第二幕 第七章 その6
指先に触れた紙の感触が、まだ温かかった。
それはただの古い記録ではない。
――そこに、ひとりの人間の痛みが生きていた。
入生田昭雄。
彼もまた、咎に触れ、誰かを救おうとして
――そして救えなかった。
その悔恨が、報告書の行間を満たしていた。
美音は胸に手を当てる。
静かに、深く、息を整える。
自分の鼓動が、あの人の残したものと重なって響いていた。
「わたしだって…。
あの時、香織ちゃんになにかあったら…」
呟きながら、思わず胸を押さえる。
もし、自分に付き纏う男のために香織が――
考えるだけで、鼓動が止まりそうだった。
「彼は、仕事の情熱を失ったんじゃない。
きっと――その火を、上手く隠しただけだったのね」
その瞬間、美音は確かに感じた。
入生田は諦めたのではなく、世間を煙に巻き龍城の傍に居たのだ。
彼の残した報告書は、彼の最初の事件。最初の後悔。
きっとこの後には"書かれなかった報告書"がまだまだあったのだろう。
夕陽が窓を染め、朱山が黄金色に縁取られる。
その光を受けて、美音の横顔はひどく静かで、けれど確かな強さを宿していた。
「わたしはこの道を歩こう。
思い悩んで、それでもここにたどり着いた人を――」
頬を撫でた風が、髪の先を揺らす。
柔らかな微笑みの奥には、新たな意志を秘めた眼差しが浮かんでいた。
やがて、不思議な噂がこの街に広まる。
――不可思議なことに困って、誰にも理解されないとき。
そんなときは朱山の楓の葉を一枚持って郷土資料館へ行けば、“繋ぎ手”が話を聞いてくれる。
そんな都市伝説のような噂が、
朱山の町に、ひっそりと生まれた。




