Ⅰ
顔を出した途端、嫌がらせのようにギラギラ照りつける太陽。雲一つない見事なスカイブルーの空。今日の最高気温は38.7度。
そう今は、受験生を除いた学生たちのパラダイス、夏休みの中盤である。
「よっしゃー!宿題終わったー!」
天宮蓮は達成感をたたえた笑顔を浮かべ、大きく伸びをした。
夏休み初日から真面目にやっていた宿題が、遂に一言日記以外全てやり終えたのである。
鼻歌混じりで勉強机の上に散らばる宿題を片付け、学生鞄にさっさと入れる。そして立ち上がり、机に掛けてあった大きな紙袋を手に持って、ベッドにひっくり返した。
どさっと大量の本がベッドの半分を占領した。
文庫本からA4型本まで、ほとんどがファンタジーものの作品である。
「宿題も終わったし、後5日は部活ないし、気兼ねなく読めるぞ!」
蓮は幼い頃から本が大好きだった。特に好きなのが、魔法や剣などが出てくる、現実では到底有り得ないファンタジーもの。
恥ずかしいので誰にも言ったことはないが、物語の騎士に憧れて、中学の部活は剣道部に入ったぐらいだ。
勉強も忙しい上、剣道部は練習量も多く厳しくて大変だが、とても楽しくて高校生になった今も続けている。しかし、大好きな本を読む時間は極端に減ってしまったが。
だからこそ、なんとかして読む時間を作っているのだ。
蓮はわくわくどきどきと胸を高鳴らせながら、何を読もうかと物色していると、見慣れない本に目を見張った。
「何これ…?こんな本買ったっけ?」
A4型本サイズの題名がない、使い古されたような薄汚れた黒い革表紙の本。
夏休み前に買いに行った、友達に教えてもらった古本屋は欲しかった本がたくさんあった。尚且つ高校生の少ないお小遣いでも余裕で足りる安い値段で売られていて、それはもう夢心地だったのは覚えている。
だがこんな、まるで魔法使いの魔術書みたいな怪しい本、買っただろうか。
「もしかして紛れこんでたのかな?」
古本屋のレジの、『お釣りが違います』と何度も言っているのに、何度も『何て言ったかの~』と聞いてきた、よろよろしたおじいさんをふっと思い出す。しかし、もしお金を払っていなかったら悪いので、返しに行こうとその本を手にとった。
突如カッと本から眩しい光が溢れ、驚愕して本を放した。
「え!?何?!ちょっと?!」
まるで何台もの車のヘッドライトを当てられているように、手で目を防いでも、どんどん眩しくなっていく。そして、蓮は耐えられず目を閉じた。
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「おい、じーさん!なんなんだよこれは!」
それらを見たアレンは怒りと驚きの入り混じった声を上げ、常に無表情のティルでさえ呆然とした表情になっている。
「わしのコレクションじゃ」
今日の朝いきなり師匠に、裏庭のいつもは鍵で頑丈に閉じられた、立地面積の広い石造りの建物に呼びつけられた。
奥まで薄暗くて覗けないが、見える範囲の中はすごかった。天井まである棚に所狭しと置かれたというか詰め込まれた、良く分からないガラクタやら物凄い量の本。重さに耐えきれなかったのか、棚が崩壊しぐちゃぐちゃになっている所もある。
「二人にはここを片付けて欲しいんじゃ」
そんな師匠の衝撃発言にティルが目を見開き、隣のアレンのこめかみの青筋がブチっとキレる音がした。
「何で俺たちがそんなことしなくちゃならねぇんだ!ていうか有り得ねぇだろ!この量は?!」
「わしの人生かけて集めたものだからの。かなり貴重なものから希少なものまであるぞ」
「貴重ならちゃんと自分で整理しろよ!すげー埃まみれじゃねぇか!」
「ここんとこ最近腰が痛くて咳も出て…もうわし一人では出来んのじゃ…か弱い年寄りなんだからのう…」
「誰がか弱い年寄りだ!昨日街に行って女遊びしてたじゃねぇか!この色ボケじじい!」
「ほっほっほ。まだまだわしも、お前のその貧相なモンよりは女を満足させられるぞ?」
「んだとこのくそじじい!」
始まったら最低一時間は続く、親子喧嘩ならぬ祖父孫喧嘩に溜め息を付き、ティルは先に建物の中に入った。
灯り取りの窓のおかげでかなり薄暗いが、物の一つ一つは確認出来る。等身大の謎の石像が多数、絵のはまっていない美しい彫刻の額縁、そして本以外の形容し難い使い道の分からない物などなど…。以外に面白くてふらふらと見物していると、ふと足が止まった。
何故だか分からない。高く無造作に積まれた書物のちょうど真ん中辺りの一冊が目に止まったのだ。
まるで導かれるように、まるで操られているかのように、何の躊躇いもなくその本を抜き取った。
どさどさどさっと大きな音を立てて、積まれていた書物が床に落ち、むわっと濃い霧のように埃が舞い上がる。
ティルはそんなことお構いなしに、ただ穴があきそうなほどそれを見つめていた。
題名のない、薄汚れた黒い革表紙の何の変哲もないこの書物。 何故こんなに惹かれるのか本当に分からない。しかし頭では分かっていても、まるで手だけ別のものになってしまったかのように、表紙にそっと手をかけ、開いた。
途端に待っていましたと言わんばかりに溢れ出る、薄暗い空間を埋め尽くす神々しい光。
思わずティルは書物を手放し、目を腕で覆いながら後退る。
“…やっと繋がった…私たちの姫が…”
その時、心底嬉しそうな囁き声が耳に響き、ハッとして目を開けた。
光は消えていて、代わりに目の前に座りこんでいたのは、随分奇妙な服装をした、ぽかんと口の開いた間抜け面の、この世界では決して有り得ない黒目黒髪の双黒の少女だった。