夢の国に行ってみたい
この話は途中で主人公の書いた小説が挿入されます。
模擬試験を受けた。正直なところ、手応えがなかった。難しくて歯がたたなかった。
「美和〜、数学できた?」
立花舞がやって来た。
「できなかった…特に並び替えて何通り?とか聞いてくる問題が難しかった」
「あのローマ字いくつか出てくる問題か。並び替えるとかそんなことわざわざしなくてもいいと思う!」
「それじゃ問題にならないけどね…」
たわいもない会話をしていると、結果なんかどうでもいい気がした。まだまだ時間はある、なんとかなる。
「ねぇねぇ、驚かないでよ」
突然舞がひそひそ声になって、こっそりと鞄を持ち、その中身を私にだけ見えるようにした。
「ちょっと、舞!先生にバレるよ」
舞が見せたのはスマートフォンだった。
「私も石を育てはじめることにしたっ」
舞の石は、かちんこちんになっている。
「石、固そうだね。」
「うん。やっぱり石は石なのかな」
「こらっ」
突然男の声が背後から響いた。舞と私はびっくりしてのけぞった。先生かと思ったら…違った。
「片岡さん、びっくりさせないでよ」
片岡真澄だった。真澄は悪びれる様子もなく、舞に尋ねた。
「立花さんは行きたい大学決めたんだね」
「そうだけど、何?」
「ちょっと聞きたかっただけ。」
真澄はそれだけ言うと自分の席に戻っていった。
家に帰って、模擬試験の自己採点をしたらやっぱり悪かった。国語だけ160点でそれ以外はかなり悪い。数学なんて30点だった。
どうして勉強するんだ。関数が、歴史が、理科が、生きる上で絶対必要なのか。
私は点数から逃げたかったから、自己採点結果をドアの前に放り出して、石を育てるアプリを起動して眺めた。特に変化はない。
それからノートとシャープペンシルを手に取った。このノートは誰にも秘密の自作小説ノートなのだ。私は早速続きを書き始めた。こんな風にだ。
***夢の国***
願い事がなんでも叶う世界があるんだって。名前は夢の国。私はそこへ行きたいなとおぼろげに思った。ちょうど、どうしても手に入れたいおもちゃがあったから。
私はおもちゃ屋さんのショーウインドーに張り付くようにしてじっとそのおもちゃを眺めていた。すると見知らぬおじさんが隣に立った。
「お嬢ちゃん、このおもちゃが欲しいのかい」
私は無視した。学校で、知らない人に声をかけられても反応しないようにと教えられていたからだ。
「お嬢ちゃん、夢の国って知ってるかい」
驚いて今度は無視できなかった。
目を見開いておじさんを見た私に、おじさんは紙を渡した。
「これはね、夢の国の入国券。これがあれば入国審査を受けられる」
願ってもない話に私は飛びついた。疑うこともなく紙を受け取る。
「ただし、夢の国の入国審査は厳しい。ある条件を満たさないと入れない」
「ある条件って何?」
「それはねー
***
突然ドアが開く音で私は我に帰った。ドアの前には母がいた。手には自己採点結果。
しまった、と思う暇もなくつかつかと母はこちらにやってきた。
「これ、何?遊んでるからできないんでしょうね」
母は開きっ放しのノートを睨みつけた。そして次の瞬間、ノートをひったくった。私は思わず手を伸ばした。
「遊んでる、わけじゃなー」
い、と終わりまで言えなかったのは母がノートを突然破り捨てたからだった。
石を育てるアプリがちらっと視界の隅に写った。石が粉々に砕けているのが見えた。