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夢のうつつ 海の見える町

作者: 一河善知鳥

「ゆかりー。おーい、起きてるー?」


「…。あ、修ちゃん! ごめんね、まだ着替えてないの」


「なんだー、僕、超急いで来てやったのに。五時半って言ったのゆかりだろう」


「うん。なんかね、キンチョーして眠れなかった。だから、後ちょっと待ってね」


「緊張って、引っ越すのは僕のほうなのに」


「いいの! じゃあ、カーテン閉めるね? 覗いたら承知しないよ」


「ばーか」


「どれにしよー…」


「何でもいいから早くー」


「待ってってば、今着てるから」


「んんー…」


「…修ちゃんさ、黒と白どっち好き?」


「…灰色」


「言うと思った! でも、どっちかと言ったら?」


「じゃあ、白がいいな」


「じゃあ、これでよしっと」


「まぁ、Tシャツなんてそんな気にしないけどね」


「だめだよ。最後の日なんだからお気に入りのカッコで行きたいの。…これ持ってて?」


「なにこれ?」


「サンダルだよ。可愛いでしょ? 昨日の夜、こっそり部屋に持ってきてたんだ」


「別に玄関から出ればいいんじゃん?」


「うーん。それはさ、ほら、お母さんたち起こしちゃうじゃん」


「ゆかり、窓からこっそり逃げ出してみたいだけでしょ?」


「えへへ、なんでわかったの?」


「だって、さっき新聞取りに来るお母さん見たもん」


「え、ほんと?」


「うそ。ほんとはただの当てずっぽうだよ。…そんなことより気をつけてね、けっこう窓の位置高い―…ってうわ!」


「あ、ごめん。大丈夫?」


「ゆかりは?」


「おかげで平気」


「じゃ、僕も。もう、そのままはだしで行くかぁ?」


「ええ! ひどい、それ返してよー」


「ほい」


「あ、もー! 乱暴に扱わないでよね」


「シンデレラじゃないんだから。ただのサンダルじゃん?」


「修ちゃん可愛いこというね」


「……ま、ほら、早く行かなきゃ太陽昇っちゃうぞ?」


「うん。わかってるよ。ちょっとうまく穿けなくて…」


「もうヒモしなくていいよー」


「ヒモじゃないよ。ストラップだよ、ストラップ」


「どっちでもいいって。ほら、先行くよ?」


「あ、待ってよ。…よし、穿けた! 修ちゃん、早いよ」


「もう。日の出まであと十二分だってさ」


「じゃ、近道しよう」


「タバコ屋の路地?」


「ううん、今野さん家の庭」


「人の敷地じゃん」


「大丈夫。今日くらい」


「そーいうものかぁ?」


「いいの、いいの。ほら、行こう?」


「急に元気になったね、ゆかり」


「そうかな? だけどどう? 今日のあたし可愛い?」


「わかんないよ」


「あ、もしかして、恥ずかしがってる?」


「いや、別に―…」


「久しぶりだもんね。こんなこと聞くの」


「うん」

「昔は即答で世界一可愛いって言ってくれたんだよ?」


「十年くらい前の話ね」


「ま、幼稚園児だったもんね、あたしたち」


「そうそう」


「でも、可愛い?」


「でもってなにさ」


「…わかんない。後、何分?」


「十分ちょうど。…ほんとにここ入るの?」


「だって、ここ通れば絶対に間に合うよ」


「まぁな。じゃあ、おじゃましまーす…」


「おじゃまします…。早く行こう、あそこから出られるから」


「おう。…ほら、行こう」


「うん。…って、あっ…やばい! 犬起きちゃった!」


「まじで! じゃあ…走ろう!」


「わぁっ、吠えた!」


「ああ、そっか、ゆかり犬苦手なんだね」


「うん。ほら、早く早く!」


「わかってるって。ほら、こっちこい」


「ありがとう」


「よし、やっと出口だ」


「ああ、びっくりしたー」


「大丈夫?」


「どきどきした」


「ゆかり、弱いね」


「犬だけはちょっと、ね」


「女の子なんだ」


「そーだよ」


「でも、ほら、おかげで海岸に着いたよ」


「ほんとだ。なんだかすっごい静かだね」


「それに潮のいい匂いがする」


「ねぇ、もっと近づいてみようよ」


「そうだね」


「あ、貝殻」


「昔さ、よく拾ったよね」


「んー。そーだねー」


「そんなに夢中に拾って、どうするの?」


「修ちゃんのポケットに、こうするの」


「え?」


「だってさ、引っ越すとこは海ないでしょ? ほんとは波を捕まえたいところだけど、それはできないから、ごめんね」


「ゆかりが謝ることじゃないでしょ」


「ううん。あたしって、なにもできないから」


「急になに言ってるの! すっごい嬉しいよ、これでこの海を忘れないでいられる」


「修ちゃんは優しいね」


「そーかな…」


「むこうに言ってもきっと素敵な友だちができるよ」


「だといいな。でもさ、僕は絶対忘れないよ」


「え?」


「海じゃなくて、…ゆかりのこと。僕が生まれてから中学卒業までの十五年間、ずっと傍らにいた大切なゆかりのこと」


「たまには電話してね? 手紙も書いてね?」


「当たり前じゃんか」


「…修ちゃんも、泣いてるの?」


「波が、はねた」


「ふふ、そっか、男の子だもんね」


「…当たり前だろぉ」


「あ、見てよ、修ちゃん! 朝日がすごい綺麗だよ」


「ほんとだ。まぶしー」


「わぁぁぁ、早起きして、よかった」


「ほんとによかった?」


「うん」


「じゃあ、笑ってよ、ゆかり」


「…うん」


「ははは、世界一可愛い。…なーんてね」


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