第二幕 第六章 その5
郷土資料館に戻ると、扉の前に「臨時閉館」の札がぶら下がっていた。
曇り硝子越しに覗く館内は薄暗く、夕方の光が展示ケースに反射している。
「…あれ? 入生田さん、詰めててくれるって言ってたのに」
美音が首をかしげる。
鍵を開けて中へ入ると、空調のぬるい風がまだ残っていた。
人の気配が消えて間もない。コーヒーと煙草の匂いがわずかに混ざり、
パソコンのスリープランプが小さく明滅している。
「さっきまで居たみたいだね、これ」
カウンターの上には、一枚の紙が置かれていた。
黒インクが滲んだ、雑な走り書きの字。
タバコ切らしちゃったから、買い物がてら市庁舎戻るね。
入生田
「…ったくもう」
美音が呆れたように息をつき、メモを持ち上げる。
その下から、今日の現場立ち会いの報告書が出てきた。
「え?これ、今日の立ち会いの…?」
報告書の冒頭には、無機質な文言が並んでいた。
『文化財区域付近にて軽微なトラブル発生。作業を一時中止。以上』
事故も、負傷も、誰の名前も記されていない。
さらに脇のメモ帳には、病院の名前が走り書きされていた。
「これ…入生田さんが書いたの?」
翔流は黙って顎に手をやる。
空調の風が揺らし、紙がかすかに鳴った。
(…カラーコーンとロープ。軽くて場所を取る、下ろせば荷台が空く。
つまり“足”を確保するつもりだった? そこまで読んで手を回すなんて、流石に考えすぎか。
けど――もし現場で誰か倒れることを知っていたとしたら?)
(それに、あの“咎の遺構”だ。もしそれを知っていたなら――立ち会いに美音さんを出した理由は、
俺=龍城の人間を同行させたかったから?)
(てことは、龍城を知っている?けど、入生田さんはあの歳だ。なら…先代と、か。
あの爺さんはもう亡くなってるから、そのパイプはもう途切れた、と。
だから俺を、龍城の代わりに現場へ行かせた――そんな線も、あり得るのかもな)
翔流は軽く鼻で笑った。
「やれやれ、亀の甲より年の功ってやつかね」
「え?亀がどうかしたの?」
「――いや、仮面のほうかもね」
美音は首をかしげ、翔流は肩をすくめた。
灰皿に残った一本の吸い殻が、かすかにくゆっている。
その煙が、夕暮れの光の中で細く消えていった。




