蠟燭片鱗 2/?
エレベーター前では先に向かった遙堪が静かに待っていた。全身黒色の服を着ているため一瞬車椅子だけがその場に置いてあるように見えなくはない。僕は隣まで歩き立ち止まる。本当は彼女の真横に立ちたくはないのだけど、以前何気なく後ろに立っていると夜叉の様な表情で睨みつけられてしまった事がある。睨みつけられただけで血液、心の臓を数秒止められてしまったような錯覚に囚われてしまった。それ以来、たとえ気のせいだとしてももしもの事があっては怖いのでこうして遙堪と共に行動するときは真横に立つことを意識している。
「なあ、どうしてついて来ようと思ったの?」
「・・・」
ただ黙っているだけでもつまらないので少しだけコミュニケーションを取ってみようと思ったけど予想通り無視をされてしまう。と言うより彼女は無駄な会話があまり好きじゃあない。見た目よりも必要な事は喋るし表情も豊か。それなりに意思疎通もでき寡黙と言う訳でもない。今は寝起きなのかいつも以上にご機嫌はよろしくない。だからと言ってここで話しかける事を止める理由もなかったので彼女に向けて独り言をつぶやくことにした。
「そう言えばさ、最近できたコンビニに行った事ある?あそこは二十四時間営業をしているお店らしいよ。なんでもとはいかないけど結構な品物が置いてあるらしい。食材はもちろん少量だけど雑貨も置いてある。そんなお店が二十四時間営業をしているって不思議じゃあない?これじゃあ、僕がよく利用している店が閉店に追い込まれてしまわないか心配だよ。あそこはまったりとしてじっくり品定めができるからいいんだよね。と言っても僕はまだコンビニなる店に行った事が無いからどちらがいいのかなんて分からないんだけど」
カツっと床を蹴り横を向いてみると先ほどとまったく表情が変わってはいないように見えたが少しだけ口元が動く。すると会話の中に何か気になる事でもあったのだろうか?ゆったりとこちらに顔を向け墨をかけたかのような漆黒色の髪の奥から遙堪の瞳が見えてくる。
「・・・」
遙堪の顔を僕は何度も見た事がある、がいつ見ても芸術品と言ってもいい顔つきでいつも生唾、言葉を飲んでしまうほど警戒してしまう。顔が整いすぎてこの世とは思えない作品。左目は赤く、右目は真っ黒な色。虹彩異色症と言うのも手伝ってか余計に自然造形ではなく人工造形に見えてしまう。
「・・・あるの?」
「ん?」
「そこにおしるこは売っているの?」
「お、おしるこかー。どうだろう?帰りにでも奈保さんの夜ご飯を買うついでに寄ってみようか?実を言うと僕もちょっと興味があって。だけど、一人で行くのは心細くてさ。遙堪が一緒に行ってくれるならそれこそ嬉しいんだけど・・・どうかな?」
「・・・」
その問いかけに彼女は小さく頷く。そのちょこんとした仕草が醸し出している雰囲気とは百八十度違いつい口元が綻んでしまう。職場に来てもいつも同じ姿勢ばかりで人間らしい動作、仕草をするところは最近見ていなかった。久々に人間らしい動作を見た気がする。
「そう言えばさ。遙堪の家に行った事が無いけどこのあたりなの?」
当たり障りのない会話を選んだつもりだったのだけど彼女にはお気に召さなかったようだ。また、だんまりを決め込んだのかジッとエレベーターのドアを眺めているようだった。ため息をすると少しだけ白い息が漏れる。今さらだけど部屋よりも気温は低い。両手を擦り暖を取る。気になりだすと人は終わり。廊下の冷たさが両手、両足に襲いかかってくる。両手で擦り両足で迷惑にならない程度で足踏みをするけど一向に暖かくならない。遙堪はいつも通り停止している。寒さにでも強いのだろうか。
「あ、そう言えばさ」
いつもなら聞かないはずの質問を彼女にしてしまう。きっと僕が今から聞こうとしている質問なんて彼女は知るはずがない。だけど、少しでも寒さの気を紛らわせるために聞いたに違いない。
「遙堪はあの事件のこと知ってる?」
「ええ」
「あれってさ、奈保さんは意外に楽観視している事件だけど結構な事件だよね?」
「何を基準に結構か分からないけど頭はぶっ飛んでいる人がやった事は間違いないでしょうね」
すると一枚の紙を僕にさし出してくる。一瞬、彼女が何をしているのか分からなかった。それぐらい僕にとっては意味不明な仕草。普通の人にとってはただ女の子が男性に紙を渡している様に見えるのだろうけど僕には遙堪のその行動が意外過ぎて紙を受け取れずにいた。
「どうしたの?」
「あ、いや」
彼女の言葉と共に思考が動き出し紙を受け取る。そこには手書きとは思えない達筆な字がずらずらと書かれていた。そこで目に着いた単語が【夢彌痾】【蝋】【錆びた鎌】【年齢10歳以下】と言うものだった。
「これは?」
「被害者のリスト。死体が見つかった場所。発見された死体解剖の結果」
「こんなもの・・・よく調べれたね」
「まあ、このぐらいはね。でも、あなたの直観には敵わないわ」
「そんな・・・僕は別に何も持っていないよ?ただ、【気がする】だけだから。奈保さんからは頼りにならないなんてよく言われるよ」
「そう?私は結構アナタの力は買っているけど」
「な、なんだか遙堪に褒められると嬉しいと言うか怖いな・・・ハハッ」
「素直なところもいいと思うわ」
そう言うと彼女はもう一枚紙を出し見始めたので僕も手に持っていた紙に目を通す。すると先ほど以上に鮮明に死体発見の事が事細かく書かれていた。
「うっ・・・」
資料に目をやっているとムカつきが止まらなくなりポケットにあるハンカチで口を塞ぐ。そうでもしなければ僕はきっと嘔吐してしまっていただろう。文章でも残虐すぎる光景が頭の中に蘇る。と言うより何故か被害者である人物の意思がドバドバと頭の中にが入ってくる。グルグル、グチャグチャと頭蓋骨を砕かれ脳みそをぐちゃぐちゃにされている様な気持ち悪さ。
「う・・・が・・・」
「どうしたの?」
「はっ!?」
横を向くと遙堪が僕の顔を覗き込むように見ていた。気がつくと僕は地面に膝をついていた。ドクドクと心臓は脈を打ち続け呼吸もままならない状態だった。そんな姿を見てか彼女は少し身を乗り出し背中をさすってくれる。徐々に体の緊張もほぐれていく。
「ゴメン。なんでもないよ。もう大丈夫だから」
そう言い僕は深呼吸を数回繰り返し立ちあがる。急に変な行動を起こしたものだから遙堪は驚きを隠せないようで未だ僕の方を見ていた。大丈夫だと伝えるように笑顔を向ける。僕の表情を見て安心?したのだろうまた彼女は一定の方向へ視線を向ける。一体あの感情は誰のものだったんだろう。




