/蠟燭片鱗 25/122
いくら質問をしても彼女はだんまりを決め込んだのか何も返答はなかった。それでも質問をし続ける彼も彼だがその質問を全て無視できる彼女も彼女で特異なのかもしれない。大体の人間は何かしらアクションを起こすなりするのだろうけどそれもない。ただ、黙り車椅子を走らせているだけだった。質問を諦めたのか彼もまた微笑みながら小さく息を吐き彼女の横を静かに歩き出す。病院を出ると日差しが二人を襲ってくる。風は吹いているためさほど暑さは感じないのだけれどジワリ、ジワリと体感温度は上がってくる。
「やっぱり天気がいい日はこう言う風に外に出る事はいいね」
「病院に入るときと違ってなんだかいつも通りの表情に戻ってるのね。貴方って結構図太い性格してるのね。忘れていたわ」
相変わらず棘のある言葉を投げつけてくる。相変わらずの扱いなのだけどどうしてかいつもの日常な気がして笑みがこぼれてしまう。生きていると言う実感がこの上なく幸せであると再認識出来たからである。ふと何を思ったのか彼は普通の会話ではありえない事を口にし始める。
「僕さ。きっともうすぐ誰かに殺されると思うんだ。誰もいない暗い場所で。それも一人の女性に殺されてしまう気がするんだよね。誰もいない真っ暗な空間でさ。もしも、死んでいる僕を見つけたらさその時は火葬なんてしなくていいから海にでも捨てておいてよ。お願いするね」
「天気が良いね」なんて聞いているかのような軽い口調で彼は彼女に遺言のような言葉を向ける。一瞬、彼女も彼が何を言っているのかさっぱりだったのか呆気にとられるほかなかった、が彼は至って本気の様だった。つい完全に無視、存在を消すという決心を忘れてしまい本心を口に出してしまう。
「・・・どうしてそんな事を急に言いだすの?また、怒られるわよ?」
するとまた、彼はクスリと笑い空を見上げながら言葉を口にする。
「いや、なんとなくだよ。なんとなく僕は死の星の下に居る気がするんだ。僕だって命を捨てたいなんて一ミクロも思っていないさ。だけど、もしもの時だよ。他の誰かが死体を見つけたら驚いちゃうでしょ?だから僕を知っている遙堪なら僕の死体を見たところで驚かないだろう?だから言っておくだけ」
相変わらずの意味不明な理由に彼女は呆れてしまっているのか小さく誰にも気がつかれないように息を吐く。
「・・・そう。分かったわ。だけど、死んでもいないのに死んだ時の事を考えるなんて浅はかだと私は思うわよ。そう言う事は死んだあとにでも考えれるでしょう。それに海に捨てても浮き上がるからそれこそ大事になるとおもうけど?」
そう言うと彼は「確かに」なんて口にしながら笑う。遺言のような彼の言葉は真っ青な空へと消えていく。しかし、彼は今の空のように快晴、すっきりとした表情で悠々自適に歩いているのだけれど横で車椅子を漕いでいる彼女は大変御立腹であった。思っている事をあまり顔に出さない彼女は何を考えているのか分からない。だけど今は彼に本気で腹を立てている事は誰にでもわかる事だった。命の重さを一番よく知っているはずの彼がそんな事を言うなんて思ってもいなかった。寧ろ、怒りと言うよりも裏切られたと言う気持ちが大きいかった。この気持ちをどう彼に八つ当たり(しかえし)してやろうか考えているとピタリと隣を歩いていた彼がいないことに気がつく。辺りを見渡してみると少し後ろの方でテレビを見ていた。無視をしても良かったのだけど妙に気になったため車椅子を反転させ彼の元へと向かう、と彼の表情は先ほどの笑顔とはうって変わり険しい表情へと変わっていっていた。ふと視線を向けてみると、チャンネルは違うのだけれどどのテレビも同じ映像が流れ慌ただしい声が聞こえてくる。
「殺人があったみたい」
改めてテレビへと視線を向ける。事件現場があった場所が映し出される。その場所はつい最近見た事がある場所。殺されたのはその教会で教祖をしている中年の男性らしい。詳しい事はまだ分かっていないのかテレビの向こう側は慌ただしくマイクを持った男性、女性が教会の前に立ち警察の動きを実況しているだけだった。するとテレビ画面から大きな爆発音らしきものが響き渡り画面は粉じんのせいか灰色一色になり悲鳴だけが流れてくる。悲鳴。悲鳴。悲鳴。一瞬、壊れる前は きっと芸術品のようにされていたであろうステンドグラスが見るも無残に割れ辺りには夥しい血痕が映し出されすぐさま画面が少しお待ちくださいと言う文字だけが映し出される。テレビの周りいた人々も小さな悲鳴をあげていた。人が集まりだしたためその場を避けるように歩き出す。深く、重い声で問うてくる。
「これって偶然かな?」
「詳しい事は分からないけど偶然ではないでしょうね」
「なにか感じた?」
返答次第では彼はきっと走り現場に行ってしまうだろう。きっと彼が求めているであろう答えを言ってしまうと彼女は彼が言っていた遺言のようなことを実行しなければいけないだろう。自分の一言で人の運命が動くことを感じてしまったため彼女は返答する事を一瞬ばかり躊躇してしまう、が彼に迷いが悟られないようすぐに返答をする。
「・・・いえ。何も感じなかったわ」
「そう・・・とりあえず戻ろうか」
「・・・そうね」
なにか心の奥に黒い突っかかりを感じたのだけどとりあえず僕たちはビルへと戻ることにした。なにかとんでもないモノが水面下から顔を出し始めている気がしてならなかった。




