/蠟燭片鱗 21/?
事務所を出た瞬間に大きなため息をしてしまう。奈保さんには怒られるだろうけど自分の先ほどの行動、発言に後悔をしてしまっていた。どうも、後先を考える ことなく動いてしまうところがたまにあるのが自分でも面倒くさい、と思ってしまう。下に降りようとエレベーターへと向かい歩き出す。外はまだ明るくにぎやかに車や人が忙しそうに移動をしている。エレベーターがくる間、ジッと何も考えず景色を見ていた。
「怪我人は怪我人らしく大人しくしておいた方がいいんじゃあないの?」
後ろから遙堪の声が聞こえてくる、が何故か振りむくことに躊躇してしまう。別に彼女と面と向かって話しをしても気まずいなんて思わないのだけど、どうしてかこの心理状態ではそのいつも通りの事ができずにいた。
「あ、心配ありがとう。でも、大丈夫だよ。それに僕はまだやらなきゃいけない事があるし」
「やらなきゃいけないこと?」
「うん。気になるんだ」
「ふふっ」
何故が面白かったのか彼女はクスリと静かにほほ笑んでいるようだった。不思議に思えた僕は相変わらず視線は外を向けたまま自然と彼女に質問をしてしまう。
「何か面白い事を言ったかな?」
後ろから彼女は僕の質問に対して答えてくれたのかそれともただの一人ごととして発したのかは分からないのだけど、小さな声でひっそりと秘密ごとを喋るようにつぶやく。
「面白いと言うより・・・櫨谷くんは死に場所を探しているように聞こえたから。ちょっとオカシイと思っただけ」
「え?」
目的の階に到着したエレベーターのドアが早く入れと言わんばかりにドアを開け待っている。遙堪は何事もなかったように乗り乗り込み、ふと我に戻り彼女の後を追うように入る。
「ちょっと質問してもいいかな?」
彼女も少し意外そうな表情をしながらもコクリと小さく頷く。
「人はどうして後悔するんだろうね」
「さっきの話しの続き?」
「あ、うん」
「そうね。瑞穂さんも言っていたけど別に後悔をする事は悪いことじゃあないと思うわ。人は後悔をすることで成長して行くものだと思うし。だけど、櫨谷くんは後悔をしている演技をしているように見えるのよ」
「え?フリって・・・実際に僕は後悔をしているよ」
「そう・・・実際、人の心の中なんて分からないから・・・本人がそう言っているのならそうなんでしょうね。けど、櫨谷くんって人として思考がズレている気がするわ。普通の人間なら殺されかけた場所にそう何度も行こうなんて思わないもの。それに・・・」
彼女が言葉を続けようとした瞬間、エレベーターは目的地に着いたのかガタリと音を立て扉が開く。開いたドアの先からは轟々と先ほどは聞こえなかった雑音が耳に入りこんでくる。遙堪は先に降りて行く。つられ降りる、と疲れが取れていないのか少しばかり歩いて話しをしただけなのに呼吸が乱れてしまう。小さく息を吐き歩き出す。外へ出るとよりいっそうに雑音が耳に入ってくる。色々な感情が体に入りこんでくる。何故かいつも以上に誰かの感情が自分の中に入り込んでくる気がした。少し立ち止まり精神を落ち着かせていると遙堪が器用に車いすごとこちらを向いてくる。
「どうかした?」
「何でもないよ。ありがとう。行こう」
「そう」
そう言うと彼女は向きを変え漕ぎだしたのでゆたり、ゆたりと歩き出す。ビルから外へ出ると眩い日差しが目に入ってくる。すると何を思ったのか彼女は視線をこちらに向けたまま止まっていた。僕の顔に何か変なものでも付いているのだろうかと思い顔をガラス越しで見ても気になるようなものは見当たらなかった。もう一度彼女に視線を向けて見てもずっと同じ体勢でこちらを見てきていた。
「櫨谷くん。早く行きましょう。それに何度も言いたくないけど・・・」
彼女は何を言いたいのかを思い出す。【これ以上喋らなくてもいい】そう言う意味を込めて咄嗟に左手を突き出し彼女が続けようと思っていたであろう言葉を制止させる。気を使わせないよう小走りで彼女の隣まで向かう。歩くたびに全身の筋肉、骨が悲鳴を上げている。何気ない日常の当たり前の動作をするだけでも色々な筋肉を使っていたんだと実感させられる。少しの振動が全身に伝わるたびに骨の髄まで軋んでくる。ズキズキと骨を直接鉄筋か何かで殴られているような痛みが襲ってくる、がそれでもその痛みを感じることで生きていると言う実感があり幸福だと思ってしまう。
「と言うより、どうして遙堪はここにいるの?」
当然のように彼女は僕の隣で車椅子を漕いでいるけど、な今さらながらな疑問を抱いてしまう。自然すぎて疑問すら出て来なかった、が考えて遙堪が僕と一緒に行動をするなんて滅多にない、のにこうして行動を共にしている。大体一緒に行動する時は奈保さんの命令があるとき以外は家に居るか事務所に居るかだ。と言うよりも彼女がこんな時間に事務所、外へ居ると言う事が奇跡に近い。
「だって、櫨谷くん病院に行こうとしているんでしょう?場所知っているの?」
彼女はそう言ってくる。確かにそうだった。何も考えずただあの雰囲気に押され出てきていたことを忘れていた。よろしくの意味も込め彼女に頭を下げる。遙堪がここまで面倒見が良かったなんて付き合いが長いけどこう言った優しさは初めてのことだった。
「でも、本当によく生きていたわね」
「ん?」
一人ごとだったのかもしれないけれど彼女が発した言葉に反応をしてしまう。すると彼女も一人ごとから会話へと変えてくれたのか話しを続けてくる。
「あの教会は以前から黒い話しがあったの」
「黒い話し?」
「ええ。あそこに居る教祖は熱心な蠟燭奇心の収集家と言われていてね」
「ドールライター?」
聞きなれない単語。と言うよりも初めて聞いた単語であったけど、ふとその単語を聞いた瞬間に薄気味悪い廊下の置物を思い出してしまう。
「ええ。その蠟燭奇心の・・・作品と言っていいのか分からないけど、作り方が特殊なの」
「特殊?」
「生物を蠟燭で固める。生きたまま生物の血を抜きつつ蝋を口から流し込んで内臓までも蠟燭漬にしていくという非人等的な作業で創るの」
「な、なんだよそれ」
「初めて耳にする?十五世紀ぐらいに貴族の中で流行した拷問よ。と言っても表沙汰にはなっていない・・・黒い歴史ね」
身の毛もよだつとはこういう事だ。非人道的な行為とはこの事を示すものだろうと思ってしまう、と同時にある事に気がつく。それは今世間を騒がせている事件との関連性だ。どちらにも蠟燭が使われている。妙な緊張感が辺りを包んでくる。ドクンドクンと鼓動が脈を打つ。
「と言っても彼はただ純粋に蠟燭奇心の収集家よ。生き物を蠟燭で固めているものを見て喜ぶとか素敵な趣味とは言えないけど」
僕の緊張感とはうって変わり彼女の反応は至って通常営業であった。
「収集家って言っているけどその人が今回、世間を騒がせている事件の首謀者ではないの?」
知っているはずもない質問をしてしまう、が彼女は口を開く。
「彼はただの収集家。そんな大それたことはしないと思うわ」
「そうなの?」
「確信的な理由は無いけど、私はそう見ているわ。一人の老人ができる所業じゃあないもの。特別な力を持っている訳でもないし」
「ん?特別な力?」
「なんでもないわ」
「じゃあ、今回起きている事件と夢彌病の関連性はあると思う?」
「夢彌病?」
「うん。報道では犯人は夢彌病発症患者だろうって資料に書いてあったからさ。遙堪はどう思っているのか聞きたくて」
「はっきりと断定はできないけれど夢彌病ってある種の嘘みたいなものだと私は考えているの」
「デコイ?」
「ええ。証拠なんて一つもないけど夢彌病はそちらに意識を向けさせるために意図的に発症させているだけな気がするの。本当はもっと何か重大な事が」
「誰かの意思で発症させられている病気・・・か。と言う事は記載されていた事は嘘かもしれないってこと?」
「それは分からないわ。私が櫨谷くんの答えになれる訳ないもの」
「そりゃあそうか」
疑問は残ってしまうのだけど遙堪がそう言うのなら本当に彼女はそう思っているのだろう。それにまだ確信的な事が分かっていない今何を考えようが確かに全てが怪しく思えてしまう。僕の中では奈保さんの友人も怪しいカテゴリーに入ったまま。友人は何かしらの秘密を知ってしまい口封じに殺されてしまったと睨んでいる。会話は終わり黙って歩いているとすれ違う人全てが一度は遙堪の方へと視線を向ける。気持ちは分からないでもない、けど流石に露骨に見てくるだけならまだしも、その後にこそこそと話しをしているのが気にいらない。当の本人はそんな視線を気にも留めていないようだった。常に凛とした表情、姿勢で車椅子を漕いでいる。どんな色にも染まる事がない漆黒色の髪を靡かせている。その姿は勇ましくも見えてくる。しばらく歩いているとピタリと漕ぐ手が止まりある建物の前へと着く。
「ここが薦津夏花が入院している場所よ」




