第三章 その1
夏休みに入ると、朱山高校の校舎は急に静けさを増した。
授業も部活動の掛け声もない廊下は、昼間でも薄暗く、まるで時が止まったように静まり返っている。
だが一歩外へ出れば、勢いを増した蝉の声が街を覆い尽くし、真昼の道路は陽炎に揺れていた。
息苦しいほどの暑さがあたりを包み、夏はすべてを圧倒するように力強くそこにあった。
翔流の毎日もまた、その勢いに押し流されるように賑やかだった。
野球部が試合前にピッチャーを欠いたと聞けば助っ人に呼ばれ、サッカー部の練習試合では急きょ人数合わせで走り回る。
「今のストレート何キロ出てた!?」
「マジで昨日まで外野だったやつの球かよ」
「こりゃウチのエースも立場なくなるな」
野球部のグラウンドでは、冗談めかした歓声とざわめきが飛んだ。
サッカー部の練習でも同じだった。
「おい、今の抜け方……あいつホントに経験者じゃないのか?」
「パスの受け方、初見でここまでやるかよ……」
バスケットボール、テニス、陸上……どこへ行っても翔流はすぐに頭角を現し、レギュラー顔負けの活躍を見せる。
一度見ただけで正しいフォームを掴み、数回の実践で既に数年の経験者と同等に渡り合ってしまう。
時にはそれ以上の動きを見せることさえあり、周囲を驚かせた。
「翔流、すげえな! お前ほんと何でもできるな!」
「次はうちの部にも来いよ!」
仲間たちは笑顔で肩を叩き、歓声を上げ、翔流と一緒に汗を流す時間を心から楽しんだ。
――だが、翔流の胸の奥には、いつも冷めた感覚が残っていた。
最初は確かに楽しい。夢中になれる。
だがその熱は、ある瞬間を境にふっと冷めてしまう。
胸の奥に燃えるはずの火は、いつも小さくなっていき、やがて形だけをなぞるようになる。
「……またこれだ」
掴んだはずの熱は続かず、気づけば中途半端に終わっていた。
やり始めはなんでも楽しい。覚えることばかりが先行するうちは集中出来る。だが、形になる頃には何かシラけてしまう。
もちろん、もっと長い時間を費やしてきた者たちの背中がその先にあるのはわかっているし、彼らの技には翔流とて舌を巻く。
だが彼にとって問題なのは、それに追いつけないことではない。
そこまでの情熱を自分が持ち続けられないことだった。
――もっと熱くなれるものがあるはずだ。
夢中になれるなにかを求めながら、それはいつまでも見つからない。
ただ、その渇望だけが胸の奥に残り続けていた。
友人たちと笑い合い、楽しい夏を送っているはずなのに。
ひとりになると、胸の奥に満ちるのはいつも空虚だった。
「……俺って、何してるんだろう」
ポツリと漏れた声は、熱気に揺れる空気に吸い込まれ、蝉時雨に溶けていくのであった。




