Ⅵ
用心したものの運良く誰にも会わず、朝から太陽が真上近くまで昇るほど歩いたその時、突然鬱蒼とした森が開けた。
思わず蓮は目深に被っていた外套のフードを取った。地平線の彼方まで続く荒れ地が広がっていて、元は家だと思われる廃墟や瓦礫の山々と、地面にこびりついている申し訳程度の緑が目に入る。
「ここが風化の街だ」
何とも寂しい場所だと蓮は思った。足を踏み入れしばらく歩いても、動くものは何も無く、白い瓦礫の山が数え切れないほどいくつもいくつも点在しているだけ。
あまりにも心細くなってしまって蓮はティルの側に近寄った。顔を見上げると、彼は眉根を寄せて難しい顔をしていたが、しばらくして口を開いた。
「…遙か昔、ここは聖霊神がおわす聖地だったらしい。様々な植物や動物たちと人間たちが共存し、それはそれは豊かで美しい森だったそうだ。だが、人口が増えるにつれ森は伐採され石は切り出され、動物は殺されあっという間に森は無くなってしまった。それに激怒した神が一日で全ての人間を消してしまった。それで風に化した街、即ち風化の街と言われていると伝承が残っている」
「そんなことが…だから…こんなに…」
寂しくて悲しい、それでいてどこまでも蒼く澄み切った空が変わらずに優しくて、まるで、夢の中のあの声のよう。
その時、ティルが何の前触れもなく立ち止まった。
蓮がどうしたんですかと聞く前に、突然斜め前の数メートル先の瓦礫の山に手のひらを向け早口で何かを唱えた。その同時にバチッと静電気の数倍大きくしたような音と、彼の手が一瞬青白く瞬いた。
その瞬間青い電光が走り瓦礫の山にぶち当たった途端、爆ぜてその奥から何とも言えないおぞましい叫びが上がった。
「噂は本当だったか」
次々と瓦礫の影からゆらりと何かが姿を現した。蓮は思わず小さな悲鳴を上げる。
それはそれはおぞましい姿だった。頭は犬、体は二本足で立つ真っ白なゴリラ、そして蛇のような尻尾を生やし色々な動物を縫い合わせたような、目が黒く瞳孔がぎらぎらと真っ赤に輝いている。
くそっとティルが厳しい表情で悪態を付いた。
「中級クラスが六体…まさかこんなに…」
「これが妖魔…」
「いいかレン。俺が合図したらあの瓦礫の影に隠れるんだ」
ティルは妖魔にまだ塞がれていない瓦礫の方向を指差した。
「でもティルさんは…」
「心配するな、俺なら大丈夫だ。いくぞ…行け!!」
蓮はティルの言葉を信じて、脱兎の如く走り抜け瓦礫の影に滑り込んだ。瞬間、再びティルの手から先ほどより強い青白い閃光が迸り、妖魔たちの悲鳴が轟いた。
あまりの恐ろしい声にしゃがんで身を竦めていると、突然ぬっと大きい影が入り込み息を飲んだ。
「怪我は無いな?走るぞ」
正体はティルであった。ほっと息を付く間もなく、ぐいっと手を引かれ走り出した。
「すまない…蓮を連れてくるべきじゃなかった…」
苦々しい顔のティルのその言葉に、何度も首をふった。
「私が我が儘を言ったんです。ティルさんは悪くないです」
「…蓮ならそう言うだろうと思った。しかし状況は良くない。早く師匠たちを見つけなければ…」
背筋がゾッとする、背後から妖魔たちの怒り狂った怒号が響いてきた。
「で、でも二人の居場所なんて分かるんですか?」
「師匠の魔力を感じる。おそらくこっちに」
ティルが言いかけたその時、そう遠くない前方から白い光が瞬き、微かに雷が落ちるような音がした。ティルがはっと顔を輝かせる。
「間違いない、師匠の雷術だ!行こう蓮!」
「はいティルさん!!」
大きく蓮は頷き、二人は瓦礫の山の中を走り続けた。