蠟燭片鱗 3/?
しばらく待っているとエレベーターがひっそりとやってくる。静かに下がる箱は目的の階まで一度も止まることなく稼働していく。目的の場所に運び終わると入っている人間を急かせるように扉が開いたと思いきやすぐに閉まろうとする。慌てて僕は扉に手をやり閉まらないように扉を押さえておく。
「・・・ありがとう」
遙堪が擦れ違いさまにそう言うとエレベーターから先に出ていく。僕もその後に続くように、けど彼女の背後に立たないように素早く出る、とエレベーターはまた忙しそうに扉を乱暴に閉め他の人間を運ぶため上へと動き出す。機械は便利だけど感情が無いから少し怖いと思ってしまう。エレベーターだって便利だけど一旦入ってしまえば鋼鉄の箱の中。もしも、閉じ込められてしまい急速落下してしまえば命はほぼないだろう。安全装置なるものあるらしけど百パーセント作動するかなんて分からない。そう考えると遙堪が言うように近代化文明は信用ならないと言う気持ちは分からないでもない。
と言ってもそんな事を言い始めてしまうと生活ができなくなってしまう。だから、人は誰か(たにん)が言う言葉を信じ使っている。素人が【安全ではない】と言っても誰も信じないが安全ではない物を嘘だとしても専門家が【安全】と言ったとなると人は信じてしまう。これは、一種の催眠のようなものだろう。正しい、正しくないと言う判断は誰でもない自分が決めること。自分で決めたのにそれが間違いだと分かると被害者だと言い加害者を作りだそうとする。こう言った事を言いだすのは大抵、子供ではなく大人の方が多い。子供はどちらかと言うと従うことが多い。
「どうしたの真剣な顔をして?」
「ん?ああ。なんでもないよ。それより今日は人が少ないね。花の金曜日って言うぐらいだからもう少し人が歩いているものだと思ったけど」
「私は少ない方が良いけどね。見下されるのはあまり好きじゃあないから」
「・・・」
そう言いながらも車椅子を漕ぐ彼女は凛としており立って歩いている人間よりも人間らしく誇らしく見えた。彼女は見下されていると言っていたがそこには語弊がある。すれ違う人達は確かに遙堪を見てしまうがそれは見蕩れているのだ。見下しているのではなく人間として人々は見上げている。しかし、そんな他人の心理状態の事を分かるはずがないため遙堪は見下されていると感じているのだろう。確かに視線が違うのだから根本的には見下されていると思っても仕方がない気もする。と言っても人間的に見上げているなんて僕が思っている感情なので本人には言えない。
「それより、殺害現場って近いの?」
「んっとね。もう少し先かな」
ポケットからメモを取り出す。殴り書きだがパソコンの資料を見ていた時に場所は記入をしていた。バカ正直にあの資料を下さいなんて言ってしまうと奈保さんから絶対にダメだと言われるのが分かっていたからこう言うふうに盗書をしておいた。
「そう」
「うん。もうしばらくお付き合いよろしくお願いします」
僕は頭を下げる、とポンと頭に小さな衝撃がかかる。彼女なりの返事だろう。しばらく沈黙が続いていたけど嫌じゃあなかった。空気感で会話ができた気がした。雰囲気と言うかなんと言うか。無言の中にもこそばゆい空気を感じながら歩いているとピタリと彼女の漕ぐ手が止まる。不思議に思った僕は彼女の顔を見てみるといつも通りの表情。
「どうかした?」
「ごめんなさい。ちょっと用事を思い出したから後はあなただけで現場に行って」
「別にいいけど何かあったの?一応、奈保さんから報酬を貰う約束をしたんだから帰りは一緒に帰ること。僕と一緒に現場に行くってのは上司からの命令なんだから。もしも面倒くさいって理由でそんな事を言いだしたんだったら奈保さんに言いつけて事務所にあるおしるこを撤廃してもらうからね」
そう言うと彼女はばつが悪いような表情をするとまた漕ぎだす。
「やっぱり面倒くさかっただけなんだな」
ため息をつくと白い息が体から出てくる。次はもう一度大きく口から夜空に向かってはきだす。真っ白な息はすぐに黒の空へと飲み込まれて行く。妙に薄気味悪くすぐさま視線を落とす。するともう一度遙堪の手が止まる。また、面倒くさいと言い始めるのかと思い注意をしようとした瞬間。
「ここも何かありそう」
そう言うと彼女は少しうす暗い路地裏に指をさす。辺りを見渡すと探していた物が目に入る。
「麻酉区か・・・僕たちが行こうとしていた場所から一キロも離れていないね。何を感じる?」
「分からないけど何かを感じる」
彼女特有の予知夢。寝ている時に夢として見るものだと思っていたけど彼女の場合は少し違うらしい。予知夢と言うより少し先の未来が見えると言った方が分かりやすいかもしれない。と言っても僕は信じていないんだけど。単なる人より少しだけ感が鋭い(おおきい)と言うだけだろう。「まあ、お前は信じれないだろうけど。でもそれで良いと思うよ」奈保さんが笑いながらそんな事を言っていた気がする。
「どうする?ちょっと様子を見て来ようか?」
僕は彼女が指をさしている場所へ歩きだそうとした瞬間にコートの裾を掴まれる。
「それでいいの?」
「ど、どう言うこと?」
「・・・いえ・・・いいの。それでいいのなら」
「?」
そう言うと彼女は先に指をさして裏路地へと向かい漕ぎだす。慌てて僕も遅れないようについて行く。すると少しばかり腐臭がしてくる。誰かの食べ残しが不法の投棄されそれが腐敗したものだろう。ジメジメとして息も若干しずらい。こんな所になにがあると言うのだろう。
「ね、ねえ?遙堪はこの先になにがあるのか分かっているの?」
「・・・」
「ここでだんまりってどうなの!?」
「もう少ししたらそこだから」
「うっ・・・」
腐敗臭が先ほどよりも濃く漂っている、と思っていると遙堪がピタリと手を止める。
「ん?ついた?」
「・・・」
「・・・な、何だよ・・・これ」
僕の目の前には一人の人間が立っていた。しかし、その姿があまりにも変貌しすぎ体全身が震えだす。普段手がある場所には足があり足がある場所には手が縫い付けられ、目、鼻、口には糸らしきもので縫い付けられその場所からはダラダラと流血している。その人間は未だ何か縫われている口を動かし何かを伝えようとしていのか微かに声が縫い口からもれる。
「・・・ぁ・・・が・・・ぐ・・・がが」
「うっ・・・おぇ」
僕はたまらずその場で嘔吐してしまう。遙堪はそのままジッとその人間を見つめるだけだった。