最凶コンビ
勇者とか言われているが、自分じゃ分からない。
この世界で一番強い者に与えられる称号だそうだが、野を駆け、山を上がり、川を泳ぎ、数々の騎士を倒してきた自分が向かったのは、魔術だった。
武道を鍛えてつくして、次には学問だろうという理由だった。
師事したのは、世界随一の魔術師と言われている男で、魔術の全てを学んだ。
そして、魔界と言うところがあり、召喚を行う場合はそこか連れてくる事になるらしい。
魔界はいずれ行ってみたい場所ではあるが、今はそれよりも召喚魔法の方が楽しそうだった。
魔方陣を描き、魔術の力となる水晶と金剛石を砕いて溶かして1つの球にしたものを魔方陣の中心に置く。
「いざ参らん、我が命によりて、召喚せよ!」
呪文を唱えると、紫の煙が噴き出してきて、誰かが魔方陣の中で眠っていた。
子供に見えるが、本当のところは分からない。
この子が起きるのを待って、名前を聞く。
この子が起きるのは、召喚成功から5時間が過ぎていた。
その子が起きてからまずしたことは、俺に対する警戒心むき出しの顔を見せてくることだった。
「あんただれよ」
「俺はこの世界で勇者と呼ばれている。貴様こそ名を名乗れ」
「あたしは、魔界の女王、ゲハロック公爵、ナルーバイス侯爵、ユクリド辺境伯並びに第31代統一王のイハルガ・ガバナンスよ」
「…ちょっと待て、魔界の女王といったか」
「ええ」
彼女は言いながら、右手に魔力をため続けていた。
契約を行うために魔方陣の中に入ると同時に、俺を襲うつもりなのだろう。
「…どういうことだ」
「どうもこうもないわよ。寝て起きると、こんなところに連れてこられているんだから。それで、単刀直入に聞くけど、あたしと契約するの、しないの。どっちよ」
契約の仕方は結構単純で、まず、俺が魔方陣の中に入り、彼女の手を取り、魔方陣の外に出る、これだけだ。
でも、魔方陣の中に入ると、相手が攻撃をするということもよくあり、また、魔方陣の中は、まだ魔界とつながっていることもあり、一緒に魔界へ連れて帰られることもある。
それをすべて避け、魔方陣から出られたものだけが、やっと魔界の者と契約を行い、意に従わせることができる。
「契約をするつもりで呼んだんだ」
「へー、それが魔界の女王だとは思わなかったって、そういうこと?」
「まあ、正直言わせてもらえば、もっと下級魔物が出てくると思ってたからな」
「勇者なんでしょ。だったら、その魔力に見合った存在が現れるのは当然じゃない」
彼女はいろいろ言っているが、なかなか魔界に戻ろうとしない。
考えてみると、彼女を呼び出してから、一度も帰るそぶりを見せていない。
いつでも帰ることはできるはずなのに、いったいどういうことか、俺に分からなかった。
だけど、俺を魔界に連れて帰るのだったら、俺が魔方陣の中に入ると同時に、魔界へ帰るということもありうる。
そこまで考えると、俺は剣を持って、魔方陣の中に入った。
魔方陣の中に一歩足を踏み入れると、急に空間が広くなった。
「やっぱし、契約をしたいのね」
彼女はそんな空間の中で、一人立っていた。
「当たり前だ」
「でも、あたしはあんたと契約するつもりはないの。したいのだったら、あたしを力ずくで魔方陣の外に連れ出すことね」
右手を軽くスナップをきかせ、俺に魔力がみっちり詰まった球をぶつけてきた。
それを剣の平面になっているところで弾くと、切っ先を彼女に向けて、呪文を唱える。
「天は我が味方、地は我が味方、空は我が味方、すべて一体となりて、我が敵を斬れ」
剣に魔力をため、一気に彼女に向けて放つ。
その光の球は、彼女にたどり着く前に自然に消滅した。
「まだ弱い!」
彼女は俺に叫ぶと、巨大な銃を創り上げて、連続して俺に撃ってきた。
それを全て避ける事は難しいから、俺はその弾頭を跳ね返し続けた。
俺に直接当たるものはなく、彼女も魔力をずいぶん使ったようだ。
だが、俺よりも余裕があるのは間違いないだろう。
1時間ほど戦った時、彼女の集中がなぜか突然切れたようだった。
俺はそのすきに、彼女の胸元まで一気に詰め寄って、彼女の手首をつかんだ。
「しまっ」
彼女が言ったがわずかに反応が遅れた。
その間に、彼女を俺の体にピッタリと寄せる。
「何してんのよ、この変態!」
「変態って、おいおい。俺はお前がどこにもいけないようにしてるだけだ」
そこから、一歩後ろへ歩くと、魔方陣の外に出た。
「これで契約成立だな」
「うー」
噛みつこうとしている犬のような感じで、彼女が俺をにらんでいた。
「ほら、もう契約は成立したんだ。よろしく頼むよ、これからね」
そう言って俺は彼女から離れた。
すぐに俺に向かってうなってくるが、もうどうする事も出来ない。
「そういや、1つ聞かせてもらうけど、なんで逃げなかったんだ。女王ともなれば、すぐにもとの魔界に戻る事もできるだろうに」
「なんとなくよ」
「そうかい」
俺は多分違うだろうと思いながら、結局なにも言わなかった。
こうして勇者と魔王と言う組み合わせのカップルができた。
……これで果たしてよかったのだろうか。
さっぱり分からない。
が、俺は気にしない事に決めた。