第二幕 第七章 その1
郷土資料館の倉庫は、夕方になると急に冷える。
蛍光灯の光は古い紙に吸い込まれ、空気に溶けるように白く滲む。
風祭美音は段ボール箱の山に囲まれながら、ひとつ息を吐いた。
「文化財課移管資料 一九七〇年代」と書かれたラベル。
薄茶の箱の角には、もう読めない職印が押されている。
中に一冊だけ、丁寧に纏められたファイルがあった。
中には封筒。厚手の紙に封蝋の跡。宛名は墨で、筆跡は驚くほど整っている。
「朱山山頂社 現地報告書、未送付」
そして、その下に記された名――入生田昭雄。
「…え?」
息が喉に引っかかった。
まさか。あの人が“現地調査”なんて真面目な仕事をしていたなんて。
封を開けると、インクの香りがわずかに残っていた。
中には数十枚の報告書が綴じられており、
手書きの文字がまるで印刷のように均等に並んでいる。
昭和四十六年十月――。
冒頭にはこうあった。
「職務命令により、朱山山頂風守社の調査に従事。
同所にて発生した不法占拠事件の対応を行うも、現地にて異常事態発生。
四名死亡、一名錯乱。現象は“朱の咎”との関連が疑われる。」
思わず手が止まる。
死亡?それに“朱の咎”――その単語を、彼が、使っている。
しかも、正式な報告書の中で。
ページの末尾には赤い印。
「報告書提出中止」。
その横に、細い万年筆の線で書かれた一文。
「公表不可。上層指示。」
胸が締めつけられる。
つまりこれは――“消された記録”だ。
彼は、見たのだ。
朱の咎の現場を。
そして、その真実を封じられた。
美音は報告書を閉じ、そっと息をつく。
窓の外では、夕陽が朱山の稜線を染めていた。
朱い、まるで血のように。
「…入生田さん。あなた、この時――」
彼女は呟いた。
「咎を、見ていたんですね。」
もちろんその声に応えるものは何もなく、
ただ、沈黙だけが彼女の胸に降り積もっていった。




