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夢のうつつ 海の見える町

作者: 一河善知鳥
掲載日:2007/04/23

「ゆかりー。おーい、起きてるー?」


「…。あ、修ちゃん! ごめんね、まだ着替えてないの」


「なんだー、僕、超急いで来てやったのに。五時半って言ったのゆかりだろう」


「うん。なんかね、キンチョーして眠れなかった。だから、後ちょっと待ってね」


「緊張って、引っ越すのは僕のほうなのに」


「いいの! じゃあ、カーテン閉めるね? 覗いたら承知しないよ」


「ばーか」


「どれにしよー…」


「何でもいいから早くー」


「待ってってば、今着てるから」


「んんー…」


「…修ちゃんさ、黒と白どっち好き?」


「…灰色」


「言うと思った! でも、どっちかと言ったら?」


「じゃあ、白がいいな」


「じゃあ、これでよしっと」


「まぁ、Tシャツなんてそんな気にしないけどね」


「だめだよ。最後の日なんだからお気に入りのカッコで行きたいの。…これ持ってて?」


「なにこれ?」


「サンダルだよ。可愛いでしょ? 昨日の夜、こっそり部屋に持ってきてたんだ」


「別に玄関から出ればいいんじゃん?」


「うーん。それはさ、ほら、お母さんたち起こしちゃうじゃん」


「ゆかり、窓からこっそり逃げ出してみたいだけでしょ?」


「えへへ、なんでわかったの?」


「だって、さっき新聞取りに来るお母さん見たもん」


「え、ほんと?」


「うそ。ほんとはただの当てずっぽうだよ。…そんなことより気をつけてね、けっこう窓の位置高い―…ってうわ!」


「あ、ごめん。大丈夫?」


「ゆかりは?」


「おかげで平気」


「じゃ、僕も。もう、そのままはだしで行くかぁ?」


「ええ! ひどい、それ返してよー」


「ほい」


「あ、もー! 乱暴に扱わないでよね」


「シンデレラじゃないんだから。ただのサンダルじゃん?」


「修ちゃん可愛いこというね」


「……ま、ほら、早く行かなきゃ太陽昇っちゃうぞ?」


「うん。わかってるよ。ちょっとうまく穿けなくて…」


「もうヒモしなくていいよー」


「ヒモじゃないよ。ストラップだよ、ストラップ」


「どっちでもいいって。ほら、先行くよ?」


「あ、待ってよ。…よし、穿けた! 修ちゃん、早いよ」


「もう。日の出まであと十二分だってさ」


「じゃ、近道しよう」


「タバコ屋の路地?」


「ううん、今野さん家の庭」


「人の敷地じゃん」


「大丈夫。今日くらい」


「そーいうものかぁ?」


「いいの、いいの。ほら、行こう?」


「急に元気になったね、ゆかり」


「そうかな? だけどどう? 今日のあたし可愛い?」


「わかんないよ」


「あ、もしかして、恥ずかしがってる?」


「いや、別に―…」


「久しぶりだもんね。こんなこと聞くの」


「うん」

「昔は即答で世界一可愛いって言ってくれたんだよ?」


「十年くらい前の話ね」


「ま、幼稚園児だったもんね、あたしたち」


「そうそう」


「でも、可愛い?」


「でもってなにさ」


「…わかんない。後、何分?」


「十分ちょうど。…ほんとにここ入るの?」


「だって、ここ通れば絶対に間に合うよ」


「まぁな。じゃあ、おじゃましまーす…」


「おじゃまします…。早く行こう、あそこから出られるから」


「おう。…ほら、行こう」


「うん。…って、あっ…やばい! 犬起きちゃった!」


「まじで! じゃあ…走ろう!」


「わぁっ、吠えた!」


「ああ、そっか、ゆかり犬苦手なんだね」


「うん。ほら、早く早く!」


「わかってるって。ほら、こっちこい」


「ありがとう」


「よし、やっと出口だ」


「ああ、びっくりしたー」


「大丈夫?」


「どきどきした」


「ゆかり、弱いね」


「犬だけはちょっと、ね」


「女の子なんだ」


「そーだよ」


「でも、ほら、おかげで海岸に着いたよ」


「ほんとだ。なんだかすっごい静かだね」


「それに潮のいい匂いがする」


「ねぇ、もっと近づいてみようよ」


「そうだね」


「あ、貝殻」


「昔さ、よく拾ったよね」


「んー。そーだねー」


「そんなに夢中に拾って、どうするの?」


「修ちゃんのポケットに、こうするの」


「え?」


「だってさ、引っ越すとこは海ないでしょ? ほんとは波を捕まえたいところだけど、それはできないから、ごめんね」


「ゆかりが謝ることじゃないでしょ」


「ううん。あたしって、なにもできないから」


「急になに言ってるの! すっごい嬉しいよ、これでこの海を忘れないでいられる」


「修ちゃんは優しいね」


「そーかな…」


「むこうに言ってもきっと素敵な友だちができるよ」


「だといいな。でもさ、僕は絶対忘れないよ」


「え?」


「海じゃなくて、…ゆかりのこと。僕が生まれてから中学卒業までの十五年間、ずっと傍らにいた大切なゆかりのこと」


「たまには電話してね? 手紙も書いてね?」


「当たり前じゃんか」


「…修ちゃんも、泣いてるの?」


「波が、はねた」


「ふふ、そっか、男の子だもんね」


「…当たり前だろぉ」


「あ、見てよ、修ちゃん! 朝日がすごい綺麗だよ」


「ほんとだ。まぶしー」


「わぁぁぁ、早起きして、よかった」


「ほんとによかった?」


「うん」


「じゃあ、笑ってよ、ゆかり」


「…うん」


「ははは、世界一可愛い。…なーんてね」


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