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英雄少女の狂詩曲  作者: 白群
Prelude〔前奏曲〕
2/7


 兎を追って穴に落ちてとか、衣装箪笥の中からとか、そういえばトイレで流されてなんて話もあった。

 これでも夢見る乙女な私、異世界にトリップしてみたいなーと、ほんのちょっと夢には思っていた。

 でもね、夢といっても、アイドルになりたいとかパイロットになりたいとか、夢は夢でもそういう実現出来る夢とは有り得ないほど次元が違う。

 うん、夢に思いつつもちゃんとそこらへんは割り切って考えていましたよ?私ちゃんとした高校生だからね?小学生じゃないよ?

 だからきっと、目の前のこの光景は、たまたま本を読みながら昼寝をしていて、そして夢をみているに違いない。うん、絶対そうだ。怪しい本が光って異世界だなんて、そんなアホな話があるかってんだ。ははは…

 桜のようだか花びらが水色の花が散るぽかぽかと暖かな日差しの中、喫茶店のような白く丸いテーブルを挟んだ、痛いほど注がれる4つの視線から逃げるように冷や汗を流し俯きながら、蓮はただひたすらに思考逃避していた。


「…お前、名前なんつーの?」


 躊躇いがちに話かけられ、心の中で起きろ起きろと叱咤していた蓮は、突然虚を突かれて豆鉄砲を食らった鳩のように飛び上がった。そんな怯えたように見えた彼女の反応に、金髪の青年も同様に驚いて慌てた。


「わ、悪い!驚かすつもりじゃなかったんだ」


 ばつ悪そうに頭をガシガシ掻いて、安心させるように快活な笑顔を浮かべた。


「オレはアレグレッタ=シュタイン。アレンって呼んでくれ。で、こっちのだんまりで仏頂面がラメンティル=ターナー。こいつも名前長いからティルで良いよ。」


 ティルと呼ばれた隣に座る青年も、読めない無表情だが別に異論は無いと頷いた。

 飲み込めない状況に、不安で高鳴っていた胸の鼓動も、次第に落ち着きを取り戻していた。自己紹介もしてくれたし、きっと悪い人ではなさそうだ。


「私は天宮蓮と言います」


「アマミヤレン…全部名前か?」


「いえ、蓮だけです」


「へー、レンか。良い名前だな」


 初対面の人に名前を誉められるなんて初めてで、戸惑いながら蓮はありがとうございますと頭を下げた。

 すると、コトンと目の前のテーブルに良い香りのティーカップが置かれた。ふっと視線を上げると、白い顎髭を蓄えた優しい蒼い目の、かなりのご年配のおじいさんが立っていた。


「これでも飲んで落ち着くんじゃ。美味しいクッキーもあるぞ」


 ほっほっほと明朗に笑って、嫌そうな顔のアレンの隣に座った。


「げ、ハーブティーかよ…オレ好きじゃねぇんだけど」


「我が儘言うでない。馬鹿孫が」


「チッ…嫌いなの知ってて淹れやがったな…あぁ、レン。このじじいはオレの祖父のマエスタ。趣味は女遊びの色ボケじじいだ」


「お前も似てるもんじゃろ。まぁ、もっともお前は女逃げられじゃろうが」


「いつオレが女に逃げられたんだよ?!」


 いきなり目の前で始まってしまった口喧嘩に、蓮がどうしようとオロオロしていると、ティルが気にするなと静かに声をかけた。


「いつものことだから、心配しないでくれ」


 無表情でティーカップ片手にクッキーを頬張る青年を、蓮もハーブティーを両手で包み込むようにして飲みながら、チラッと盗み見て先ほどの記憶を巻き返してみた。

 明るい己の部屋から一転し、埃っぽく薄暗い場所。ふっと見上げれば、右頬に大きな傷があるかなり背の高い無表情の男性。そりゃびっくりしない訳がない。本から光が出てびっくり。そして更にびっくりその上正直すごく怖かった。でも陽の下に出てみると、まだ結構怖いけど、それなりに気も使ってくれるし、以外に優しい人なのかもしれない。寝癖だらけのちょっと錆びた十円玉みたいな色の短髪に、神秘的な暗い深海の濃藍の瞳。宝石みたいできれいだなってとても思う。うん、モデルさんみたいにかっこいいし。

 盗み見どころかまじまじと見つめる蓮に気付き、ティルはちょっと訝しげな表情で彼女を見た。


「…なんだ?」


「へっ?!い、いやあの…二人共仲良しだなって思って…」


 あなたについて考えてましたなんて恥ずかしくて言える訳がない。ちょっと赤くなって慌てて隣の二人についての話題を上げると、喧々囂々と口喧嘩していたアレンがはぁっ?!と、信じられないといった表情でバッと蓮に視線を移した。


「これのどこが仲良しなんだよ?!」


「よくケンカするほど仲が良いとか言いますから。仲良しなのかなって」


 蓮は自分も妹とよくケンカするけど、結構仲は良いことを思い出しながら、唖然とするアレンに言った。

 それを聞いて、ティルは目を見開き、マエスタは吹き出した。


「流石、双黒の聖霊姫は言うことが違うの。わしらのことを仲良しだなんて言ったの、お前さんが初めてじゃ」


 何故三人が驚き笑うのか蓮は不思議だったが、それより、聞き慣れない単語の方が気になった。


「あの、双黒の聖霊姫って…何ですか?」


「何って…お前さんのことだが?」


 へっ?私のこと?


「ど、どういうことですか?」


「ん?聖霊様から使命なんか告げられていないのか?」


 せいれいさま?から使命?

 初耳過ぎる単語に蓮がぽかんとしていると、三人が顔を合わせ、マエスタがうーむと唸った。


「おかしいのぅ…双黒の聖霊姫は聖霊様の使命を受け、そして世を正しく導くと言われてるんじゃが…」


「双黒なだけであって、聖霊姫じゃねんじゃねーか?」


「それはない。レンからは微弱じゃが聖霊の力を感じる。これは人として有り得ないことじゃ」


 そのマエスタの言葉にティルも頷いている。せいれいの力?


「あの、よく分からないんですが…なんかすみません…」


 そのお告げとやらを聞いていないことに、何だかよく分からないが少し罪悪感が出て、申し訳ない気持ちになってうなだれた。


「おいおい、別にレンが悪い訳じゃねーよ。だから謝るなって」


「そうじゃな。ただの言い伝えじゃ。すまないのレン。くだらんことを言って」


「い、いえ!大丈夫です」


 こんな見知らぬ人間にも親切にしてくれるなんて、なんて優しい人たちなんだろうと蓮は感銘を受けた。うーん、やっぱり夢だからなのだろうか?でも本当に気になる。何だろ聖霊姫って。


「すみません、その聖霊姫について詳しく聞いても良いですか?本当に私なのかも分からないので…くしゅん!」


 暖かった日差しがいつの間にか鉛色の雲に阻まれ、肌寒い風が薄い生地の長袖シャツと短パンの蓮を襲った。マエスタがふっと空を見上げ、眉をひそめる。


「まだ昼前なのに少し風が冷たくなってきたのぅ。残りは昼飯でも食べながら家の中で話すとしようか」


 他の三人も一様に頷いた。





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