自動販売機午後八時
僕は寒さに震えながら公園のベンチに座っていた。数十分前までは家で布団に包まってゲームをしていたのに、今は寒空の下で星を数えている。元凶は『ひま。出てこれる?』という一つのメール。安っぽい金属で作られたベンチが体感温度を下げているような気がした。
指の先が動かなくなり、凍ってしまったんじゃないかと不安になる。指定された時間を十五分ほど過ぎ、ブレーキに悲鳴を上げさせ、公園のすみに自転車が止まった。
小走りで近づいてくる影。
「待った?」
「遅い。風邪ひくかと思った」
佐々木の格好は茶色のコートに赤色のマフラー、ベージュの手袋。防寒は完璧のようだ。僕は体を震わし、拗ねたように文句を言う。
「ごめんごめん、缶ジュースおごるからさ」
佐々木は公園の端にある自動販売機に向かって歩き出した。置いて行かれないようにと彼女の肩まで伸びた黒髪を追いかける。『佐々木さんといるときのお前ってなんだか犬みたいだな』友達に言われた言葉が頭をよぎった。
「今日は何?」
「別に。私たち用がないと会えないの?」
普通に聞いたら心拍数の上がりそうなセリフなのに、こいつがいうとからかわれているようにしか感じない。証拠に佐々木の顔は、笑いを堪えきれないとでもいうように真っ赤だ。
何の用かと聞いておいてなんだけど、メールの通りにひまだっただけだろう。こいつはそういうやつだ。
僕と佐々木がなんなのか。僕は正確に言葉にできない。同じ学校に通っていて、よく一緒にいて、昼食を二人で食べることがあって。でも、それは今関係ないことで。だからこんな言葉が僕の唇からこぼれてしまったんだろう。
「僕たちって一体なんなのかな」
佐々木が振り向く様子はない。僕の言葉は冬の風に流されてしまったのだろう。伝わらなかった言葉は発しなかったのと同じだ。少し残念な気もするけど、もう一度同じ言葉をつぶやく勇気はない。
自動販売機に着き、佐々木が五百円玉をいれた。促され『つめた~い』と『あったか~い』の並ぶボタンから僕は商品を選ぶ。この季節に冷たい飲み物を買う人がどれだけいるのだろうと思ったけど、横にはセブンティーンアイスが置いてあった。大人ぶって飲んでいるホットの無糖珈琲のボタンを押そうとしたとき、おかしなものが視界に入った。
『なまあったか~い』
子供の悪戯だろうか。温度表示の部分にビニールテープが張られ、本来ならあり得ない記述がされていた。
「あはは、これでいいよね」
僕があっけにとられている間に、佐々木が笑いながら『なまあったか~い』飲み物を買ってしまった。
「勝手に買うなよ」
そっぽを向いて、僕はまた拗ねたフリ。
「いいじゃん。私は好きだよ? なまあったかいの」
取り出したコーヒーを手に持ち、僕の胸に当てた。
「だからさ、今は『突き合ってる』じゃダメかな?」
俯きながら佐々木はもう一つの手を握り突き出してきた。
僕はそこに無言で自分のこぶしをぶつけ、戻り際の手でコーヒーを受け取る。当たり前のことだけど、コーヒーはあたたかかった。