石がいなくなりました。
謎の多い石を育てるアプリの秘密が少し明らかになるかもしれない話。
母の言うことに一理ある、とは思う。私は小説を書いているときに展開が盛り上がってくると面白くて書くのがやめられないことがある。そのせいで勉強をすっぽかしたことも一度や二度ではない。
「…でも」
それにしたっていきなり人のノートを破り捨てるなんてひどい。
「何?半年くらい我慢できないの?大学に入りさえすれば自由に書けるのに。あ、美和。大学結局決めたの?」
この流れで、小説を書く授業のある文学部のあるT大学に決めたとは言えなかった。
母は私が何も言わないことに業を煮やしたらしい。
「何か言いなさいよ!」
私は黙っていた。
やがて母は出て行った。ぶつぶつと文句ばかり言いながら。
私は破られたノートを見た。
「夢の国か…行きたいのは私だよ」
すっかり私の気分は落ち込み、なげやりになって、破られたノートをゴミ箱へ放り込んだ。小説家なんて、現実味のない夢、捨ててしまおうか。ふとそんな思いが胸をよぎった。
まだ石を育てるアプリが起動しっ放しのスマートフォンを見て、私は凍りついた。粉々になっていた石は姿を消していた。真っ白い画面がぼうっと表示されていた。
それから私はしばらくの間、小説のことを考えずに過ごした。文学以外の道を探した。大学は星の数ほどある…。文学にこだわる必要はない。そして石は待てど暮らせど戻ってこなかった。舞が、芸術の道に突き進んで行くのが、ただ眩しかった。舞によると、彼女の石は順調に成長しているらしい。
石を育てるアプリで石が行方不明になってからかれこれ2ヶ月がたった。小説を書かなくなってまともに勉強したおかげか、期末テストの点がいくらか上がった。
まさか犬じゃあるまいし、『石がいなくなりました。このくらいの大きさ、このくらいの固さ。何か手がかりがあれば…』なんて貼り紙をするわけにもいかない。
石の秘密が明らかになるかもしれない出来事があったのは、夏休み直前の事だった。
三者懇談で、私の順番は片岡真澄の次だった。
中の声が少し聞こえてきた。
「この子、今年こそ卒業できるでしょうか」
「それは真澄君の頑張りによりますね」
え?片岡さんって留年してるの?
しばらくして話が終わったのか、二人が出てきた。私と母はいそいそと教室に入った。
先生は私の模試のデータや期末テストの試験結果などを見せて、成績が良くないことを伝えた。このままでは危ない、と。私はその話を上の空で聞いていた。母は隣で熱心に相槌を打っている。母や先生の言葉が皆私の耳を素通りする中、この言葉だけが私の耳にひっかかった。
「まったく、この子は意志が弱い…いや、意志がないんでしょうね。私がこの間小説についてたしなめたらすぐ諦めるし、大学も曖昧で…」
意志がないんでしょうね。
いしがないんでしょうね。
石がないんでしょうね。
「!」
私は突然立ち上がった。まさか、まさか、まさか。
先生も母も驚いた。それまで曖昧な返事しかしなかった私が突然必死の形相で立ち上がったのだ。無理もない。
「美和さん?」「美和、座りなさい」
私はすごすごと元通り座ったが、大発見に心臓が跳ね上がっているようで、興奮した顔は隠せそうにない。
石を育てるアプリーその石の育つ源は、アプリをインストールした人間の意志の強さに違いない!
詳しい仕組みは分からないが、それが正解なのだと私は思った。
しかし、石は依然として行方が分からなかった。見つける手だてもなかった。
(アプリを消してしまおうか)
私は真っ白い画面を見てなんとなくそう思った。