読むとは何か、書くとは何か
私はsumitakamakaoに、アプリの製作意図を尋ねた。どうやら澪標先生の言ったことは当たりらしい。なぜかアプリ開発の本を読んでいた舞、アプリの製作意図をずばり的中させた澪標先生、謎めいた発言ばかりする片岡さん。みんな怪しく思えてきた。メール画面ごしのやりとりはもどかしかった。
『会えませんか?』
『ネットの世界は怖いから会いませんよ。出会いを求めてるわけじゃない』
『もし私とあなたが知り合いだったら?』
『世界は狭いですね』
このようなやりとりをずっと続けていた。正体については教えてくれそうになかった。のらりくらりと交わされてしまう。そこで私は話題を変えた。
『夢の国はどうやって作ったんですか?』
『あれはね…あなたの小説は面白かったけれど未完だったから、自分なりに終わりを作りたかったんだ。確かおもちゃを欲しがってた女の子、テイアって名前だったね。私の夢の国ではテイアはあなただったけれどね。』
『待ってください。あなたは私が誰か知ってるんですか?どこで夢の国の小説を知ったんですか?』
『私はとある国の透視能力者なのさ。凄いだろう』
私は小説を書いたノートを落としたことを思い出した。あのノートの小説にも、夢の国という架空の国が登場していて、テイアという少女がいた。
『そうですか、あくまでも言わないつもりですね。』
『言わない方がミステリアスで素敵だと思うよ。』
その頃、推薦入試のための面接練習もいよいよ大詰めを迎えていた。志望動機をすらすら言えるようになった。
「あなたは本を読むことについてどう考えていますか?」
面接官役の澪標先生が今までになかった質問を発した。
「じ、自分の世界を広げることだと考えています」
「世界とは何ですか?」
「私が表現できる世界です。ええと、たとえば、歴史小説を読んでその世界に親しみを広げたり…」
そこで答えに詰まった。
「本を読むことでどんな知識を吸収して、それを自分なりに噛み砕くことが大切だと私は最近思ったから、あなたはどうなのかなぁ、って思って聞いてみた」
「そうかも、しれません」
私にとっての小説の魅力、それはたぶん、自分とは全く違う世界を擬似体験できることだと思っていた。小説を書くというのは世界を作ることに等しいと思った。
「夢路さん。もうすぐ推薦入試だね。夢路さん、自信をもつのよ」
澪標先生は突然この話題を自ら振ってすぐ打ち切った。
「先生は…」
「質問?いいよ」
「やっぱり何でもありません!」
私は逃げるようにそそくさとその場を後にした。先生は、sumitakamakaoですか?と聞きたかったのだが、直接聞いて舞のようになったらと思うと怖かった。大親友だった舞とはあれ以来ほとんど口をきいていない。一日一言、それだけしか話していない。
「夢路さん、立花さんとけんかしたの?」
片岡さんが話しかけてきた。
「まあそんなものかな」
「ごめんなさい!」
片岡さんは私の目の前で土下座した。意味が分からないし、周りの生徒から白い目で見られるのでやめてほしい。同級生の男子を廊下で土下座させる女として噂が広まりでもしたら私はどうなるか分からない。
「あの、片岡さん。そういうのはやめてよ。いっつもいっつも思うけど行動が意味不明でついていけない」
「意味か。知らない方がいいよ。なんかさぁ、謎めいた男って素敵だと思わないか。知りたくてつい気になるみたいな」
はぁ、とため息をついた。そういうのやめてほしいって今言ったばかりなのに。
「でも夢路さん可哀想だからね、俺も鬼じゃない。いずれ教えてあげてもいい。」
「いずれっていつよ」
「夢路さんが俺の彼女になってくれたら」
「バカかお前は」
さっきまで片岡さんだの片岡くんだの仰々しい呼び方をしていたのだが、あまりにも荒唐無稽なことを言われたので腹が立ち、お前呼ばわりしてしまった。
「片岡さんは、小説を書くってどういうことだと思う?」
「夢路さん、自慢ではないが俺は小説を書いたことはない。つまりよく分からない」
「その前置きはいらないと思う。私は世界を作ることだと思ったんだよね」
「はぁ、今度は夢路さんの頭がおかしくなったらしい。新世界の神になるとかそういうこと今にも言いそうだ」
「うるさい、黙って聞け!小説を読むっていうのはさ、主人公の置かれた立場に自分を重ねる…というか、自分と違う世界を擬似体験するようなものなんだよ、だから」
「それは小説だけに限らないよ。映画とかテレビとか漫画の方がもっといいと思う」
「…そうだけど、文字は情報量が少なくて想像が自由だよ」
「そんなの面倒臭いな」
片岡さんの一言で今までに考えていたことがバカらしくなった。どうしてこんなところで持論をこんな男に披露しているんだ?
「もういい。分からなくていい。」
「そうやって価値観の合わないことを否定するのはよくないと思うよ。俺は夢路さんに小説家として頑張ってもらいたいし」
『私は小説家になれるだろうか』
『小説を書いていたら誰だって小説家なんじゃないの』
sumitakamakaoにも同じ話をした。アプリの石はころころと画面の中をせわしなく動いている。
『sumitakamakaoさんはアプリデベロッパーでしたね』
『そうだね。あなたにもこのアプリを夢への道標にしてほしいと私は思ってるよ。私もまだ夢の途中だよ』
『夢って何ですか?』
『アプリの収入で生活できるようになるとか、かな…まぁ、君もまだ人生は長いんだよ。そういうことに悩むのも楽しみだと思うしさ』