/氷月舞踊
自然と要塞を目にすると生唾を数回ほど呑み込んでしまう。つい数秒前までは何気ないただの名門高校としか見えなかった建物が一変し禍々しい建物へと見えてしまう。一度でもそう言う風に見えてしまえばその恐怖は拭うことは容易ではない。だからと言って櫨谷は怯むどころか真実がこの場にはある。確信めいた笑みを浮かべてしまう。後ろで身を潜めていた須崎もまたほんの少しだけではあるが、櫨谷の雰囲気が変わっていく雰囲気を感じ取ったのかジワリと握っていた手のひらに微少の熱を感じ静かに息を飲む。一度だけ振り向き笑みを作ってくる彼の表情は先ほどと違く親しさなど無くどちらかと言えば学校側に居る人間たちの雰囲気を感じてしまう。が、櫨谷は歩きだし始めたため思考の整理をする前にただ、背中を追う。と、言う選択肢しか須崎には無くなってしまいついて行くことしか出来なくなる。櫨谷の雰囲気に少しばかりいつもなら働くはずの人間の危険予知が麻痺してしまった。校門に近づくにつれて鼓動が早くなってくる。不安もあるが彼の背中にはどこか安心感も感じてしまうのは事実であった。きっと、彼の後をついて行けば学校に難なく侵入できる。それだけは間違いなく確信的に感じることができる。学校の校門付近を横ぎるだけで視線を気にしてしまうがまったくと言っていいほど校門から出てくる生徒たちは自分の事以外は気にも留めていないらしく視線にすら入れてこない。片手に持っている参考書、携帯、ぶつぶつと数式でも口ずさみながら歩いているだけ。今まではこの状況が普通だと思っていた。これが普通であり彼女の世界であった。しかし、今は違う。学園の全てが異常に見えてしまう。しかし、この感情はどこからくるものなのか彼女も正直なところよく分かっていないだろう。世間的には正常になったであろう思考も生まれたてである。生まれたての思考で正しい判断なんてすぐには出来ない。それは分かっている。分かっているから、奈保、櫨谷の力を無意識的に借りるため足を運んだのだろう。しばらく歩いていると、驚愕にも似た櫨谷の声が耳へと入り込む。
「本当に凄い学園だね。学校から出てくる生徒たちの生気がまるで感じられない。普通なんだけど普通すぎる気がする」
顔を上げて見ると歩きながらもナニカ考えているようで、明るい口調とは裏腹に表情は難しそうに眉間にしわを寄せ腕を組みつつ歩いている。普通だけれど普通すぎる。彼の言葉の意味がよく分からなかった。普通だったらいいじゃあないか。個性を好む人が世の中には多いけれど普通が一番いいということを誰もが分かっていない。いや、分かっている人もいるだろう。年齢が低くなるにつれて個性を欲しがる人間が多い気がする。だから、一番個性を欲しがる年代が普通だったのならそれは一番良い学校生活を遅れていることじゃあないだろうか?ふと、須崎の方へ視線を送り抱いていた疑問を感じ取ったのか笑みを浮かべる。
「ごめんごめん。ちょっと独り言が大きかったね。僕ってすぐに思っている事を口にしてしまうことがあって、戸惑わせちゃうこともあるかもしれないけれどごめんね」
大人の笑み。優しい兄のような笑みを向けてくる彼の頬笑みは暖かくこちらも無意識に笑みを返してしまっていた。この感じ、懐かしい。彼女の心の中には広瀬澤流が出てくる。彼女もそうだった。自分の感情をも操作するように動かされていた。動かされていたというよりも快く彼女の為に動きたい。そう思ってしまう。彼女が笑えば自分も幸せであり彼女が悲しめば悲しかった。まるで感情共通しているような以心伝心しているような愛し合っているような。勝手に心の中に入られても不快に思えない。それが当たり前かのように踏み込んでくる。目の前で座っている彼も彼女のような雰囲気を持っている気がした。だからと言って彼女とは全然違うのだけれど。広瀬澤流に対しての罪悪感なのか少しばかり櫨谷の事を否定してしまう自分が少し可笑しかったのか小さく笑ってしまう。たった、数日学校に行かなかっただけでもう禁断症状が出ているのだろうか?それまで広瀬澤流と言う人物は自分の中で大きかったのだろうか?いや、考えるだけ無粋だ。数回ほど思考を頭の中から振り落とすように振り息を吐く。
「そう言えば、櫨谷さんって私が見る普通に見えないんですけど、何かやってるんですか?」
自然と目の前の背中を見て出てきた言葉。普通に見えないけれどナニカやっている?そんな事を殆ど初対面の人に投げかける言葉じゃあない事ぐらい須崎だって分かっているはずだ。言葉を口にした須崎自信が驚きを隠せないのか驚き目を見開いている。しかし、言葉を向けられた当の本人は驚くどころか愉快な談笑でも聞いたかのように笑みを浮かべ数回ほど頷いている。何をやっている?か。そんな風に言われたのは久々だな。なんて過去を思い出しているように視線を空へと仰ぐ。
「須崎さんが疑問に思っている事を的確に違う。って言いたいんだけど自分でもよく分からないんだ。なんとなくチガイが視えてしまうんだ。でも、クスリとかそう言った危ない事は確実にやっていないから大丈夫だよ」
「す、すみません。別にそう言うつもりで言ったんじゃあないんです。なんか、普通の人とは違う雰囲気で。私の友達と雰囲気が似てて。普通じゃあなくて特別に見えてしまって」
須崎さんの友人に似ているなんて光栄だ。なんて笑いながら答えていると目的の場所に付いたのか動いていた足が止まり視線を向ける。つられ視線を向けると通っていた彼女自身も知らなかった細い路地のような道が入ってくる。どうぞ、侵入はこちらから。と、言わばかりに学園の裏口へと続いているように見える。太陽の光もあまり入り込めないのか夕方でもないのに先は薄暗くよく見えない。人一人が通れるか。と、言うぐらの細さに場所を提示した彼女は不安を覚えてしまう。
「よし。じゃあ、行こうか。歓迎されてるようだし」
櫨谷はそう口にすると歩きだす。少しの会話で緩やかに動いていた鼓動が緊張からかまた、素早く打ち始める。が、遅れないように櫨谷の後を追う様に歩きだす。数歩ほど足を進めただけでここまで背筋が冷たくなるだろうか?そんな疑問を抱くほど冷たく気持ちの悪い悪寒が襲ってくる。ただ、いつも通り歩いているだけなのに妙に呼吸が乱れ始めてしまう。視線を左へと向けて見ると途切れ途切れに学園の屋根が入ってくる。先ほどよりも近づいているせいか彼女もまたより不気味に映ってしまう。彼女の雰囲気に歩きながらも気がついたのか歩く速度を少しだけ緩める。
「大丈夫?気分が悪いなら・・・」
「い、いえ。大丈夫です」
言葉を遮るように口にすると櫨谷も言おうと思っていたであろう言葉を飲み込み歩き続ける。しばらくすると行き止まりなのかなんなのか櫨谷の足が止まり自然と彼女の足も止まる。すると、彼は振り向いてくるなり
「よし、じゃあ行こうか」
まるで遠足にでも行くかのような愉快な声で目の前にあったドアノブへと手をかける。




