技だろうか。
「sumitakamakaoじゃないよね?」
「は?」
舞は困惑した顔つきになった。だから、と私は苛立った。
「舞は、石のアプリを作ったんじゃないの?」
「な、何言ってるのかわかんないよ、美和」
「…もう、いいよ。気にしないで」
「気になるよ!何なの?そのsumitakaとかいうの!」
舞との話がヒートアップしかけたところで、誰かが二人の間に割って入り込んだ。
「はーい、終了。通行の邪魔。そんな廊下のど真ん中で口論されてもね」
「片岡くん!」
私が驚いて思わず叫ぶと、片岡真澄は囁いた。
「ねえ、夢路さん、君は俺の事よく知らないだろうけど、俺は君のことずっと前からよく知ってるよ。会えて、良かったと思ってるよ」
「な、何言ってるのか分からないよ、片岡くん!」
私と舞は口を揃えて言った。
片岡くんはくすくす笑った。
まったく、この人は意味が分からない。意味がすべてわかる日は来るのだろうか…。