推薦入試を受けてみませんか?
「あれ?」
舞が、あの本嫌いの舞が、本を読んでいる。
「舞、熱でも出したの?」
「いたって私は健康よ」
舞は本を閉じた。私は何の本、と聞きそびれてしまった。それから舞は私の持っているノートを見た。
「小説、また何か書いたの?」
「うん。まだできてないけどね。一時期やめようかとも思ったけど、それはだめだって気がついたの。…これのおかげでね」
私は石を育てるアプリを起動して見せた。
あの不思議な『夢の国』はこのアプリが見せた幻影なのだろうか?私はそう仮説を立てていた。
「そういえば、ノートといえば、美和が中学生の時落としてなくしたことがあったね」
「あ、そういえばそうだね。確かあの時、ノートが戻ってきた時に誰が書いたのか分からない感想が書かれてて、それが私のもらった初めての感想だった」
「うん。そう、それ」
その時だった。担任が私を呼んだ。
「夢路さん、放課後職員室に来なさい」
放課後、職員室に行った私を待っていたのはとある提案だった。
「夢路さん、推薦入試を受けてみない?」
「え?」
推薦入試なんて全く考えていなかった私にとって寝耳に水な話だった。
「ここ、S大学の人文学部。夢路さんは読書好きだからいいかなと思ったの」
S大学は自宅から遠く離れた見知らぬ県にあった。
「一週間期間をあげるから受けるかどうか考えて、その気になったら受けてもいいし、受けなくてもいい。夢路さん次第よ」
衝撃的な話だった。私はとりあえず話を一通り聞いたあと、荷物を取りに教室に戻った。ふと、舞の机を視界にとらえた。さっきまで読んでいたらしい本を机の上に置きっ放しで帰ったらしい。
「見てやろう。どんな本かな、どうせ漫画だろうけど…」
軽い気持ちで中身を見た私は驚いた。中にはスマートフォンのアプリ開発やらプログラミングやら、難しそうなことがずらずらと並んでいた。タイトルは『スマートフォンアプリの作り方』。
「…え?」
その時、夢の国で片岡真澄の言った言葉を思い出した。sumitakamakaoにもう君は会ってるんだよ!
「…そんなわけないよね」
私の額に汗が流れた、ような気がした。
その日、家に帰った私は懐かしいノートを引っ張り出した。私が初めて書いた小説のノートだった。『毛物の護人』に影響を受けたファンタジーだった。それをぱらぱらとめくり、感慨にふけった。初心にかえることも大事だな、と考えていた私の手が止まった。
『この小説は、世界観がしっかりあって、不思議な世界だけど分かりやすくて、すぐに話にのめりこみました。特に私は、テイアというキャラクターが好きです。彼女の健気さは立派です。 たまたまこのノートを拾ったすみたかより』
たまたまこのノートを拾ったすみたかより。
すみたか…が、名前なのだろうが、結局そんな名前の人は学校にいなかった。せっかく感想を書いてくれたのに。お礼を言いたかった当時の私はひどく残念だった。しかし、待てよ。すみたか。偶然だろうか?アプリ開発者の名前、sumitakamakaoをローマ字読みすると、すみたかと読めなくもないのだ…。
「美和!勉強してるの?!」
突然、母が怒鳴り込んで来たのであらかじめ用意してあった『勉強してるふりをするための道具』を机にさりげなく広げた。ノートもさりげなく隠す。
「今日、推薦入試を勧められた」
「そう。どこ?」
母は怪しむそぶりを見せなかった。どうやら信じてくれたらしい。
「S大学の人文学部」
「そんな田舎、やめなさい。就職できないわ」
「…でも、私はチャンスがある限り挑戦してみたい」
「また、あなたはそんな無責任なことを!金がどれだけかかると思ってんのよ!」
私はこういうとき、非難を右から左へと受け流している。反論しても耳を貸さないので、聞くだけ無駄だと思っていた。
「また、あなたは黙り込んじゃって…面接とかであなた喋れるの?無理でしょう?」
全部、
「どうせまた意志もなくあてずっぽうなんでしょ?」
聞こえないふりをしたけど、
「先生の言いなりで何も考えてないでしょ?」
聞こえてた。
母が去ったあと、石を育てるアプリを起動した。またいなくなるのだろうか、自分の意志を見失ったら…石はそこに佇んでいる。じっと私を試しているのだろうか。意志を持ち続けられるのか、お前は、とでも思っているのだろうか。
私はそれから一週間考えて答えを出した。