02:そして物語は動き出す
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「じゃあね、光夜」
「……おう」
少し不貞腐れた声で幼馴染に別れを告げる光夜。
いつも帰りは風音と一緒なのでその点に不満があるわけではない、しかし不機嫌だ。
彼が不機嫌なのも当然のことだ。気絶し、気付いたら家の前。これが光夜の不注意で気絶したのであったならどこにも不機嫌になる要素はない。むしろ感謝し、風音に恋愛フラグの1つでも建ったかもしれない。だがそんな事実は一切なく、訳の分からない理由で殴り、光夜を気絶させたのは風音だ。その本人が何の反省もせず、いつもと同じような態度で帰って行ったのだから仕方ないだろう。むしろ殺害フラグが建たなかっただけマシかもしれない。
慣れただけかも知れない。
「…ったく、酷い目にあった」
風音が自身の家の向かいにある家の敷地内に入ったことを確認してから独り愚痴る。家の中に入ってから安心しきり悪口を言ったら後ろにいた、ということが昔あったのだ。風音に聞かれたらまた殴られるかもしれない言葉であったから確認してから呟いた光夜を誰が責められようか。
「しかも何か背中が焦げ臭いし……」
引きずられながら帰ってきたのだろうと予測し、はぁ、とため息をつく。まだ家の中には入っていない。家に入るということは毎日行うことではあるが、光夜にとってはそれなりに勇気のいる行動なのだ。意を決して家のドアを開ける。光夜の家は二階建ての一軒家だ。彼が家に入るのに勇気がいる理由は1階の一番奥の部屋にある。今日は明かりが点いていない。ホッと先ほどとは違い安堵のため息を吐く。そんな自分の心の動きに軽く苛立ちながらその部屋に向かい、扉を開きそこで寝ている2人に小声で告げる。
「ただいま。父さん、母さん」
◇◇
光夜は両親に挨拶した後、私服に着替えてキッチンに向かった。風音のせいで買い出しに行けなかったので冷却の魔法を込めた魔法具である冷蔵庫の中身を確認する。
特定の魔法を魔水晶と呼ばれる特殊な石に込めることで魔法の維持を可能にする道具を魔法具といい、様々な種類のある魔法具は生活になくてはならない物となっている。しかし魔力を一定量注いでおかないと効力を失ってしまう若干不便な代物である。魔力とは魔法を発動するために必要な世界に満ちている力で、個人が体内に取り込める総量は決まっている。今のところその絶対量を増やす方法は見つかっておらず、多く取り込める人間を魔力の多い人間、逆に多くは取り込めない人間のことを魔力が少ない人間としている。魔力の少ない人は代理人を雇ったりしていて、その金は国が支援の一環として支払っている。幸いにも光夜はそんなことを考慮する必要はない。
冷蔵庫に残っていた肉類は豚肉、薄いハム。野菜はキャベツ、ニンジン、玉ねぎ、ピーマン、レタス。魚貝類はなかった。
「そろそろ暑くなってきたし……この材料なら冷しゃぶにするかな」
今晩のメニューを決定した光夜は米を研ぎ、炊飯器の魔水晶に魔力を込める。これで後30分ほど待てば米は炊きあがる。
「ふんふふーん」
鼻歌を口ずさみながら野菜と肉を切る光夜。その姿はどう見ても料理好きな女子高生にしか見えないのだが生憎それを指摘する者はいない。見ても何も言わない人物ならいるのだが。
切った肉を煮た後、灰汁を取って同じ鍋でレタス以外の野菜を煮る。野菜を煮ている間に肉を冷水で冷やす。煮終わった野菜も同様にし、同じ皿に盛って冷蔵庫に入れる。かかった時間は約10分、ご飯が炊けるまで後20分近くある。余った時間は洗濯物を取り込んだり軽く掃除をしたりして潰す。
そして炊きあがるとまずは寝ている父と母用にご飯と冷しゃぶを弁当に詰め、2人の寝室の前に置きにいく。
その後自分のご飯をよそい、自家製のゴマだれを冷しゃぶにかけて食べる。
「いただきます」
◇◇
ビルの屋上に男が立っていた。歳は30を越えたくらいだろうか、高級そうな黒のスーツを着て、サングラスをかけており、顔には野性味が溢れている。
「ボスはなんだって俺をこの街に……しかも……」
呟かれる言葉の意味は分からない。何も知らない者が聞けばどこかの会社の幹部が何らかの理由で左遷され、お世辞にも大きいとは言えないようなこの街にやって来たのだと捉えるだろう。いや、実際にそう捉えた者がいた。
「お、おいアンタ……じ、自殺なんてするんじゃない!」
ビルの屋上でミスリードさせるよう仕向けられた言葉を聞き、たまたま掃除に来ていた業者の老人は当然のように勘違いする。
いかにも高給取りです、という格好であるのはこれから死に逝く自分への手向けだろうと考えた。確かに男の格好は死者への手向けのつもりであった。しかしそれは男自身へ向けた物ではない。
この街の、これから滅び行くこの街全ての人間へ向けた物だ。
男は掃除業者の老人に対して薄く笑う。老人はそれを考え直してくれた笑顔だと受け取った。
「生きていればいいこともあるって。なぁアンタ呑みに行こう。金は気にすんな、ワシのおごりだ」
後の掃除はこの屋上だけなんだ、そう言って男の肩に手を置こうとする。
しかしその行為は強制的に実行不可能にされる。
黒いナニカが地に落ちる。それが何なのかを認識しようとした瞬間焼けるような痛みに襲われる。否、実際に焼かれていた。先ほどの黒い物体は老人の右手、腕まで燃やし尽くした火はそのまま老人の命まで燃やし尽くす。
「あ、え……?」
言葉にならない声を最期とし、老人はこの世を去った。それを行った男の表情に後悔は見られない。あるのは面倒くさそうな表情のみ。
「あーあ殺しちまった。どうせ来週には全員死ぬんだからいいんだけどな。……あのクソ野郎がここに着くのが来週、計画の第1段階開始もそれまでおあずけ……取りあえず今週はこの街をゆっくり眺めるとしても、今日はどうするかな……感づかれる前に移動……よし、呑みに行くか」
先ほどまで生きていた老人だった塊にはもう一瞥もせずに男はビルをあとにした。
◇◇
「ごちそうさまでした」
食事を終えた光夜は食器を片付け終わると明日の弁当の下準備をする。それも終わると外に出る準備をする。時刻は午後7時この時間から外に出るのは本来ならよくはない。それは決して見た目美少女な男の娘が夜の街を歩くことが危険だというだけではない。ちゃんと他の、それこそ世界中の人間が、例え幼い子どもであったとしても知っている理由もある。
それでも光夜は外に出る、それも毎日。
外に出る理由は3つあるが、そのうちの1つの占める理由がほぼ全てで他の2つはそのついででしかない。
光夜は両親に出来る限り会いたくない。会えばきっと自分は傷ついてしまう、だから会わない。本心ではどれだけ話したかったとしてもあの苦しみを味わうくらいなら会わない方がマシなのだ。
風音と出会う1週間と少し前、光夜の両親は一度倒れた。光夜はずっと泣いていた。しかし深夜になると2人とも起きたので当然のように喜んだ。
そして直後、幼い少年は絶望した。狂う1歩手前まで行った。そして少年は──
それから光夜の両親は夜中に起き、ご飯を食べ、明け方に寝、そしてまた昼にご飯を食べに起きてまたすぐに寝るという独特な生活スタイルになった。だからその時間光夜は外に出る。授業中寝続けるのはその反動。どうしても辛いときは最終手段を使って眠気を飛ばす。……最終手段という割りに結構使っているのだが|向こうがいいと言っている(・・・・・・・・・・・・)以上いいのだろう。
靴紐を結びドアを開ける。
「いつか、きっと──」
言葉の続きは光夜の心の中で紡がれた。
◇◇
光夜が帰ってきたのは午前5時。それから30分かけてお弁当を作る。光夜だけならば昼食を学食で済ませてもいいし購買で買ってもいい、むしろ睡眠時間を考えるとそうすべきなのだろう。しかし両親の奇妙な生活スタイルのせいでそうする訳には行かない。作り終えた光夜は両親の寝室の前から夕べの弁当箱を回収し、交換する。
「ふぁーあ、おやすみ」
自身の寝室に戻った光夜は虚空に向かって挨拶をし、意識を闇に落とした。
◇◇
「毎日のこととはいえ……眠い」
目覚めた後眠い、眠いとひたすらに繰り返す光夜。遅刻のタイムリミット、つまり学校の本鈴が鳴るのが8時40分。家から学校まで急いで歩いてかかる時間が17分。そして今は8時20分。着替えたり歯を磨いたりトイレに行ったりしていたらギリギリだ。朝ご飯を食べる余裕などないがお弁当のおかずを味見しているのでそこはなんとかなる。だからといってやはりギリギリなので急ぐ必要がある。
「今日は早起きだな俺」
なのに出てくる言葉はこれ。光夜にとって走らないで間に合う時間は全て余裕とみなされるのである。朝のルーチンワークを2分で終わらせ家を出る。
「行ってきます、父さん、母さん」
◇◇
時は少し遡り、8時を少し過ぎた頃、風音は自宅のリビングでニュースを見ていた。
──今日未明、○○区××のビルに焼死体があるとの通報があり、警察がその場所に向かったところそのビルで清掃活動を行っていた63歳の男性が遺体で発見されました。付近にかすかに魔力の使用痕跡があったため火属性魔法による殺害と見て捜査を開始しました。なお情報提供者も重要参考人として探していますのでお心当たりのある方は最寄の警察までお知らせください。夜間の捜査はSSOが担当するとのことです。では続いて──
「この街じゃないか……」
いつもは軽く見るだけのニュースも流石に自分の街の名前が聞こえてきては興味を引かれる。そのままずるずると他のニュースを見ている間に時刻は8時23分、結構ギリギリである。
「やばっ、行ってきます」
「いってらっしゃい、気をつけるのよ」
「分かってるよ」
朝ご飯の食器を片付けている母に声をかけ鞄を取って外に出る。すると見知った顔を見つけたので風音は走って追いかけることにした。
◇◇
「あ、10円見っけ」
遅刻しそうな割に呑気な理由で立ち止まり、拾うためにかがみこむ。これは後に光夜が人生のファインプレー10選にいれる行動となる。
「きゃっ」
「うわっ危ねぇ」
光夜がかがみこんだ直後、頭上を風音が通り過ぎる。ドロップキックが失敗した風音はバランスを崩しながらも何とか着地する。
「何をするのさ!」
「こっちの台詞だ!」
背後からの攻撃を偶然かわした光夜に対し文句を言う風音にキレる光夜。
「何だい、逆切れかい?」
「正当な怒りだ!背後からドロップキックされたのに怒らない奴はただのドMだ!」
「違うのかい?」
「当たり前だ!」
その後も立ち止まったまま罵り合いを続ける2人。そうこうしている間に本鈴の鳴る時間は近づいてきている。
「ってこんなことしてる場合じゃないんだったね。遅刻するよ光夜」
そう光夜に言って風音は駆け出す。
「誰のせいだ、誰の」
本当に遅刻しそうになったのは風音のせいだが、元はと言えばこんな時間に家を出る自分が悪いという事実を光夜は棚上げした発言をしつつそれに続く。光夜が追いついたところで風音が再び口を開く。
「そういえば今日転校生が来るらしいよ、君は昨日の終礼寝てたから知らないだろうけど」
「誰のせいだ、誰の」
先ほどと全く同じ台詞。ただし今回の過失は100%風音にある。その光夜を無視して転校生の話は続けられる。
「すごい可愛い娘らしいよ、昨日職員室に来てたのを宮崎が見たらしいんだ」
「へぇ……宮崎の言うことはイマイチ信じられないけど女子に関しては信じられるからよっぽど可愛いんだろうな」
「君は一体アイツをどんな目で見ているんだい?」
「俺の親友で変態」
「親友って言うのかな、それは?」
光夜は若干目を泳がせ、それに答えない。なお2人とも走りながら喋っているにも関わらず呼吸が乱れる気配はない。
「まぁいいさ。ボクもアイツは変態だと思うしね。……それを聞いて興味とか湧かないの?」
「美少女なら見慣れてるしな」
「え?僕のことそんな風に見てたのかい?僕には光夜と付き合う気なんてないんだけど……」
「鏡見て、普段の自分の行動を省みてから喋れこの微少女が……全く、あの2人からどうやったらこんなのが産まれ……うおっ」
失礼なことを言う光夜にジャブが飛ぶがそれを寸でのところでかわす。
二度目になるが風音は別に両親に似ていない訳ではなく、組み合わせ方を間違えているだけで実子である、念のため。
「ち、外したか。じゃあ何だい?自分の顔だとでも?」
「んーまぁ微妙に違うけど大して外れてな……いや、俺は男だから大外れだよ馬鹿!」
要領を得ない言葉と譲れない一線を光夜は口にする。
そうこうしている間に学校につく。
将来に最も深く関わることになる少女と光夜が出会うまで、あと10分。
光夜「◇◇を使った場面転換多すぎないか?」
作者「……許せ、ワードで下書きしてる時は1行空けるだけだったんだが、見やすくしようと他の所も空けた結果だ」
光夜「なら下書きの段階か場面転換が多すぎたんだな」
作者「つ、次からは気をつけます」